2023年11月12日

第3193夜:シン・町中華〜半チャー編〜【栃木(栃木)】

 半チャン。言わずと知れた「半チャーハン」の略である。

 半チャーハン単品メニューはあるようであまりない。しかし、ある一定の条件下において、半チャーハンは町中華の代名詞になる。その条件とは、ラーメンとコンビを組むときである。

 私はモノゴコロある前から肥満児であり、大食いである。まだ年齢が2桁も満たない時から、家(神戸新長田の丸は市場)から無数にあった徒歩1分程度の町中華で「ラーメン+半チャーハン」に親しんできた。

 モノゴコロがつく年になり、声変わりするようになってから半チャーを卒業。つまりに、ラーメン+チャーハン。「半」では物足らなくなってきた。

 大学生の頃はワンタンスープ+チャーハン、チャーハン大盛+スープ、レバニラ炒め定食、濃厚チャーシューメン大盛+ライスに親しんでいた気が。

 オッサンになった昨今、単品勝負が多い。ラーメン系大盛、チャーハン大盛。ラーメン+チャーハンどころか、ラーメン+半チャーハンもめったに注文しない。

 北九州小倉から始発(6時18分)の新幹線に乗り、東京駅、小山駅を経由して両毛線栃木駅に正午過ぎ着。ミッション開始まで1時間以上。

 巴波川沿いをブラブラ歩く。お目当ては、蔵の街が誇る街中華の至宝<長栄軒>。12時半過ぎなのに奇跡的に行列なし。2席しかないカウンター確保成功。

 この日は、すでに決めていた。「醤油ラーメン+半チャーハン」に。半チャーハンはミニカレーに置き換えることもできる。しかし、ここは半チャーだ。

 これまでこの至宝で数回昼飯を喰ってきた。担担麺+半チャーハン、カツカレーライス、オムライス…。半チャーハンは「醤油ラーメン」限定のメニューゆえ、担担麺の時はお得なセットでなく敢えて割高で頂いた。今日は定番の半チャーセットと対峙である。

 店内備え付けの下野新聞に目を通していると、セット降臨。ラーメン、スープなみなみ。チャーシューもたっぷりで心づよい。半チャー、普通盛の迫力である。

 胡椒パラリし、まずはラーメンスープ…。あっさりだがキレが凄い。いくらでも呑める無限系。麺は柔らかめだがノド越しよく、栃木市独特の「夕顔麺」(意味は知りません)。チャーシューも食べごたえあり。ナルトに笑みが漏れる。

 麺を啜り切った。残ったスープをオトモに、半チャーハンをワシワシ。最高の味加減。レンゲで呑むように喰う。スープで喉を時折湿らせつつ。これぞ、町中華の醍醐味である。

 食後、まだ時間がある。この町中華から歩いてすぐの<HOULE>。オープンして1年満たないが人気caféである。オーナーは猿田彦珈琲直伝で、caféラートにおける日本有数の技能者。

 10種類の手作りアイスから定番の「ザ・ミルク」選択。濃厚だけど、さっぱりした後味。ラーメン&半チャー後に相応しい。オーナーと少し談笑しながら、蔵の街を濃厚に満喫した。

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朝6時過ぎの小倉駅新幹線ホーム。

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蔵の街の至宝。

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醤油ラーメン+半チャー。

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蔵の街の新たな至宝。

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どれにしようかな。

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これにしました。

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2023年11月10日

第3192夜:零れるほど幸せになるモノは?【門司港(北九州)】

 プラザ祇園&門司中央市場共催空き店舗ゼロプロジェクト。2023年度中でなく、20235月最終日に着手し、11月最終日に完遂させる。本来2年かかるミッションを半年で終わらせる。

 お目通しの方はこんなことを読んでもピンとこぬだろうが、ボンクラな私にとってはかなりの『ミッション:インポシブル』である。

 イーサン・ハントならぬイースト・アヅマのショボいスペックではとても遂行不可能でハナから諦めていたのだが、クライアント(全国S店街支援センター)と現地エージェント(北Q州商工会議所門司支所M里経営指導員)が針の穴を通すポシブルな命令書を示してきた。

 2010年から椛S国商店街支援センターより数え切れぬほどミッションを拝受し、2023年ついにその使命を終える。

 最終年(2023年)もたっぷりミッションを賜っていたが、それも工夫すればポシブルなもの、少々不完全燃焼だが途中までを到達点としたミッションばかり。最後の最後で、ラストダンスに相応しいミッションが飛び込んできた。

 現地エージェント(M里氏)を仲立ちに、ラストミッションが5月最終日の夜、幕を切った。

 立場上、上座中央に独りで陣取る私の右側には、理事長が交代し2回りほど若返ったプラザ祇園の皆さま。左側には新たに新規出店した若い女性2人を含む門司中央市場の皆さま。一緒に何かをやる、というより最初はシャーク団とジェット団みたいな雰囲気に。

 私はショボいスペックを最大限発動。普段の数倍増しのスピードで展開する。居合わせた者すべてを置き去りにするザ・ワールド的世界だったが、出席者の9割ほどが私のスタープラチナ・ザ・ワールドに余裕で対応されていた。

 久々に「商店街支援」を濃密に堪能した至福のメイド・イン・ヘブンな時間終了後、片方のボス・A吉理事長と激シブ居酒屋<たる>。M里エージェントも程なく合流。烏賊刺を肴に瓶ビール。沁み込む。おでんもよく煮えて旨い。エビフライもプリップリ。

 この店の名物は、酒らしい。それも「樽酒」。ゆえに屋号も<たる>なのか。女将さんは大きな皿に大きな升を載せ、樽からドボドボ直接注ぐ。受け取る。皿にもたっぷり零れている。

「零れれば零れるほど人を幸せにするもの、な〜んだ?」

 答えは「日本酒」の受け口である。升の日本酒を呑み干す。樽酒特有の木の香りが極上の肴。うっすらフチに乗せられた塩も絶妙の塩梅。升の酒を呑み干す。皿に零れた日本酒を升に注ぐ…。驚いた。升に入りきらないほど零れているとは。

 1杯しか頼んでいないのに2杯飲んでいる極上の酔い心地。ミッション成功への展望が見えた後だけに、旨さもひとしお。升の酒が無くなった。ふと気づいた。皿に零れた酒が全く減っていない。何故?さらに注いだが、まだ皿に残っている。

「呑んでも呑んでもなくならないもの、な〜んだ?」

 答えは<たる>の樽酒である。さすがにお代わりしたが、升酒2杯分で8杯分ぐらい呑んだ。ちなみに升の大きさも通常の倍。

 一つ目のなぞなぞの答え、もう一つあった。「市場・商店街を活性化させたいと願う商売人たちのこぼれんばかりの情熱」である。

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ジェット団とシャーク団。

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名店の予感。

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イカ刺しでキックオフ。

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トップクラスのエージェント(左)合流。奥はボス。

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味の染みたおでん。

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これぞ「たる」。

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魔法の酒升。

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プリプリエビフライ。ウスターに微笑。

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ラストダンス開演。

posted by machi at 08:50| Comment(0) | 福岡県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年11月09日

第3191夜:防臭と防水【若松・小倉(北九州)】

 <福寿亭>。若松焼肉3部作の第2章である。メガハイからスタート。まずはロース、カルビ、ウィンナー、塩タンなど。第2弾はレバー、塩ホルモンなど。キムチを挟みつつ。

 メガハイを数杯のみ、M岡嬢のマシンガントークを堪能しつつ。店を出て<ショコラ>へ3人で。最後はタクシーでM岡を戸畑駅まで送る。外はドン引く級の大雨ゆえ、そのまま私ははホテルまでタクシー。靴、ずぶぬれである。靴下も中敷きも臭い。

 翌昼。靴がびっしり雨に濡れたまま乾かない。異臭マシマシである。中のインソールもボロボロで穴が開いている。インソールを買い替えようか、それとも新しい靴に買い替えるか。

 小倉駅前セントシティ内<A●Cマート>へ。4000円代からスニーカー系が買える。私の悪い癖が、安物買いの銭失い。これまで幾度となく失敗を繰り返してきた。

 ちなみにインソールを捨てて小倉駅まで歩く間、インソールの大切さを痛感していた。こうも、違うのか。インソール無きスニーカーは直接地面を踏んでいる感覚。私のような0.1トン倶楽部メンバーは10分以上歩けば膝かどこかを痛めてしまうだろう。

 私は靴に強いこだわりはないが、3つのメーカーでほぼすべてを占める。ビジネスシューズは四半世紀以上「ホーキンスAir」。これ以外のビジネスシューズは痛くて履けない。

 スニーカーはそれほど履く機会ないのだがほぼ「アシックス」。アラフィフになり、アシックスのビジネス&ウォーキング兼用っぽいのを愛用するように。軽くて丈夫で疲れない。廃版になっても困らぬよう全く同じサイズの品番を数品自宅にストックしている。

 オンオフ兼用であり、被災地などタフな現場に赴く際は「ダナー」。夢枕獏先生の九十九乱蔵ご愛用で、ビブラム貼りに憧れた。

 この3つのメーカーを店頭で取り扱っているのが<ABCマート>である。

 時期は梅雨入りしたばかりの5月最終日。これから10月頃までジャケットを着ることなく、上着はポロシャツ、下は作業ズボンで日本中飛び回る。よって靴はホーキンスのビジネスでない。アシックスのスニーカーにするか…。

