2012年06月01日

第490夜:あの日に帰れたら【Book】

 時間旅行。誰もが憧れる究極の旅である。幼少の頃、机の引き出しを開けたらタイムマシンがあればいいのにな、と夢想したドラ●もん世代は数多いことだろう。

 宇宙の果てや深海、地底への旅行は科学技術の進歩で西暦3000年ぐらいになれば可能になっているかもしれない。しかしタイムトラベルだけはかなり困難なミッションと推測される。ゆえに、マンガや映画、小説世界で疑似体験するしかない。

 伊丹の美魔女・マダムMにお借りして読破した『リプレイ』(ケン・グリムウッド 新潮文庫)は、1988年世界幻想文学大賞受賞作。1988年10月18日の決まった時刻必ず死亡し、気づけば1963年の日に意識だけタイムスリップし、新たに生まれ変わる。意識が失われず、前世の記憶がそのまま持ちこされるのが斬新だ。

 主人公は4度、違う人生を歩む。競馬の勝敗や株の推移を知っているので収入は思いのまま。しかし小さな歴史は変えることができても、大きな歴史の流れは変えることはできない。もし変わってしまえば、そこは現実とは異なるもう一つの世界・パラレルワールドが誕生する。

 過去に移動するタイムスリップもので、「祖父殺しのパラドックス」という定則がある。過去に遡って自分の祖父を亡きものにすれば、自分自身も存在が消滅してしまうのではないか、というヤツである。そのような疑問にも果敢にこの作品は挑んでいるように思える。

 コミックや映画を除くタイムスリップものの小説群としては、やはり『時をかける少女』(筒井康隆 角川文庫)が真っ先に挙げられるだろう。ちなみにこの映画化作品で原田●世様が私にとっての永遠のアイドルになりました。

 『猿丸幻視行』(井沢元彦 講談社文庫)は暗号解読タイムスリップ本格ミステリ。約30年前の江戸川乱歩賞受賞作で、『逆説の日本史』シリーズで御馴染の井沢氏の博覧強記が冴えわたる大傑作。歴史&暗号&タイムトラベル&本格ミステリが大好物の方はぜひご一読あれ。

 『四畳半神話大系』(森見登美彦 角川文庫)はタイムスリップというより、パラレルワールドを扱った森見ワールド全開の青春小説。京都を描かせれば私の中ではピカイチの作家だ。

 国民的女流ミステリ作家の日本SF大賞受賞作『蒲生亭事件』(宮部みゆき 文春文庫)。受験生がホテルで火災に遭い、逃げる途中に戒厳令下の二・二六事件の最中に放り込まれる傑作。

 伝奇小説のタイムスリップ分野では高橋克彦先生の壮大なスケールの大傑作『竜の柩 1〜4』『霊の柩 上・下』(ともに祥伝社文庫)を挙げたい。文明の発祥や人類の起源だけでなく、死後の世界と霊魂の秘密にまで迫る空前絶後の物語。

 タイムスリップ物語が大好物の私自身は、ムー系超古代文明やオーパーツには目がないが、自分自身の過去や未来世界は全く興味がない。あの頃に戻れたら、あの日に帰れたら、と思うこともまずない。いつも、今が最高に楽しいからだ。

東朋治フェイスブック⇒http://www.facebook.com/#!/tomoharu.azuma
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2012年04月04日

第450夜:ハードボイルドのブンガク的定義【Book】(後編)

 『馬鹿★テキサス』(B・レーダー ハヤカワ文庫)は私立探偵ではなく、狩猟保安官というアメリカ独特のタフな職業に従事する男が主人公として謎を解決。主人公以外の登場人物のバカっぽさが秀逸だ。前半のハチャめちゃが終盤はきっちりと収まる展開は見事。ラストに重要なカギを握る小道具の謎が明らかになった時、読書に費やした3時間の不毛さに泣けてきた。

 『迷宮の暗殺者』(D・アンブロース ヴィレッジブックス)など、主人公の存在そのものがミステリ。前半は007ばりの活躍を見せつける主人公の正体が中盤で明らかになった時、私は驚愕のあまり呆けてしまった。後半の暴走っぷりは、妄想と嫌悪感と疑似体験で頭をフラフラに揺さぶる。私の読書史上、最高クラスのバカ小説である。ぜひ、一読されたし。開いた口がふさがらなくなる経験を味わうことができる。

 ミステリ好事家の間では、評論家の小山正氏が提唱した「バカミステリ」という一分野が形成されている。それはありえないだろ、というミステリの既存の枠を大きくはみ出した作品群を、ある意味愛情をこめてリスペクトしている。興味ある方は『バカミスの世界』(小山正とバカミステリーズ編 B・S・P)を参照されたし。古今東西のバカミスを網羅した強烈なガイド本である。

 バカミスには思わずツッコミをいれながら笑ってしまうしかない破天荒なトリックを用いたものが多い。ハードボイルドのパロディは、その支流の‘バカボイルド’に分類される。ちなみにこのコラムタイトルも、関西風のパロディだ。

‘ハードボイルド’は現在、どのように定義されているのか私は知らない。ただし、学術文学的には、個人の感情表現を文体に表出させないことである。文豪ヘミングウェイが源流だ。

 たとえば
 「私は緊張した」⇒「私の背中に冷たいひとすじの汗が流れた」「私の鼓動が速くなった」
 「私は泣いた」⇒「私の目から一滴の涙がこぼれた」「目から水滴があふれてきた」

 少し高度なパターンでは
 「私は悲しい」⇒「外で雨が降り出した」
 「私は悲しみから立ち直った」⇒「雨が止み、雲間から太陽が出て七色の虹をかけた」
 「私は眠れなかった」⇒「眠るまでに、ウィスキー5杯と一錠のアスピリンが必要だった」
 「私は一目ぼれした」⇒「一瞬で花が咲き乱れ、太陽が祝福してきた」
などである。

 まあ、こんな奴が実在していたら不審者としか映らないし、会話も面倒くさい。ただ、感情を前面に出さず、客観的な視点で表現するということに関しては、まちづくりにも役立たないこともない。冷静に物事を見つめると言えないこともないから。
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2012年04月02日

第449夜:ハードボイルドのブンガク的定義【Book】(前編)

 フィリップ・マーロウ。アメリカ探偵小説の巨匠・レイモンド・チャンドラー氏が創作したハードボイルドイメージな探偵の第一人者。『長いお別れ』(清水俊二訳 ハヤカワ文庫)を代表作とし、村上春●氏が新訳版を刊行したことでも話題となった。このマーロウは、古今東西すべてのニヒルで不器用で軽口ばかりたたく私立探偵のモデルである。

 日本ではチャンドラー氏の影響が濃厚な原寮氏の私立探偵・沢崎シリーズが読みごたえ充分である。『そして夜は甦る』『私が殺した少女』『さらば長き眠り』『天使たちの探偵』『愚か者死すべし』(いずれもハヤカワ文庫)。いずれも読みだしたら止まらない快作ぞろいだ。

 矢作俊彦氏の二村シリーズも正統派ハードボイルド。『リンゴォ・キッドの休日』『真夜中へもう一歩』『ロング・グッドバイ』(いずれも角川文庫)などがある。たっぷり濃密な長編はハードルが高いと感じられる方には、矢作氏の4冊に及ぶ短編集『マンハッタン・オプ T〜W』(ソフトバンク文庫)が入門編としておススメだ。

 これら正統派ハードボイルド作品を読み終えると、ノンフィルターの煙草に火をつけ、思わず眉間に皺を寄せながらバーに行きたくなること間違いなし。そこでは、ソフトで甘いカクテルなど頼まず、ウィスキーならストレートか、百歩譲歩してロックである。カクテルならドライ・マティーニかギムレット。奥歯を噛みしめ、べらべらしゃべってはいけない。

 古典的なハードボイルド探偵を現実的に探すことは、ちょんまげ姿の侍を見かけるぐらい困難である。そもそも、探偵は目立ってはいけないのだから。もしかすると都市の片隅でマーロウや沢崎のような探偵が実在しているかもしれない。ほとんど都市伝説の領域であるが。

 ハードボイルドの英語表記は‘hard-boiled’。‘固ゆで’と直訳され、これにeggを付けると‘固ゆで卵’。‘soft-boiled’なら‘半熟卵’か。東直己氏の『ススキノ、ハーフボイルド』(双葉文庫)も未熟な高校生を主人公に据えた点はソフトボイルドだが、先秋映画化の『探偵はバーにいる』(ハヤカワ文庫)をはじめとするススキノ便利屋シリーズ、私立探偵畝原シリーズはいずれも大傑作。私の最も好むハードボイルドシリーズであり、私の嗜好や生活にも影響御与えたかもしれない。

 IT技術の進化で警察の科学捜査に隙がない21世紀に、古風な私立探偵が活躍する場は限られている。ネット検索で大抵のことが分かってしまう。探偵が現実世界の殺人事件などの関わることはまずありえなく、ほとんどが浮気調査や身上調査だろう。それでは小説として成立しにくいので、ユーモア系ともいえるハードボイルド探偵のパロディもさかんだ。

 荻原浩氏の『ハードボイルド・エッグ』(双葉文庫)はマーロウかぶれのペット探し専門探偵、『私が探した少年』(二階堂黎人 講談社文庫)に始まるシリーズはニヒルな幼稚園児が探偵を務めている。『さらば愛しき鉤爪』(E・ガルシア ヴィレッジブックス)に至っては、なぜか恐竜が探偵役なのだ(読まないと想像できないだろうが)。〔以下次夜〕

≪オマケ:今夜も乱れ読み≫
◎ 『君の望む死に方』(石持浅海 祥伝社文庫):2012年3月31日読了
 あらかじめ犯人が分かっているという‘倒叙ミステリ‘。傑作ミステリ『扉は閉ざされたまま』(祥伝社文庫)第2弾。犯人がいかに被害者を殺害するかの過程を詳細に追いかけているが、極めてユニークなのがそれを誘導しているのが犯人のある理由で殺されたがっている被害者が、犯人が犯行しやすいように工夫と知恵を凝らす。そこにうっかり探偵役の美女が加わり、双方の計画が破綻しそうになる。
 では、犯人は殺害に成功したのか。被害者は望み通りの死に方を得られたのか。冒頭1ページの答えは…。石持ワールドは相変わらず独特。見事な本格ロジックが満載。
posted by machi at 07:49| Comment(0) | BOOK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする