冒頭3ページ目からいきなりぶっ飛んだ。「閉伊族」なる言葉である。盛岡から宮古へ流れる美しき閉伊川。下流域の宮古と山田は「上閉伊」、大槌と釜石は「下閉伊」と区別される。毎月閉伊川沿いに2時間半かけて盛岡宮古間を往復していた私にはなじみ深い名称だが、「閉伊族」なる人種は初耳(初目)。
閉伊族は元々出雲地方の原住民。渡来系の古代大和朝廷に蹂躙されて本州最東端(今の岩手県宮古市)まで流れたそうである。流浪の民なのだろう。
論旨は縦横無尽に駆け巡る。第二次世界大戦前まで、岩手県民が日本で一番背が高かったのは、閉伊族の後裔だからという。とにかく岩手人は東洋人より西洋人に体格が近いらしい。私にはその理由がさっぱり読み取れなかった。
さらに論旨は暴走。岩手県には一人も美女がいないそうだ。古代東北の英雄・アテルイ氏を討伐した坂上田村麻呂氏が800年ごろに身目麗しい女性を京にすべてお持ち帰りしたため、完全にその子孫も美人は種切れになったと断言。一方、東北日本海側は美女が略奪されることはなかったゆえに「秋田美人」「山形おばこ」が今も存在する……。決して私の意見ではない。
暴走は止まらない。閉伊族は完全無欠に討伐され、一部の勇敢な北海道に渡った人を除けば奴隷百姓とされ「集団コルホーズ化」されたそうだ(ああ、写し書きしていて怖くなる)。
なぜ現代の東北人は質実剛健というか、黙々と命令通りに骨身を惜しまず働くのか。それは本質的なものではなく、そうせねば生かしてもらえなかった悲しき奴隷根性が今も引き継がれているからだという。この点、さすがに筆者も「言いすぎであろうか」と注釈を入れている。
中途半端なホラー小説より遥かに恐ろしくなり、思わず奥付を見た。昭和47年発行。日本人のルーツ、身分制度や差別の根源を解き明かしながらも40年前の時代背景からか思いっきり差別を助長する(特に男尊女卑)表現を多用。昨今の出版物ではありえない危険さが横溢している。これを人権派の朝日が発行していたことに度肝を抜かれる。
評論と思いきや、後半はいきなり小説タッチに変貌。なぜ日本人が唯一アジア人でフラメンコを好むのか。露払いの意味とは。なぜ商人は士農工商の最下層なのか……。クラクラする。
著者の八切氏の代表者作は『信長殺し、光秀ではない』『徳川家康は二人だった』『上杉謙信は女人だった』……。私には、何も言うことはない。この著者の作品、文庫化もされていないようだが、古本屋では割と高値が付いているそうだ。
虚実分からぬが、21世紀の学校教育では決して知ることのできない禁断の歴史感に触れることができる。朝日新聞社にはぜひ手直しせずに原文のままで復刊していただきたい。
『日本原住民史』(八切止夫 朝日新聞社)
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