 インソール単体も売っていたが、合わない場合もある。そして、靴の臭さがインソールを飛び出して全体に汚染している。

 ダナーの防水タイプのスニーカーがあった。税込9900円。3万円平均のダナーでは格安。しかも、今回は2日連続の豪雨で靴がびしゃびしゃになったため、防水に惹かれた。サイズもドンピシャ。迷わず購入。

 履いてきた靴はお店で処分してと店員のお姉さんにお願いした。お姉さん、快諾して下さったが、オッサンの汗に群れた靴の臭さ。さぞ不快だったろう。

 ビブラム貼りを踏みしめながら魚町銀天街へ。足元が引き締まると、力が漲る。そして、腹も減る。カツカレー気分だったが<焼肉ライク>店頭の「豚しょうが焼き」ポスターにKO。マヨ付きという文言にタオル投入。しかも、時間はまだ12時台なのに店内ガラガラっぽい。

 着座して個室パネルで豚しょうが焼選択。すると、網を撤去され、たっぷりの豚肉と生姜が入ったジャストサイズ鍋が眼前に。最大火力でグツグツと煮焼はじめた。大盛ライス、スープ、キムチ、生キャベツを拝受。マヨもボトルなのがこ心強すぎる。わかってらっしゃる。

 しょうが焼に火が通った。まずはそのまま…。パンチ溢れる濃さ。すかさず白飯で追いかける。目を細める。次はマヨを絡めて。口角が上がる。

 にんにく、キムチなども駆使し、卓上の豊富なタレ軍団で味変を楽しむ。ハッピーアワーのライスお代わり。生卵にも絡めて。最後はふりかけ、生卵でフィニッシュ。至福である。

 体中から力が漲ってきた。燃えてきた。しかし、全身が熱いというより、足首から下が熱い、というより暑い。

 どうやら防水靴なので、水も通さないが空気も通さない様子。雨水による蒸れの悪臭からは解放されそうだが、自身の体液(汗)による蒸れの悪臭はますます強まりそうである。

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若松で焼肉。牛タン。

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若松で焼肉。ホルモン。

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若松で焼肉。レバー。

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若松で焼肉。ウィンナー。

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さようなら、こんにちは。

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小倉で独り焼肉。

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機能美の極北。

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セット。

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豚生姜焼。

posted by machi at 12:20| Comment(0) | 福岡県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年11月07日

第3190夜:朝日町の三種の神器【米子(鳥取)】

 三種の神器。日本的には「八咫鏡」「草薙剣」「勾玉」。まちづくり的には(10年前は)「まちゼミ」「まちバル」「100円商店街」。では、米子の歓楽街・朝日町の老舗焼鳥店の三種の神器は?

 5月下旬の夕刻。米子はドン引き級の大雨だった。後から知ったが、警報が発令されるかどうかだった。私が乗車した後の特急列車、運休だったそうな。早めに現地入りして正解だった。

 ミッション終了後、商店街K益理事長、中央会M本所長と朝日町へ。私は記憶のある限り、初の朝日町である。理事長が暖簾を潜ったのは<鳥好>さんという焼鳥居酒屋。毎回理事長は1軒目を予約して下さる。どこもはずれ無しの超名店。毎回の楽しみである。

 生で乾杯。理事長はメニューを見ることなく3品ほど頼んだ。談笑していると、まず降臨したのが「どて煮」。これまで食べたどのどて煮よりもあっさりだが、飽きのこない深い味。七味を多めに降る。無限に酒が呑める。

 続いて、つみれ団子が。普通の鶏つくねかと思いきや「キス団子」。キスをすりつぶして団子にしたらしい。あっさりと上品。練蒲鉾とも違う食感と風味に目を細める。

 そして、ママさんが「これで3種の神器です〜」と「いわしの天ぷら」。ポン酢でもタレでもない、上品な調味料で頂く。どれも素材の旨味を最大限活かしている。 

 私は熱燗が呑みたくなり、2合徳利を召還。境港の蔵元の地酒だそうな。談笑しつつ、飲み食い。焼鳥、串カツもたっぷり運ばれてきた。

 最初の三種の神器でかなり心も腹も満たされてしまい、思った以上に指が伸びない。申し訳なく思うが、その分、呑む。

 理事長が呼ばれたタクシーに便乗させて頂く。外はまだかなり強い雨だったので大助かり。米子での、3回目の夜。1軒目は毎回理事長のお気に入りの違う店だが、2軒目は森M所長が超常連の<しゃんうぇい>。この日は超満員。

 家族で陣取っている席が2席開いていたので、そこに滑り込む。こんな相席は初めてだ。そのご家族連れもどうやらチャイニーズ。店内も多国籍な模様。満席だったが、気づけば所長と私の2人だけ。メガハイをやり、プレーンチューハイをやる。

 店を出た。鳥取市在住のM本所長だが、私の研修の日はわざわざ米子にご宿泊下さる。ホテルは私と毎回別。別れ際、所長が「アヅマくん、トイレ全然いかないね〜」。

 17時前に所長と合流してから24時過ぎのお開きまで、1度もトイレに行っていないことを思いだした。その瞬間、猛烈な尿意に襲われた。

 もう我慢できぬ。氏と別れ、私は小走りにホテルへ向かった。小雨の中を、内股気味に。

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朝日町へ。

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第一の神器。

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第二の神器。

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第3の神器。

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2軒目の流儀。

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2023年11月03日

第3189夜:生誕150周年【栃木・下野(栃木)】

「誕生150年」。何が誕生したのか。栃木県である。ちなみに地球誕生は「138億年」だ。

 このセンテンスが栃木市役所の吹き抜けに力強く掲示されている。栃木市役所は東武百貨店の2階以上にあり、各フロアへはエスカレーターが超便利。

私はいつもまず4階に行くが、エスカレーターを上がりながら吹き抜けを見下ろしたら「栃木県誕生150年」と書かれた巨大なバナーがフロアの床に。明らかにエスカレーター利用客向けの角度である。登り切るまでの間、思わず凝視。見事な四次元的空間活用である。

 150年ほど前の廃藩置県の際、現在の栃木県は宇都宮県と栃木県に分かれていたらしい。宇都宮県の県庁所在地が宇都宮。栃木県の県庁所在地が栃木。

 明治6年(1873年)、栃木県と宇都宮県が合併し、現在の栃木県が誕生。今年(2023年)は確かに記念すべき150周年。栃木市は「栃木県」の県庁が最初に置かれた場所という。ちなみにその場所は現在の栃木市入舟町。

 栃木市は何年か前に旧栃木市、大平町、都賀町、藤岡町、西方町、そして入舟町が1市5町合併。厳密に言えば、旧栃木市に県庁所在地があったわけではないと読み取れる。しかし合併したのだから、文章としては間違いない。

 恐らく、宇都宮県でなく栃木県と呼称する引き換えに、県庁所在地を宇都宮に置く生臭い取り決めが150年前になされたのだろう。時代は変われど、人間の本質は変わらぬようだ。

 ある5月下旬の爽やかな朝。そんな150年の歴史を感じながら栃木駅から蔵の街大通りを歩きつつ、20分かけて栃木市役所へ。

 途中、世界のビール祭り会場の前を横切った。数日間開催されているようで、この日はまさに真っ最中。ただし私が歩いているのは朝9時半過ぎ。会場は誰もおらず静まり返っている。

 ぜひビール祭りに参戦したいものだが、貧乏暇なし町民長屋の私にそんな贅沢は許されぬ。その日は午後から栃木県下野市でミッションがあった。

 下野市は平成18年、3町(南河内町・石橋町・国分寺町)が合併し「下野市」に。

 キーワードは「国分寺」である。天武天皇の飛鳥時代673年に「下野薬師寺」が創建。聖武天皇の奈良時代741年には「下野国分寺・尼寺」が建立されている。以降、時代は豪快に下り江戸時代には日光街道の宿場町(小金井宿・石橋宿)として繁栄したそうな。

 そもそも「国分寺」が何かよくわかっていなかったので、ネットで調べてみた。今から1300年ほど前、国内には80ほど国分寺があった。調べてもよく分からなかったが、まあ、今でいう仏教の香りが濃厚な県庁のようなものか。

 下野国分寺は日本列島で最も東に位置していた。1300年ほど前、今の栃木県の中心は宇都宮市でも栃木市でもなく、下野市だったようだ。栃木県のみならずヤマト王朝の東国支配の最前線だったのかもしれない。

 栃木県誕生150周年だが、あと十数年で下野国分寺誕生1300周年。1300周年にはとっくに栃木県と御縁は滅失しているだろうが、栃木県誕生150周年の記念すべき年に月に数回も栃木県(栃木市・佐野市・下野市・上三川町+小山市・鹿沼市+α)を訪れることができ光栄である。

 1300年前どころか150年前も摂津国(神戸)から下野国(栃木県)へ月6回も訪れることは不可能だっただろう。人間の本質は変わらないが、技術の進歩は目覚ましいものである。

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posted by machi at 07:52| Comment(0) | 栃木県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする