「八坂邸和牛姿焼弁当」。<八坂邸>さんという京都の割烹がプロデュースしていると思しき<ミートショップヒロ>さんが調整元の京都駅弁である。
ある平日の冬。凄まじい混雑ぶりの京都駅で在来線特急から新幹線に乗り替える。駅そばを啜るつもりだが、まず駅弁売場を覗いてみる。京都駅もバラエティに富んでいる。その特徴は駅弁専門の調整元というより、老舗や人気店が直売または監修している比率が高い。値段は高めだが、かなりの工夫が凝らされている。店で味わうよりはリーズナブルかもしれない。
時間は11時半。おかずたっぷり幕の内系は酒の肴に好適だが、ミッション前のノンアル期には少々物足りない。逆に肉一択系などはおかずが少ないので酒の肴として寂しい。
そんな状態の我が琴線に触れたのが「八坂邸和牛姿焼弁当」。1100円はこのテの駅弁としては安いかもしれない。。新幹線発射時間まで30分弱。かなりの空腹だ。
私は待合室に行き、空いている席を見つけた。掛け紙を外す。巨大な肉が一面を覆い、御飯が見えない。一枚の名刺サイズのカードが挟まれている。思わず目を剥いた。使用している和牛の詳細が記載されている。「弘BEEF認定証」だった。
出荷者「ダイチク」、血統「金照」、トレサビ(個体識別番号)「1343759410」、産地「長崎」……。産地長崎以外さっぱり分からない。暗号のようだが、それだけ見事な和牛ということだろう。長時間しっかりと肥育されているので、とても濃厚な味わいが楽しめますとある。
弘BEEF認定基準も書かれている。「京都食肉卸売市場で弘が直接厳選して競り落とした牛」「生産者は弘と交流があり、生産手法やその人柄にも信頼のおける人」「肉質基準として、霜降り度合(BMS)No.6以上の牛」。……。世界遺産も顔負けの厳しい認定基準である。
フタを外す。……。思わず目を見開いた。周囲を見渡した。強烈なニンニクの香りである。これほどパンチ力のある香りの駅弁は初めてだ。京都のハンナリしたイメージなどどこにもない、タフでワイルドなビジュアルとタタズマイ。
肉を箸でつまむ。……。切れ目なし。まさに姿焼。かぶりつく。……。ピリ辛でニンニクの激しい旨みが破裂する。その後、肉の甘みと旨みがトロリ流れてくる。タレのついたご飯を口に運ぶ。……。動と静、熱と冷、アダムとイブ。白米の旨さを再認識する。
あっという間に食べ終えた。ホームは外国の方で賑やか。余韻に浸りながら新幹線に乗り込む。瞬間、これまで嗅いだことのない種類の香辛料的スメールが鼻孔に飛び込んできた。アジアのどこかの国に迷い込んだ気がした。
2016年頃の死蔵ネタより。