2020年08月28日

第2510夜:続・お義父さんと呼ばせて【名古屋(愛知)】

 名古屋めし。あんかけスパ、きしめん、エビフライ、手羽先、カレーうどん、鉄板ナポリタン、ひつまぶし、味噌カツ、台湾ラーメン、小倉トースト、鍋焼うどん、ういろう……。

 思いつくまま列挙してみると、独特の濃さと世界観が横溢している。私もハマっているモノとそうでないモノがはっきりと分かれている。

 ある4年に1度しかない閏年の11時ごろ。盛岡駅フェザン地下<ひっつみ庵>でかつ丼を頬張る。ミニにゅうめんや生野菜、香の物がついて990円だが、何故か5%引きで940円。

花巻のブランド肉(白金豚)使用で「人気ナンバー3 迷ったらこれ!」。……。ナンバー3とは微妙なPOPであるが、確かに旨かった。少々硬い肉 質だった大満足。この時点で濃いめの料理はすでに満ち足りていた。

 腹も心も満たされたまま、新幹線2本乗り継いで神戸へ帰る。西に向かうに連れ、雨脚が強くなり始めた。その途中、名古屋で途中下車し、上様改めお義父さんと密談を兼ねて酒席をご一緒させて頂く光栄に恵まれた。

 上様の最側近である老中筆頭格(大老)S氏、若手の譜代大名O口氏も合流。新型コロナで疲弊した地域経済に少しでも貢献すべく名古屋メシを大満喫することに。

 まずは名古屋手羽先2強の一角<風来坊>へ。たっぷりと手羽先をハイボールで流し込む。途中の巨大手羽先が余計というか、圧巻だ。

 続いて手羽先相撲における東の大横綱<世界の山ちゃん>へ。手羽先75本を一気に注文。ホッピー痛飲しながら食べ比べる。……。どちらが好きかと問われれば、私の軍配は山ちゃんに。

 途中、詳細を省略するが、上様に婿入りすることになった。これで私も岡崎幕府の一員である。

 3軒目へ向かう途中、巨大な名古屋のシンボル「ナナちゃん」のお股をお義父さんと下から覗き込んだ後、味噌カツで著名な<矢場とん>へ。

 わらじ味噌カツとメニューにないカツカレーライスのライス抜きでルー多めを召還。カツカレーライスのライス抜きは私の必殺技。ハイボールに無敵である。店員さんの柔軟さも好もしい。

 〆は名古屋駅構内の<味仙>へ。新型コロナなどどこ吹く風。名古屋は大賑わいで行列ができているほどである。

 この日何本目か分からぬ手羽先にかじりつきながらビール。そして、ピリ辛というより激辛よりな台湾ラーメン。ビールで舌を冷やすごとに辛さが増すという不思議。

 汗を頭皮から滴らせながら、ミンチ肉を独特な穴あきレンゲですくいながら、汁1滴残さずシャチホコ啜。

 お義父さんたちとお別れし、22時半前の新幹線でチョコをツマミにウィスキーをストレートでヤリながら帰神。お義父さんたちに多謝。

 今度は神戸の名産を携えて、ネクタイして、岡崎の<みどりや>へ正式に挨拶に伺わねばならない。「ナナちゃんを私にください」と。

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盛岡駅地下にて。

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上様のもとへ参勤交代。

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風来坊。

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山ちゃん。

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矢場とんでメニューにない「カツカレーライスのライス抜き」。

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味仙。

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台湾ラーメン。

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ナナちゃん。

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ナナちゃんの×××。

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お義父さんと呼ばせて。
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2020年08月27日

第2509夜:街なかONE TEAM大作戦【宮古(岩手)】(後編)

 S香親分と<のり平>に顔を出すと奇跡的にキ●ン一番搾り遠野産ホップの「生」が残っていた。3杯ひっかけ、<くまのみ>でポテトフライなどを肴に熱燗。最後は<myフレンド>でアヅマハイボール(超濃いめのメガ)をヤリながらおでん。24時過ぎにホテルに戻り爆睡する。

 四年に一度のうるう年。10年に一度の国難真っただ中。実質的パンデミック。目覚ましもせず普通に起きてシャワーを浴び、珈琲飲みながら歩いて宮古駅へ。

 幾度となくお世話になった恐らく本州最東端の立ち蕎麦<宮古駅そば>で新商品らしい「宮コロッケそば」。魚肉コロッケの是非はともかく、この味の出汁は他の追従を許さない。朝7時から頼もしい守護神である。

 それからちょうど2週間後。埼玉県春日部市の定宿でグズグズしていたら春日部駅か大宮駅のホームで朝ラーする時間が無くなり、大宮駅弁「復刻鳥めし」を腹に入れながら相変わらず信じられぬほどガラ空きの東北新幹線で盛岡へ。バスに乗り換えて15時ごろ宮古へ。

 宮古に限らず我が依頼主たちは新型コロナなど軽く無視してキャンセルせぬので実に力強い。

 S香親分に挨拶がてら簡単に打合せし、<りあす亭>でKミちゃんとS本さんに助けられながら全力で作業。<髪楽>でY下理容師に散髪してもらう。気持ち良すぎて寝てしまう。特に耳掃除とマッサージは絶頂の最高。

 我が定宿チェックイン。いつもの1701号室を含めた上層階は内装工事中。内装工事が終わった1501号室へ。エレベーターを出て驚嘆。丸9年間、数百泊しているいつもの光景と違う。

 部屋に入ってさらに驚愕。レイアウトもガラリ変更。ユニットバスもベッドもさらにおしゃれでクールでスタイリッシュに。別の宿に来ているみたいで最初は落ち着かぬが、スタッフのホスピタリティは前と変わらず充実。預かって頂いている荷物も部屋に入れてもらっている。

 「宮古街なかONE TEAM大作戦」実行委員会では、素晴らしい街なか回遊マップが完成し、超難問なクイズラリーも3月18日無事結果発表予定。S香親分渾身のホームページ「宮古街なか.com」も完成間近。3月下旬までスタンプラリーも客足減少とはいえ絶賛開催中だった。

 ミッション終了後、経済循環向上のため居酒屋<渡来>&スナック<myフレンド>をパトロール。どこも頑張っている、今が踏ん張りどころ。フレンドのママの豪快すぎるお通しをツマミにアヅマハイボール(泡が立たぬほど超濃いめのメガ)をグイグイヤリながらの深夜1時前。

 私が訪問した2020年3月中旬。1日に4回も役所から商店街の防災無線で外出を控えるよう呼びかけられていた。営業妨害以外何物でもない馬鹿野郎な状態である。そして、マジメな宮古人はその言いつけを守っている。

 未曽有の国難だが、宮古の商店街は「ONE TEAM」で乗り切ろうとしている。近い将来、ますますONE TEAMになりそうな気配が具現化しそうである。

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立ち寄らずにいられない。

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頼まずにいられない。

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呑まずにいられない。

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立ち寄らずにいられない・2

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立ち寄らずにいられない・3

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頼まずにいられない・2

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啜らずにいられない。

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食べずにいられない。

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泊まらずにいられない。

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試さずにいられない。

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参加せずにいられない。

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呑まずにいられない・2

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立ち寄らずにいられない・4
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2020年08月26日

第2508夜:街なかONE TEAM大作戦【宮古(岩手)】(前編)

 ONE TEAM。2019年の流行語大賞である。流行にあやかった企画が新型インフルエンザが世界中で猛威を振るい自粛ムード一色の2020年3月、岩手県宮古市の末広町&中央通商店街界隈で繰り広げられた。「宮古街なかONE TEAM大作戦」である。

 大作戦の軍師を仰せつかった私は2020年2月最終日、1車両に3人しかいないガラッガラの東北新幹線で盛岡へ。この大作戦は2019年秋に猛威を振るった台風19号災害復興イベント。不特定多数が一か所に集中イベントではないので気にせず開催強行という力強さである。

 13時前に盛岡着。いつもガラガラの2階建て特急バスで15時半ごろ宮古着。商店街の皆さまにあいさつ回りする途中、<スポーツオールス>でカンタベリーのフリースを安めに捕獲。カンタベリーといえばラグビー。ラグビーといえばONE TEAM。縁起良い買物である。

 大津波以降数百泊お世話になっている我が愛してやまない定宿<宮古セントラルホテル>チェックイン。やはりキャンセルが相次いでいるという。踏ん張り時だが、たまたまホテルは前年秋から改装中で2分の1程度しか部屋を稼働させておらず、逆にツイていると言えるだろう。

 「宮古街なかONE TEAM大作戦」実行委員会。我が主君(S香親分)も皆さまと役割分担しながら順調に事業をこなしており、なかなかのONE TEAMぶりである。素晴らしいHPとマップが間もなく完成間近。我が主君、獅子奮迅の働きである。

 新型コロナなどどこ吹く風。観光客完全無視のマニアックすぎる「宮古街なか歴史&防災クイズラリ―」が2020年3月15日まで自粛ムードを蹴散らしながら開催された。

 宮古の歴史&防災にちなんだマニアックすぎる超難問クイズラリ―もなかなかの盛況という。上位20名に市内300店舗で使える地域通貨りアスが1位2万リアス(2万円)プレゼントと剛毅。しかし、三択とはいえとてつもなく難しい。

・(写真)中央のスーツの人の当時の役職は?
・試飲した日本酒はどこで製造したか?
・自動車事故で負傷した有名人は?
・アイオン台風と東日本大震災浸水高は?
・巨大杉の消失の原因は?
・今はない団地には誰が住んでいた?
・どこ所属のカメラマンの撮影か?
・ラサの大きな工場はなぜ未記載?
・屋根が白く反射しているのは何故?

 こんな質問が40問、商店街の店頭に掲示している。三択なのだが、設問も考案したS香親分は最初、三択ではなく記入式を採用しようとして周囲から全力で止められたらしい。〔次夜後編〕

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何故か毎回貸切状態だった2階建てバス。

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難しいぜ。

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ヒントも鬼ムズ。
posted by machi at 17:41| Comment(0) | 岩手県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月24日

第2507夜:泉町の魔法の言葉【宇都宮(栃木)】

 「餃子通り」。餃子好きにはたまらない響きを放つ通りである。

 ある2月下旬の昼。宇都宮駅からブラブラと県庁方面へ歩く。途中、以前から気になっていた「餃子通り」へ。それほど餃子店でびっしりという感じではないが、一部の店では行列も。客層はたまたまかもしれぬが大学生っぽいのばかりだ。

 予備知識なく<ロイヤル>というお店へ。店内は年輪を刻んだご夫婦(たぶん)で切り盛りのご様子。カウンターに陣取り、メニューを見る。

 オリジナル焼餃子(350円)を軸に海鮮焼餃子、スープ仕立て水餃子、黒毛和牛餃子も。「昔ながらの醤油ラーメン」がわずか500円。オリジナル焼餃子と醤油ラーメンを召還する。

 店内TVも新聞も新型コロナウィルス一色。明るい話題なくゲンナリしていると、サラダが運ばれてきた。健康に気遣ったサービスなのだろう。年配店主たちこその気配りといえる。

 餃子は私好みの大きさ。一口サイズよりも大きなタイプを愛している。まずは醤油とラー油だけで。……。肉汁飛び散る。野菜もたっぷりで旨さとヘルシーが同居。餃子残り4ヶは酢醤油で。

 ラーメンも昭和の王道醤油。チャーシューもしっかり味濃いめ。スープ一滴残さなかった。

 大満足で店を出る。先ほどは行列で気づかなかったが、対面店舗は思いっきり大きく「佐野ラーメン」ノボリが。これは次回攻めねばならない。

 令和元年度の栃木県庁ラストミッション終了後、A利銀行先輩後輩コンビであるM越氏&T塚氏とユニオン通りの<もつたじ>へ。私は2回目である。

 地域課題解決型創業支援補助金を活用して令和元年にオープン。すでに人気店の様相である。私も宇都宮で一番好きな串焼屋である。接客も抜群。何故かハイボールも半端ない旨さ。料理はいわずもがな。ホッピー常備も嬉しい。

 この店ではタン、ハツ、レバーの「冷製肉三種盛」は外せない。限定メニューから串焼(鶏つくね・アゴ・ハツモト・焼きガツ・ギンガワ)召還。煮込み豆腐も。どれも酒が進み過ぎる。お客もひっきりなし。串焼から辛味噌で味わう寄居スタイルなのも嬉しい。

 大満足で店を出る。まだ21時。雨が降ってきたので泉町にてポン引き氏の引率で1時間ほど雨宿り後、ラーメン〆を希望した私の意向を組み、同行氏たちは超有名店らしい<中華園>へ。

 途中、ポン引き氏たちに声をかけられるたびに栃木県民のお二人は「これから中華園」と答える。するとポン引き氏はすごすごと退散。「中華園」と発すればこれから〆に入るからもうオネエチャンのいる店にはいかないという言外の意味が込められている魔法のワードであるらしい。

 店内、地元率1000%。ジムハイで乾杯し、搾菜、ニンニク芽炒めで談笑。名物らしいジャンボ餃子、圧巻。昼のジャンボとも味が異なる。〆はワンタンメンを全力でフィニッシュ。昼も夜もジャンボ餃子な至福の雨の夜である。

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餃子通り。

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予備知識なく初ダイブ。

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コスパ良し。

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絶品@

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絶品A

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いざ、泉町へ。

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雨宿り。

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A利銀行の先輩と後輩。

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餃子旨し。

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全力でフィニッシュ。
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2020年08月22日

第2506夜:ホテル真裏の金の鶏【小山(栃木)】

 創業目前セミナー〜超実践編〜。令和2年2月22日という数十年に1度の222な日の午後、新型コロナの影響を受けながらも自粛要請発令前だったので小山市立中央図書館の小会議室で決行された創業ゼミである。

 定員は15名で事前申し込みは25名。天候不順や新型コロナで当日キャンセル続出と高を括っていたら、まさかの30名。会場はびっしり満員でイスしか並べられずな大盛況。

 終了後、市のW邊氏、商工会議所S氏、県産振センターT塚氏の小山まるごと創業プロデュース事業事務局チームでプチ打ち上げ。創業目前セミナーだけでなく、今年度の小山ラストミッションの打ち上げも兼ねている。起業家フォーラムでご一緒したS藤先生も特別参戦。

 メガハイを鯨飲していると、御縁なかった小山で約8か月間やり切った安堵感から、かなりレロレロに。途中、栃木県内でコロナウィルス感染者の速報が。知事が緊急記者会見されるという。

 我らの話題の中心は、栃木県内のどこかということ。情報が小出しにアップされていく。どの市で発症者が出たか推理合戦が始まった。

 もしこれが前日なら、今昼のアヅマ祭(創業目前セミナー)も中止を余儀なくされていただろう。県内最大都市の宇都宮か、圧倒的観光客数を誇る日光か。何となくだが、鹿沼という声は上がらなかった。

 さらに数杯重ねていると、栃木県南部と出た。南部といえば、小山……。栃木市も小山と並ぶ県南の大都市らしい。さあ、どっちだ。……。

 ファイナルアンサーを待つ間にそれぞれの代行タクシーが到着。小山ミッションは2020年度も続くが、このメンバーでは最後の夜。小山最強創業支援チームで取り組めたことに心から感謝。

 皆さんとお別れし、小山のラスト〆はホテル真裏で10歩程度のラーメン店<めんへら>へ。今朝、たまたまホテル外の喫煙コーナーで煙草吸ってたらその存在に初めて気づいた。

 我が小山の定宿はほんの少し移動するだけでコンビニに行くことすら躊躇われるほどの呼び込みが溢れている。面倒なので周辺を散策したことがなかった。しかし、ホテル真裏なら呼び込みと顔を合わせることもない。

 券売機と対峙。ここは素直に一番人気の「金の鶏中華 特製全部入り」。この店、近すぎて今まで存在に気付かず。まさに灯台下暗し。しかも絶品。ドシドシ地元客が押し寄せるのも納得。

 翌朝。コーヒーを飲みながら9時よとちぎテレビで私が何故か主役の10分ほどのドキュメンタリー鑑賞。朝から暑苦しい我がデブ顔がアップなのでご覧になられた栃木県民の皆さまに申し訳ない気持ちでいっぱい。

 栃木県庁様から「創業プロデューサー」という肩書を頂戴しているが、番組キャスターがその活動や役割を説明。初めてそうなのかと自分のミッションを理解した始末。

 北関東の皆さま、創業・起業・開業・移転・事業承継・多店舗化・第二創業するなら栃木県で(できれば鹿沼か小山か日光で)。成功という名の金の鶏は、卵を小山か鹿沼か日光で生むからである(はず)。

 ホテルをチェックアウトして、久々に神戸へ戻る。小山駅12番ホーム<きそば>で天ぷらそばと対峙。全部啜り切る前に電車が入線。2020年度も小山に足を運び続けろという麺の神様からの金の卵ならぬ金のお告げだったのかもしれない。

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昨年度はたいへんお世話になりました。本年度もたっぷりお世話になっております。

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我が小山の定宿の真裏。

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深夜の背徳。

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朝からすいません。

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鹿沼市「中華料理嘉蒂」Oオーナーも特別出演。

posted by machi at 10:53| Comment(0) | 栃木県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする