2018年06月04日

第1962夜:春の大嵐【鶴岡(山形)】

 いなほ号。新潟から日本海沿いに秋田方面へ快走する特急列車である。ただし以前強風で横転事故があり、以来ちょっとした強風でも徐行どころか何の迷いもなく運休になるらしい。庄内地方は風が強く、特急が運休している時は庄内空港離発着便もすべて運休になる。

 春の大嵐が日本中を席捲した2018年3月1日。私は山形県鶴岡市へ向かった。余談だが、私がまちづくり業界に身を投じたのが1999年3月1日。その日は我がまちづくり屋生活20年目に突入する節目の日でもあった。

 飛行機はもちろん運休。陸路に切り替えた。朝の段階では特急は力強く走っている。Hォ先生の沢崎シリーズ14年ぶり最新刊を新神戸駅売店で発見。今年1番の衝撃を受けながら新幹線で東京へ。上越新幹線に乗り換えて新潟へ。特急いなほ号で鶴岡へ。接続完璧で8時間。

 改めて庄内地方の遠さを痛感しながら新潟へ向かう途中にPC猿打していると、我がクライアント氏から特急運休の知らせが届いた。同じ車両に乗り合わせていたことが判明した氏とデッキで緊急作戦会議。年度末が押し迫りキャンセルはできない。残る手段はタクシーしかないが、いくらかかるのだろうか。

 新潟駅に着き、腹を括ってタクシー乗場に向かおうとしたら、代行バス運行のアナウンスが。約3時間半という。何とかギリギリミッションに間に合うそうだ。

 岩を打ち砕かんばかりの日本海に荒波を眺めながら何とか鶴岡駅前着。すごい風だ。確かに運休も納得させられる。駅前ホテルに荷物だけ預け、ミッション先の鶴岡銀座商店街へ。

 無事終了し、商店街理事長たちと<さかえや>さんという洋食居酒屋へ。生ビール旨し。無事にたどり着き、ミッション無事遂行に乾杯する。牛タンシチュー、フィッシュ&チップスなど絶品に舌鼓を打つ。

 庄内地方を二分する鶴岡と坂田。鶴岡は武家町、酒田は商人町。昔は同じ藩だったが、DNAレベルでソリが合わないようである。近親憎悪というヤツか。ミッションの最中、2年前に酒田市へ10回以上も足を運んだことを黙っていたのは正解のようである。

 2018年流行語大賞ノミネート間違いなしの「そだねー」。庄内地方なら「んだのぉ〜」。ちなみの同じ「んだのぉ〜」でも、鶴岡と酒田ではイントネーションが異なるらしい。

 風が弱まらない中、クライアント氏とタクシーで駅前に戻り、終夜居酒屋で夜中2時半まで鯨飲。翌朝、気合で起きて駅に向かう。風はさらに強さを増している。背骨から冷える寒さだ。当然のごとく特急は運行。2日連続の代行バスである。

 せっかく鶴岡まで来たのだから、名物を味わいたい。その日は夕方から埼玉県内でミッションなので、ひたすら移動のため昼飯を腹に入れる時間はないかもしれぬ。

 売店で鶴岡駅弁「庄内弁」を発見。待合室で腹に詰め込む。じっくり味わいたかった郷土色溢れる逸品でかなり豪華。酒田駅で2年前に味わった「ががちゃおこわ」は我が駅弁700箱の中で最も清貧を極めた禅問答のような駅弁。駅弁だけでも鶴岡と酒田の違いが感じられた。

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激しく運休。

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嵐の銀座商店街。

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シアワセのタンシチュー。

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ビールに無敵なフィッシュ&チップス。

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鶴岡駅弁「庄内弁」。かなり豪華で凝っている。

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酒田駅弁「ががちゃおこわ」。禅僧のごとき清貧の極み。
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2016年03月13日

第1409夜:雲の王国【酒田(山形)】(その五)

 ワンタンメンそのものを扱っていない店も少なくなかったが、扱っている店は例外なく「ワンタン」があった。私は、券売機の前にたった。……。視界が真っ暗になった。ワンタンのみがない。私は茫然と立ち尽くした。溺れられないではないか。

 店の方にワンタンのみは出来るかと尋ねる。「えっ、ちょっと待ってください」と奥に引っ込んだ。10秒後、「大丈夫です、できますよ」と力強い返答を得た。

 続いて券売機のどのボタンを押せばよいか尋ねると、「えっ、ちょっと待ってください」と再度奥に引っ込んだ。10秒後、「ワンタンメン650円のボタンを押して下さい」と指示された。麺の代わりにワンタンを倍入れるという力強い宣託も賜る。

 鼻息荒く腰掛けて待つ。壁に貼られている店舗紹介された雑誌記事を読み込む。私が酒田で最初に啜ったワンタンメンが、この店の親店である<満月>。メニューは幾分異なれど、味は同一と推測される。ウルメとトビウオ、昆布などを使用した奥行のある魚介スープに丸鶏のスープを合わせるという、いわゆるWスープである。

 セルフスタイルなので番号札を渡される。暗号を呼ばれたら、カウンターでブツを受け取る。ときめきに口を半開きさせながら慎重に我が席へ運ぶ。

 少し落ち着いて、全容を見渡す。チャーシューが2枚浮いているのも嬉しい。ひたひたたっぷりスープの下にワンタンの雲海が広がっている。胡椒を少しパラリとし、まずはスープを一啜り。……。二日酔い気味の五臓六腑に沁み渡る。いろんな店を食べ比べて実感したが、満月系はかなり魚介強めでシャープである。

 ワンタンをレンゲで掬い、ツルンと口に運ぶ。魔法の絨毯である。冥王星や金星を取り巻く雲である。天空の城である。マチュピチュである。そして、高度1万メートル上空の飛行機内から見下ろす雲海である。

 熱々の皮が舌で蕩け、包まれた肉の旨みが口の中で弾け、意識せずともスルリとノドに滑り落ちる。これはもはや、S●Xである。

 スープを啜り続ける。その間にワンタンがスープを啜り、さらにモロモロフワフワになる。スープを半分ほど啜ると、鉢一麺にワンタンの広大かつ重層的な雲海が広がった。後は一気呵成。意識は雲を突き抜け、星になった。太陽の光をいっぱいに浴びたフカフカの布団にダイブしたような柔らかさと温かさが私を包む。

 私は、天地と一体になった。私は、一つの地球になった。私は、一つのワンタンに包まれた小さき肉となった。私は、ワンタン王国の俘囚になった。〔終〕

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裏メニューとなった「ワンタン」。

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食べ進むにつれ、フワフワのトロトロに。
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2016年03月12日

第1408夜:雲の王国【酒田(山形)】(その四)

 店内に飛び込む。女子高生たちが美味しそうに啜っている。私はチャーシューワンタンメンを召喚。期待に胸を膨らませつつ店内を見渡す。

 こちらのお店も「酒田ラーメンを考える会」所蔵。オリジナルストラップも売られている。シーナ先生の色紙が2枚飾られている。「川柳はなんでもうまい!」「雲にのるような川柳のわんたんめん」とノリノリのコメントまで味のあるイラストとともに激筆されている。

 程なくしてブツが運ばれてきた。絶世の日本美人である。大きなチャーシューが丼に幾枚もの華を咲かせているが、その下にワンタンの雲海が広がっている。

 まずはスープを一啜り。……。あっさり醤油に魚介風味が溶け込む王道の酒田系。麺を啜る。……。柔らかめである。

 事前に商店街の旦那衆にお聞きしていたのだが、このお店は高齢者の支持が分厚く、そのリクエストで麺を柔らかめにすることがデフォルトになっているという。コシが欲しいなら麺固めと伝えねばならないらしい。九州豚骨のようなシステムだが、柔らかい麺も一興。ワンタンと一体になる嬉しさがある。

 チャーシュー、メンマ、麺を食べきった。鉢にはたっぷりのワンタンの海が広がる。レンゲですくって口に運ぶ。……。私は、飛翔した。頭上にラピュタが浮かんでいる。店内の壁面の向こうに地平線が見えてきた。重力が消失した。

 ふわっと口の中で溶け、すっと消える。その後に皮に包まれたワンタンの肉の激しい旨みが破裂する。私の中の何かが弾けた。箸でワンタンを麺のように啜りだした。こんな振る舞いが可能なほどの薄さ、柔らかさ、千切れそうで千切れない芯の強さ。五里霧中で熊啜する。

 ワンタンメンは麺、具、スープ、ワンタンすべてが高次元に融合した総合芸術。それぞれに店に味は似ているのだが、個性がある。

 世界最強最高のワンタンメン王国・酒田。ワンタンを取り扱っていない店も決して少なくないけれど、うどんやそばを扱っても御飯系やサイドメニューを置いていない店も多い。その代わり、麺が多い。ラーメン(+ワンタンメン)一択勝負に王国の威信を伺うことができる。

 私は様々な店でワンタンメンを啜ってきた。8か月間で11回訪問した私の酒田ミッションの最終日翌朝。当分酒田を訪ねることはなさそうだ。最後の最後に、どうしても試したいことがあった。ワンタンだけを啜ることである。ワンタンだけの海に溺れることである。

 酒田みなと市場内にある<月>は、酒田最強のワンタンメン帝国<満月>の新業態。セルフサービス・食券・中華そば並がワンコイン(500円)。朝9時から開いているため「朝ラー」も楽しめる力強さである。〔次夜完結〕

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<川柳>さんの「チャーシューワンタンメン」。雲のごとし。

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シーナ先生のイラスト入りサイン。

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酒田みなと市場内にある、聖地<満月>さんの支店っぽい<月>さん。
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