2019年05月16日

第2193夜:ぶっ翔んで埼玉【Cinema】

 『翔んで埼玉』。パタリロの原作者が三十数年ほど前に出版した埼玉ディスリ漫画である。私は2016年に一度だけ御縁を頂き、2017年から2018年にかけて本格的に御縁が深まった。正確に言えば、深まったというレベルではない。1年のうち最も埼玉県内に滞在している。

 蕨、ふじみ野、越谷、寄居、そして川口。年間3か月ほど埼玉ではないだろうか。自宅のある神戸よりも遥かに埼玉県内で宿泊している。

 この漫画が近年話題になっていた。コンビニでも売られていたので、2018年に読んでみた。確かにディスっているが、世界観が独特過ぎてあまりついていけなかった。

 そんな問題作が実写映画化された。

 2019年2月下旬、何日もひたすら埼玉関連の資料を神戸市内の喫茶店をハシゴしながらPC猿打していた。頭の中は埼玉一色である。

 たまたまその年の正月、TVとDVDデッキが同時にぶっ壊れ、1か月半以上も動画を見る生活から離れたまま。集中して観たのは、埼玉県蕨市内の約3分間の商店街PR動画程度である。

 久々に動画、それも映画観て気分転換したかった。しかし、埼玉ディスり映画を仕事モードと離れて楽しむことができるだろうか。

 この2年間、私はほぼ埼玉県民である。単身赴任の方を除けば、私は150万神戸市民の中で埼玉に足しげく通ったベスト5位には入っている自信がある。気分が悪くならないだろうか。怒りを制御できるだろうか。

 神戸三宮の映画館へ。久々の映画館である。いつぶりかも覚えていない。20代後半から30代前半にかけて私は年間「映画館」で100本以上映画を見てきたが、40代半ばの現在、年に1〜2本程度という体たらくだ。

 映画は始まった。いきなり強烈である。埼玉県民の虐げられぶりが面白おかしくSFチックに繰り広げられる。美術セットや設定に何となく『ブレードランナー』のような世界観がある。

 漁獲高最下位(当たり前だ)、貧乳率1位、男の巨乳憧れ率1位、童貞率1位、夏に行きたくない1位、冬に行きたくない1位……。

 埼玉県民を捕獲するための様々な仕掛けに苦笑。都内に潜入するには通行手形がいるそうだ。

 話が進むにつれ、気づいたことがあった。埼玉は思いっきりディスられているものの、さりげなく都内の八王子や西葛西などもディスられている。群馬なんてある意味埼玉より悲惨な扱いだ。栃木や茨城などはディスりよりひどい「ほぼ無視」である。

 そして、埼玉の最大のライバルである「千葉」と壮絶なバトルが繰り広げられる。戦争勃発の前に、河原を挟んだ千葉と埼玉を代表する有名人紹介合戦に大爆笑。そして、戦争の結果は……。

 私が埼玉に通いまくり、かなり地理間も育まれてるからこそ笑えるネタが随所にちりばめられている。草加せんべいの踏み絵シーンも笑ったが、大宮代表と浦和代表が喧嘩を始め、与野代表が仲裁しようとすると「与野は引っ込んでろ!」。声を出して笑ってしまった。コバトンを模した‘埼玉ポーズ’はクセになりそうである。

 後日埼玉県民にこの映画のツボを聞いたら、私でも全く乗り遅れているポイントが山ほど隠されていたようで少しほろ苦い気分を味わった。

 キャストもセットも妙に豪華。主演のGA●KT氏が大熱演。近年観た日本映画では空前のスケール。Hなわ氏のエンディングテーマも笑わずにいられない。

 観終わって、壮大な埼玉賛歌であることに気づく。これほど凄まじい埼玉愛を感じる映画は私が存命中どこか、25世紀なっても制作されることはないだろう。

 どうせなら、埼玉県内でこの映画を鑑賞したかった。プライドの高さでは京都人に双璧な神戸人ではなく、埼玉県民に囲まれながら。

190516翔んで埼玉.jpg
posted by machi at 08:55| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月14日

第1290夜:現地でスルース【Cinema】

 四季の会。日本最強の劇団「劇団四季」のファンクラブで、チケットの優先予約など年会費を払えば様々な特典がある。

 私は、四季の会の会員である。10以上前、京都劇場でミュージカル『美女と野獣』を初めて鑑賞し、従来の演劇のイメージを根底から覆された。

 すっかりファンとなった私は、以降『マンマ・ミーア!』『アイーダ』『李香蘭』『ウエストサイド物語』『クレージー・フォー・ユー』『夢から醒めた夢』『コーラスライン』『オペラ座の怪人』『ウィキッド』などを大阪や京都で鑑賞した。『ライオンキング』に至っては、そのために名古屋まで出かけたほどだ。

 上記はすべてミュージカルだったが、初めてミュージカルではない四季の‘ストレートプレイ’を京都劇場で観劇した。『探偵スルース』である。

 ある人気推理作家の郊外の邸宅に、青年が訪ねてきた。青年は作家の妻と不倫しているが、彼女の浪費癖に手を焼いている。一方、作家も妻と分かれて愛人との再婚願望がある。そこで作家は、青年にある計画を持ちかけるが…。

 緊迫感と独特の甘く危険な香りが横溢する推理劇である。休憩時間を挟んで2時間以上の上演時間を、たった2人の役者が演じている。舞台転換もなく、2人の会話のみで成立する。

 会話のみで2時間飽きさせない演出に唸らされる。主演の2人も、全くセリフを噛むことなく見事に演じきる。

 この舞台は映画化され、70年代作品のリメイク版『スルース』を以前映画館で観た。主演はマイ●ル・ケイン氏&ジ●ード・ロウ氏。監督はイギリスの重鎮ケネス・ブ●ナー氏。

 スタイリッシュな映像、主演2人の見事な演技、先を読ませない知的迷宮。この作品に対する予備知識はあったものの、映画と演劇では全く異なった印象だ。

 まちづくりにおいても、映像や新聞記事で知る情報と、実際に現場に足を運んで体感する心象では大きく異なる。メディア媒体は現場のエッセンスを凝縮し非常に分かりやすいが、「影(負)の部分」を捉えることは、様々な制約からあまりないようだ。

 まちづくり屋は、一方的な情報のみを得るのではなく、現地に足を運んで五感で体得すべきである。影の部分に目を奪われがちな時でも、どんな街にも「陽の部分」はある。それを見つける力を養っていかねばならない。ただし、1時間程度の滞在時間では何も分からない。

 最低1泊し、居酒屋やスナックで店主や常連と「会話」しながら、まちづくり屋は「スルース(探偵)」として街の正確な現況と現状に至る経緯、要因を「推理」するのだ。ただし、人情味あふれる店主からボラれるなど、予測不可能な結末が待っているかもしれないけれど。

150914スルース.jpg
2007年に公開されたリメイク版映画『スルース』。
posted by machi at 08:04| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月06日

第1284夜:Sin City(背徳の街)【Cinema】

 ゴッサム。数あるアメコミの中でも屈指の知名度を誇る『バッドマン』シリーズの舞台となるアメリカ国内の架空の都市である。

 ティム・バ●トン版『バットマン』が1990年ごろ公開され、数作が公開された。そしてクリストファー・ノ●ラン監督が新たにシリーズを3部作として手掛けた。『バットマン ビギンズ』『ダークナイト』『ダークナイト ライジング』である。

 ‵ビギンズ’を最初見た時、かなり戸惑った記憶がある。妙にリアルなのだ。一般的にアメコミ映画は超能力を持ったヒーローや怪人が縦横無尽に大暴れする。ところがダークナイトシリーズは架空都市ゴッサムの存在、バットマンの昼の顔が異様なまでの大富豪という点を除けば、怪人役もそれなりの理由で怪人になっている。

 そもそも、バットマンという絶対に外せないようなタイトルロールを『ダークナイト』(暗黒の騎士)に変更しただけでもスゴかった。

 3部作は独立した作品としても鑑賞できるが、特に『ライジング』は過去2作を踏襲し、伏線や謎が一気に収斂されるので予習は欠かせない。バットマン対怪人という構図は共通しているが、なぜ怪人とバットマンが対決するのか。怪人が大暴れする理由がゴッサムの破壊・壊滅が目的であり、ゴッサムを救うためにバットマンが立ちはだかるという構図だ。

 『ライジング』でゴッサムの人口が1200万人(東京都と同じ規模?)が判明。怪人たちが執拗に国家転覆ではなくゴッサムの破壊を目指しているところが興味深い。貧富差が増幅し、悪が蔓延り、それに対峙する法律もひと癖ある。

 バットマンの昼の顔である大富豪が経営する会社は世界規模の大企業。ゴッサムのために低料金で輸送手段を提供するモノレールも敷設し地域貢献するなど、実に芸が細かい設定だ。

 全世界で危険な都市はいくらでもある。日本では北九州(今はかなり安全)かもしれないが、映画の世界ではゴッサムほど危険な街はない。しかし、実に魅力的なシン・シティ(背徳の街)でもある。

 現実世界でも同じだと思うが、魅力ある街には怪人や犯罪者まではいかなくとも、熟した果実に群がるがごとく金も情報も、善良も悪徳も集まってくる。真水では何も住めない。適度な餌と濁りが栄養分となり、街は豊潤になっていく。クリーンすぎる平和な街には人も客も集まらない。平和と活気は同義語ではない。

 とはいえ、人口減少が止まらない昨今、交流人口ではなく定住人口を確保せねば超広域型商業地域以外は成り立たない。近年のまちづくりのキーワードは「安全・安心」(防犯含む)だが、残念ながら商業の「にぎわい」との両立が困難。商業系まちづくり屋の私にとっても悩ましいライフワーク的テーマになっている。

 私はゴッサムには住みたいと思わないが、人っ子一人いない大自然で生活したいとも思わない。バットマンも人がいない所であんな恰好をしていたら、不審者にしか思えない。せめて一昔前にランドセルを寄贈し続けた『タイガーマスク』あたりが現実と虚構との境目で、程良い英雄といえるだろう。

150906ダークナイトライジング.jpg
posted by machi at 13:06| Comment(4) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする