私は神戸市民だが神戸牛などこれまでの人生で食べた記憶は1度あるかどうか。ところが伊賀市民は伊賀牛を常食。輸入牛も含め他の牛肉を口にすることも少ないという。
伊賀市最大最強の商店街・伊賀上野銀座商店街にも伊賀牛を取り扱っている肉屋さんがあり、どちらも大人気という。伊賀牛をフュ―チャーしたメニューも多そうだ。
当地ブランド牛をウリにしている商業地を尋ねたら、これ見よがしにその牛を前面に押し出した看板のすき焼屋、ステーキ屋などを見かけることが多々あれど、伊賀ではあまり目立たない。忍者が目立つことはご法度なので、その血を商業者も受け継いでいるのだろう。
ある晩春の夜。伊賀上野銀座商店街の旦那衆と勉強会の後、商店街の居酒屋<いとう>さんで遅くから懇親会。山に囲まれた里だが気合の入った刺身盛合せの後に運ばれてきた「軍鶏の王将風」に微笑。見た目は思いっきり普通の大ぶりな唐揚だが、一口齧ると<餃子●王将>の味に酷似。マスターは一度舌に乗せた味の再現力に極めて秀でているという。
私が住みたい地域の選定にいくつか外せぬ要素がある。その一つが<餃●の王将>の存在。しかも`京都系‘に拘る。岩手県宮古市も`大阪系´ではなく`京都系´なら申し分ないのだが。
大皿にたっぷりとした焼肉が運ばれてきた。タレに絡められた「伊賀牛」焼肉である。地元の方々は食べ慣れているようで、どうぞどうぞと進めて下さる。遠慮モードをオフにした。
鼻の穴で吹き矢を飛ばせそうなほどの興奮を抑えられず、箸を伸ばす。……。柔らかさ、甘み。仕事がら日本中で様々なブランド牛をご相伴させていただいてきたが(商店街の役員は肉屋さんが割と多いため)、伊賀牛の実力も世界クラス。妖艶な`くのいち´にハニートラップを仕掛けられたような背徳かつ極上の味わい。脳天に手裏剣が突き刺さったような衝撃だ。
ある初夏の夜。同じく伊賀上野商店街の旦那衆と22時過ぎからシブい構えのL字カウンター居酒屋へ。閉店後に貸し切ったそうだ。豪快そうなママさんが一人で切り盛りされている。
生で乾杯し、数品の小鉢を肴に杯を進める。折しもその10日ほど前に三重は全世界から注目を独り占めしていた。伊勢志摩サミットである。その際の晩餐会で、伊賀市の地酒が各国首脳に振る舞われたという。銘柄は「半蔵」。伊賀忍群の棟梁を冠した淡麗辛口である。
さっそく冷えた辛口を試す。……。鋭利な手裏剣がノドを掠めた。旨さという名の煙幕が視界を覆う。どんな料理にも合いそうだ。調子に乗って他の銘柄も試す。ちなみに伊賀は松尾芭蕉翁の生誕地。その名を冠した「芭蕉」も端麗辛口だが、もう一種(銘柄失念)は豊潤な甘みと旨みでどっしりとした旨口酒である。〔次夜後編〕

蕩ける旨さ(タレ焼)

初感動から1か月後、シブいL字カウンターにて。