2020年09月03日

第2515夜:合同会社イドムス【沖縄・宜野湾(沖縄)】

 合同会社イドムス。2018年度から設立が検討され、2年間の紆余曲折を経て2020年3月9日に設立された沖縄市胡屋地区を拠点とするまちづくり会社である。代表社員は仲U氏。両輪としてH瀬氏と石H氏が支える体制である。

 2020年3月16日、神戸空港から閑散としている那覇空港経由して沖縄市入り。イドムス三銃士から会社概要の説明を受ける。さっそく様々な案件が飛び込んできているようで何より。新型コロナで世界中がふさぎ込んでいる仲、久々に明るい話題だった。

 宜野湾市へ移動し「ぎのわんヒルズ通り会活性化プラン検討委員会」に参加。私は委員長であるものの何のお役にもたてなかったが、なかなかユニークで現実性の高いプランが出来上がった。2020年度はシャッターアートに取り組むという。

 40ページに及ぶ報告書の原案をパラパラしていたら、2ページ目に目が留まった。人口に関してである。2020年2月の人口は5年前より3.2%増加している。まあ、首都圏などは増加しているから驚くに当たらない。ところが、次の一文に目を剥いた。

「将来展望においても人口は減少することなく増加し続けることで2060年には約109,700人を推計している」

 ちなみに2020年2月時点で96,528人である。せいぜい人口が増え続ける予測は2025年まで。2050年には日本の人口は8000万人、または4000万人というような予測もある。根拠はともかく、今から40年人口が増え続けるポテンシャルは恐るべしだ。

 沖縄市に戻り、21時過ぎに<ドラキン>へ。合同会社イドムス設立祝いである。イドムス三銃士、市役所から3名、LBから3名、そして私という陣容。

 センベロでツマミ2品とオリオン生2杯。泡盛に切り替える。水割りを頼むと店員さんが「薄かったら言ってくださいね!濃くしますから!」。一口つける前に「濃くして!」と懇願。

 出汁巻玉子、ポテトフライ、アスパラベーコン炒めという沖縄でなくとも日本中で味わえる料理をツマみに談笑しているとあっという間に23時過ぎ。この店もお客がひっきりなしだ。

 日本どころか世界中が新型コロナでパンデミックな2020年3月中旬。観光が主要産業である沖縄県は大苦戦を強いられていると思いきや、一部の地域や商店街・商業施設を除けば生活は全くの日常。マスクしている人もほとんど見かけない。呑み屋も普通に盛況。イベントも特段中止せず大盛況。3月16日時点で学校も通常登校再開。

 さすが琉球王国。経済的な損失も真っ先にリカバーしそうだ。ちなみに沖縄が21世紀になって最も景気が落ち込んだのが、9・11同時テロの時だったらしい。

 23時半頃<利加>へ。ママたちとも談笑しながらあっという間の深夜1時半。沖縄へは2015年から御縁を頂き続けてきた。特に沖縄市・宜野湾市・北谷町という2年間の沖縄中部ミッションが今回の訪問で終了する。

 皆さんと別れ、私は〆の〆として24時間<フリーダム>でステーキに挑もうと足を運んだ。……。閉まっていた。こんなことがあるのか。
〆ることができずトボトボ歩いていたら、「また〆るんじゃない。沖縄中部にまた来い」というステーキの神様からの叱咤が聞こえてきた。

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イドムス説明会。

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ぎのわんヒルズ通り会活性化委員会。

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2年間苦楽を共にしたメンバー。

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最後もリカバーで。

(付記)
この時(2020年3月)の沖縄はまだ平和。今や独自の緊急事態宣言発令。今年度も沖縄市内でミッションを賜っているのだが、現時点で沖縄入りできる見通し立たず。
posted by machi at 08:37| Comment(0) | 沖縄県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月12日

第2500夜:腹とYシャツと私【北谷・那覇空港(沖縄)】

 裁縫。小学校の頃、家庭科の実習で経験したような記憶が微かに残っているが、少なくとも30年以上針にも糸にも触れたことはない。

 プロ野球キャンプ真っ盛りだが新型コロナの影響でC国人を始め観光客が激減。那覇空港もこれまで見たことがないほどガラガラ。そんな那覇空港で、知らぬ間にYシャツのボタンが、それも腹が一番突っ張った箇所が無くなっていることに気づいた。いつ弾け飛んだのか。

 バスで1時間かけて普段と異なりどことなく閑散とした雰囲気の沖縄北谷町アメリカンヴィレッジへ。すぐ横の野球場ではC日ドラゴンズのキャンプ真っ盛りというのに。

 北谷町商工会M川氏と合流し、商工会へ向かう途中のコンビニで裁縫セット捕獲。2週間近い長期出張にも関わらず荷物を極力減らしたいので替えのYシャツが無く、ボタンを縫わねばならぬ。私は特殊体系なのでYシャツがあまり売っていない。

 AV(アメリカンヴィレッジです)を要する美浜地区(下)は観光客が激減しプロ野球キャンプ(C日)も盛り上がっていないようだが、水モノに左右されず地元密着を貫き続け観光客減など影響皆無な沖縄県北谷町「山手通り会(設立前なので仮称)」今年度ラストミッション終了後、世界中のVIPが集うSushiBar<よし八>で打ち上げ。

 ポテトサラダ、ミーパイ粗鍋、鮪カマチーズ焼、牡蠣スパゲティ……。2代目が腕を振るう料理はどれも絶品だが、どれも量多すぎ。ラザニアなど植栽プランターなみ。

 カリフォリニア巻発祥のお店らしく、聖地で味わう。アボカドとカニカマ(たぶん)にトビッコがトッピング。マヨラーの私にはジャンクで旨し。13年モノの古酒を寒かったので湯割で痛飲。北谷の皆さまに心から多謝。2020年4月に新たに通り会が設立予定。誠に悦ばしい。

 24時前にお開き。タクシーで沖縄県中部滞在時の定宿<デイゴホテル>チェックイン。洗濯しながら大浴場で疲れを落とす。部屋に戻って寝落ちする。

 翌朝。洗濯ものを取り込んだ後、昨夕コンビニで捕獲した買った裁縫セットを取り出す。Yシャツのボタン付けを試みる。昨晩はネクタイで姑息に隠していたが、やはり違和感がある。

 ボタンなど付けたことがない。「ボタンのつけ方」と検索したらユーチューブでズラリ。便利な世の中である。しかし、そもそも針の穴に糸を通せない。老眼鏡が欲しい。

 幾度も針先を指に刺しながら悪戦苦闘。針に糸を通すまで40分。何とかボタンを留めるまで20分。特に最後の〆方(結び方)が分からず、とにかくグルングルンにした。情けない限りだ。

 那覇空港着。朝昼兼用で何か腹に入れることに。さすがにポーク玉子おにぎりは食べ過ぎて少し飽きてきた。沖縄そばか、ガツンとステーキか。それとも<A&W>でルートピアとバーガー、オニオンリングか。

 フラフラ迷っていると国際線のフードコートまで来てしまった。そこには「Hなまるうどん」と「Y野家」が。歩き疲れたのでこのあたりで手を打ちたいが、さすがに沖縄まで来てこの2大チェーンは……。

 私は「Hなまる」童貞である。ちなみに「M亀製麺」も童貞だが、ここだけは死んでも、生まれ変わって絶対に行かない。「吉N家」は私の生活圏になく好きだがあまり足を運ばない。

 はNまるか、吉野Yか……。ふとY野家に着目すると、沖縄限定メニューがあった。タコライスに牛肉をトッピングしたブツが。そして、牛丼、味噌汁、漬物(またはサラダかキムチ)のセットを頼むと味噌汁をミニ沖縄そばに確変できる。

 これである。沖縄そばも啜りたかった。しかもY野家の沖縄そばとは実にレアである。

 Y野家レジに向かうと、Hなまるの方から来るよう促された。隣り合っているのだが、店内は厨房が同じ。レジも共通。そういえば、この2店舗は同じ企業グループだったような気が……。

 牛丼のサイズを聞かれ、朝10時過ぎなのに思わず「特盛」と発した。特に腹は減っていなかったのだが。普段とは異なる構えに私のリズムも少々狂っている。

 フードコートゆえ紅生姜などは別テーブル。そこから好きな量を積んでいく。そのトッピングコーナーの異変に気付いた。はなMると共通なので、普段吉N家で見かけない「土生姜」「天かす」がある。

 紅生姜と土生姜を両方丼に載せる。出来るようでなかなか実現しない組合せである。沖縄そばに天かすをぶち込むのも初めて。Y野家&Hなまるのコラボを、トッピングを介在しながら思う存分楽しんだ。その代わり、今朝に苦闘して取り付けた腹のボタンが外れそうになった。

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半年間お疲れさまでした!

