雪見。酒、大福(だいふく)、風呂…。雪を見ながら行う行為や酒、喰い物には旨さを倍加させるロケーションというスパイスがたっぷりと加わる。しかし、降雪量の多い北陸や北日本などに住んでいなければ日常なかなか体験できない。
3月に入っても寒波襲来し、関東甲信越の大雪の注意報が出された雛祭りの日の夕方。大宮から東武野田線で春日部へ向かう。大宮駅前はみぞれがボトボト降り注いでいた。大宮駅を出ると、すぐに一面雪景色に。その光景が岩槻駅手前まで続く。
私はこの夜、春日部駅からスカイツリーラインで2駅南下した武里駅前で2年間のラストミッションを控えていた。辿り着くのか…。何の遅れもなく春日部駅着。
下車した7番線ホームのドアからほぼ正面に<東武らーめん>が屹立している。湯気で幻想的である。武里へ向かう1・2番線ホームへ向かうべくいったん店の前をスルー。しかし、立ち止まった。電車は普通に動いている。時計を見る。時間は充分余裕がある。
意を決して反転し、引き返した。券売機と対峙。いつもならチャーシューメンを軸にワンタンをプラス、大盛で組み合わせていく。今日は「天玉ラーメン」にしてみた。
サラリーマン、学生、女性独り客、年配者…。性別も年齢も背の高さも異なる老若男女がカウンターに正対している。駅ホームの立ち蕎麦は吹きっさらしでなく保健所の指導か何か分からぬがいわゆるボックスタイプに取って代わられている。春日部駅ホームは酷暑寒風のストロングスタイル。酷暑より寒風が熱々立ち啜りラーメンに相応しい。
目の前でベテラン熟女店員が若い新人女性店員にレクチャーしている。新人が一生懸命湯ぎり。ベテランが具を手際よく並べていく。
湯気が顔に温かい。麺は黄色い縮れ。天麩羅は巨大かき揚げ。玉子も固ゆで丸々1ヶ。チャーシューも分厚い肩ロース1枚。メンマもたっぷり。ワカメ、ナルト、葱とスキのない布陣。
胡椒をパラリし、スープから…。シンプルかつ王道。このホームでこれまで何度啜ったか分からぬが、これがラストになるやもしれぬ。万感がこみ上げる。
天麩羅は最初はソリッドで。後半はスープに浸す。天ぷらもコロッケもラーメンスープにはあまり合わないと思うが、このシンプルな醤油スープにはなかなかの相性。ゆで卵も黄身をスープに浸す。3分の2を啜り終えて、チャーシュー。1枚のありがたみ噛みしめる。
汁1滴残さない熊啜。どんどん客が入れ替わる。日が沈みかけた空。そして、ミゾレが降り注ぐ。寒さも味のスパイス。
雪の降る夕暮れの駅のホームのふきっさらしで啜る熱々の醤油ラーメン。これ以上に最高のシチュエーションはあるだろうか。