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<よし八>VIPルームにて。

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プランター並みの巨大さ。

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カリフォルニア巻き発祥のお店(らしい)。

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古酒。

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困ったもんです。

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コラボ。

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ありそうでない沖縄ならではの組合せ。

(付記)
このバカブログをご照覧の全宇宙30名ほどの紳士淑女の皆さま、いかがお過ごしでしょうか。2010年6月から誰に頼まれるでもなく勝手にブログをはじめ、東日本大震災など激動の10年を経ながら、2020年8月12日(本日)、2500回も継続することができました。そして現在、コロナ禍という経験のない未曽有の環境に地球上がハマっております。一日も早い日常生活の恢復、そして人類の更なる進化を夢見て、思うまま気ままにこのバカブログももう少し、ここまで来たなら3000回を目標にのんびり続けて行けたら。よって皆さま、もうしばらく私のバカブログにお付き合いくださいませ。これからも御贔屓に!皆さま、今夜もご安全に。

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(おまけ)那覇空港のカードラウンジのお菓子は「伍魚福」。

posted by machi at 13:08| Comment(0) | 沖縄県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月08日

第2481夜:響かぬ理由【宜野湾(沖縄)】

 ぎのわんヒルズ通り会活性化プラン検討委員会。不詳・アヅマが委員長を仰せつかっている、宜野湾市商工会が事務局を務める沖縄県庁の公募事業である。県内の数都市の商店街が対象となり、毎週ワークショップを20回以上実施せねばならない究極に過酷な事業でもある。

 ある1月下旬の朝。冷えこむ三ノ宮駅構内の立ち蕎麦屋でコスパがよろしい朝定食(ネギ蒲鉾入りそば・ライス・生卵・昆布佃煮・天かす入れ放題)330円を腹に入れ、那覇空港へ。

 お迎えと合流しまずは沖縄市へ。いよいよ大詰めとなった某プロジェクト会議たっぷり2時間後に終了後、いったん我が沖縄県中部滞在時の定宿<デイゴホテル>にチェックイン。

 シングル料金だったがツイン(トリプル)にバージョンアップ。スリッパも3ヶ、コップも備品も3ヶ。ただしタオルや歯ブラシは1ヶ。このホテルはかなり快適で部屋広め。その上いつもの2.5倍はありそうな広さ。しかし私はいつも真夜中戻りゆえ巨大なコインロッカー状態である。

 見ためは中学生にしか見えず、商店街を歩く修学旅行生に交じれば全く見分けがつかない大卒新人・リッキー氏に宜野湾市商工会へ車で送ってもらう。

 19時から冒頭の検討会3回目。ラスト1回は3月。これまで毎週のように実践してきたワークショップの結果を反映させたはずの活性化プランのたたき台を詰めるミッションである。

 私はその数時間前の会議の興奮が冷めやらぬのか、普段はめったにないことだが、商店会の皆さまに割とキツい口調で喝を入れていた。

 「こんなこともできないんなら、何もできない!」。

 本来は会議を円滑に進行し、まとめていく役割を仰せつかっている委員長(座長)として失格である。それでも、荒ぶる魂を抑えられなかった。しかし私の喝もシラ〜っとした雰囲気で充満。

 私の心の叫ぶが全く響いていないのか。途中、私の事実誤認で事務局や出席者から訂正が入る。私の勘違いも大きな要因だが、振り上げたこぶしの落としどころに迷う。

 本来なら1時間もあれば終了する内容だったが、私の荒ぶる魂と私の議事進行の不味さのため2時間も費やした。私は、自分自身の力不足に打ちひしがれていた。

 閉会後、そそくさと退散しようと荷物を片付けていたら、商店会のN村氏が私に駆け寄って、耳打ちしてきた。何故か氏は申し訳なさそうな表情と半笑いの表情が絶妙のバランスで入り混じっている。

「アヅマさん、ズボンのチャックがずっと全開でしたよ」。

 ……。絶句した。赤面した。

 どれだけ熱い話だろうと、どれほど的を得た説教だろうと、何一つ響かず、頭に入ってこないだろう。チャック全開のバカオヤジから何を言われても。

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沖縄市内の昼会議。コザBOXにて。

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いつもより広い。

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ぎのわんヒルズ通り会での夜会議。

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沖縄市胡屋のリカママのお店で真夜中会議。

(付記)
ぎのわんヒルズ通り会の上原会長がつい先日急逝されたという報を受けました。3月下旬にお会いした際はお元気で、またお会いしましょうと約束したばかりでした。上原会長には2017年頃から御縁を頂き、昨年は高松視察にも同行させていただきました。上原会長のご冥福を心より祈念申し上げます。
posted by machi at 08:56| Comment(0) | 沖縄県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする