2021年07月19日

第2728夜:知らぬ間に聖火リレー【会津若松(福島)】

 聖火リレー。福島県をスタートし日本全国をランナーが駆け抜ける、一生に一度拝見できるかどうか分からぬ一大パレードである(2021年3月26日時点では全国を走破予定)。

 2021年3月26日。緊急事態宣言は発令されていないものの慎重に慎重を重ねていた会津若松市に3カ月ぶりに足を運んだ。令和3年になり出禁状態がようやく解除された。

 郡山からバスで15時前に神明通り商店街着。途中、渋滞もなくスムーズ。バスもガラガラだ。

 バスを降りると、イベント会社のトラックが1台路上に停まっていた。スタッフパスを首から吊り下げた人が何人かちらほら。何かイベントを開催中なのか。

 商人館の入口に「神明deなぞとき」というチラシが貼られていた。3月26日から28日までの3日間で、時間は11時〜15時。このイベントだったのか。ちょうど終わった時間帯だった。

 イベントを見学できずほろ苦い気分で神明通りに隣接する定宿に荷物を入れ、商店街の奥まったところで調査や作業に勤しんでいた。

 18時過ぎに商店街の役員や市の職員が商人館に集結。皆さんスマホの画像で盛り上がっている。……。17時半ごろ、神明通りを聖火リレーのランナーが走っていたらしい。

 全然気づかなかった。一生に一度の体験を逃した。私は、神明通りの「ナゾ」を解けなかった。観覧自粛を呼び掛けていたからあまり人もいなかったのか。

 10人で商人館1階<ハジャイ>で懇親会。3カ月ぶりの絶品エスニック料理。戻り鰹の刺身、鮮度無敵。たっぷりニンニクを絡める。〆のチャーハンまで全力で駆け抜ける。

 黒生ビールが染み込む。4杯ほど空けた後は、越乃寒梅を独りで一升瓶の半分。さらに地酒を追加呑み。23時頃ホテルに戻り、落ちるように眠り込んだ。

 翌朝。チェックアウトぎりぎりまでPC猿打。シャワーを浴びるのを忘れるほどである。

 ホテルから駅へ向かう道すがらに<あいづ塩蔵2429>が奥まった異空間に屹立している。この地元食材を使ったcafé&パブの経営者が、まちづくりのミューズ・稲Ⅿ姐さん。

 姐さんにご挨拶し、珈琲をご馳走になる。聖火リレー、姐さんは手を振って応援していたそうだ。一生に一度を逃した悔しさが再度こみ上げる。

 料理などしないのでどう調理したらよく分からないが、会津若松産の葉物野菜や塩バター飴などお土産に購入。街なかからは聖火リレーの残り香は1gも残っていない。いつもの日常だ。

 姐さんに駅まで送って頂き、速攻で切符と駅弁とカップ酒買って11時8分の電車にギリギリ乗り込む。郡山で新幹線に乗り換えて、駅弁と地酒で独り慰労会。コロナ禍で激動だった我が2020年度のすべてのミッションが完遂したからだ。

 こんなご時世でもたっぷりと様々なご依頼を皆さまから賜り感謝の一念。コロナ呆けが治らずサボリ気分が全く抜けないままだけど。

210719会津若松@.jpg
さすがのイベント。

210719会津若松A.jpg
この状態から1時間半後に聖火リレーが通ったとは信じられぬ。

210719会津若松B.jpg
まずは黒生ビール。

210719会津若松C.jpg
鰹の刺身、大大大大大好き。

210719会津若松D.jpg
ほぼ私一人で呑みつくす。

210719会津若松E.jpg
〆まで全力フィニッシュ。

210719会津若松F.jpg
あいづ塩蔵。

210719会津若松G.jpg
レトロでクラシックな非日常空間。

210719会津若松H.jpg
激動の2020年度のシゴト納め。
posted by machi at 09:26| Comment(0) | 福島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月24日

第2668夜:朝から気分は大笑い【会津若松(福島)】

 朝ラーメン。立ち喰いそば屋や24時間チェーン店以外で朝ラーできる地方は限られている。その中でも会津地方は朝ラー文化が長きにわたり浸透している。

 まだ太陽が昇っていない師走の朝5時からPC猿打。3杯目のインスタントコーヒーを飲み、6本目の煙草を吸い、8時にいったんホテルを出る。

 向かった先はホテルから歩いて7、8分の<大笑家>。朝7時から開いているラーメン屋である。前日の昼に鶴ヶ城に向かう際に店前を通った。その際、開店時間をチェックしていた。14時には閉まってしまう。

 朝5時から頑張ったご褒美である。普段朝8時など腹が減ることまずないが、朝ラーは別腹。最近は「朝活」(朝からカツ丼)にも力を入れている。

 キリリと寒い。寒いというより、冷たい。これは東北以北の朝でなければ味わえぬ冷気。ぼんやりと霧のようなものも掛かっている。スマホで気温を確認する。マイナス1度。最高に朝ラーが旨いシチュエーションである。

 店内へ飛び込む。店主は屋号とは真逆のニコリともしないコワモテ。券売機に対峙。私は「肉ワンタン麺」の大盛をスィッチ。朝から全開である。

 店内はすでに同好の士が数名。私のチケット半券には「10番」という文字が。要するに開店してから10番目の客ということだろう。ちなみに朝8時である。会津の朝ラー文化は頼もしい。

 券売機と水はセルフだが、ラーメンはオヤジさんが運んでくださる。オヤジさんの介添えでブツ降臨。胡椒を軽くパラリし、まずはスープ。

 ……。覚醒した。旨さが下から侵入し、脳天へ突き抜けた。煮干しと豚骨が混じっているのか。スープはどこまでもクリアなのに、どこまでもグラデーションである。

 ちぢれ麺とのカラミ最高。チャーシューは味わい深く柔らかい。夢中で麺を啜り切った。チャーシューが滅失した後のスープにはワンタンが数ヶ泳いでいる。

 ワンタンメンの楽しみはここからである。麺と異なりフヤけるほどに旨いのがワンタン。レンゲで掬い、口へ運ぶ。……。ツルンツルン。肉の旨味も弾ける。間髪入れず2つ目……。おや、味が違う。……。海老である。肉と海老。2種のワンタンという芸の細かさ。

 朝8時過ぎから繰り出されるイリュージョンにKO寸前である。気づけば丼は洗ったかのように何も残っていなかった。職人感全開の腕前に惚れ惚れする。

 店を出る際、オヤジさんが爽やかな声で「ありがとうございます!」。今日もいい一日になりそうである。外の外気さえ心地よい。エナジービンビンである。気分は「大笑い」である。

 ホテルに戻ってチェックアウトし、会津若松駅へ。電車発車20分前。会津の地酒のカップ酒5本セットを購入し、駅改札に向かおうとしたら、駅構内で喜多方ラーメンを食べさせていただける立ち蕎麦屋(立ちあおい)のシャッターが閉まっている。おや、朝7時オープンのはずだが。

 張り紙があった。嫌な予感がした。近寄ってみる。諸般の事情により11月1日から休店とあった。コロナの影響で時短していたことは知っていたが、「諸般の事情」が気になる。改装なら改装と書くはずだ。先ほどまで「大笑い」だったが、眉間にしわが寄り始めた。

 会津若松における私の朝ラー選択肢、1つ増えては1つ減る。一刻も早くプラス攻勢に転じねばならない中、<大笑家>訪問頻度だけは間違いなく高まりそうである。

210424会津若松K.jpg
朝7時からの頼もしさ。

210424会津若松L.jpg
朝から夢の続き。至福。

(付記)
私は「おおわらいや」と呼んでいたが、つい3日前に会津若松市で商店街の旦那衆と呑んでいたら「だいしょうや」と訂正されました。
posted by machi at 10:44| Comment(0) | 福島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月22日

第2667夜:鶴ヶ城とタイスキ【会津若松(福島)】

 鶴ヶ城。戊辰戦争の舞台となり官軍から総攻撃を喰らった難攻不落の名城であり、会津っ子の魂である。

 ある師走の午後。カレー焼きそばをたらふく腹に入れた私は、神明通り商店街に隣接する定宿に荷物を預け、チェックイン可能時間までの時間つぶし&腹ごなしにブラブラと「鶴ヶ城」へ。

 途中、美味そうなラーメン屋やソースカツ丼屋を何軒か見つける。朝7時営業開始のラーメン屋もあった。散策の楽しみである。翌朝の選択肢が増える。

 1qほど歩くと、北の丸が見えてきた。グイグイ歩くと天守閣が見えた。北の丸内にラブホのような建物があった。かなりシュールである。

 戊辰戦争のクライマックスは、鶴ヶ城。私は『八重の桜』をリアルタイムで観ていないが、放映終了から数年して総集編の再放送を観た。思いっきり砲撃されていた。

 戊辰戦争終了後、時の政府により天守閣は取り壊された。ひどい話である。昭和40年にようやく復元。しかし、復元であることを感じさせない威厳と荘厳が石垣や庭内から感じられる。

 コロナ禍ゆえ普段の観光客の入りっぷりは分からないが、それでも何人もの観光客が楽しんでいる。私は天守閣には登らず、ブラブラと散策した。冬枯れも鶴ヶ城も風流である。

 2020年会津若松最後の夜も当然のごとく神明通り商店街<ハジャイ>へ。しゃべり倒した後のチンチン冷え冷え黒生ビール、爽快の極北。

 店に行く前に「今日はタイスキ」と聞いていた。私がタイを‘鯛’と捉え、てっきり鯛ちり(鍋)と思い込んでいた。ところは具材のメインは豚と鶏。タイはタイでも国名だった。

 よく煮えた肉や野菜を独特の辛みダレを垂らして食す。これがなんともいえず初めての味なのにどこか懐かしさもある。タイ国は原則として牛は喰わないらしいが、最近そうでもなくなってきたらしい。「らしい」としかいえない。

 黒生と後は地酒。毎回一升瓶がど〜んと4本ぐらい置かれる。自由に飲ませて頂く。鶏焼飯も旨し。アボカドソースのかかったチキンステーキはパッションを揺さぶる壮絶な旨さである。

 辛みダレを垂らした鍋を喰い、地酒をやる。汗が噴き出してきた。暑い。そこで、再度黒生ビール。爽快がさらに突き抜ける。月1度の至福の楽しみである。

 <ハジャイ>から我が定宿は道路を挟んだ対面。1分ほどで到着。部屋に戻り、大浴場に浸かりながら必死でコインランドリー。

 神明通り商店街、私の知る限りもしかしたら世界で一番様々な事業に取り組んでいる商店街かもしれない。福島県の3分の1の面積を占める会津地方の中原・神明通り商店街は、会津っ子にとって令和時代の難攻不落な鶴ヶ城である(ような気がする)。

210422会津若松F.jpg
會津っ子の魂。

210422会津若松G.jpg
鯛ではないタイスキ。旨すぎて悶絶。

210422会津若松H.jpg
エスニックにドはまり。

210422会津若松I.jpg
チーズナン、エロティック。

210422会津若松J.jpg
地酒をガンガン呑み放題。
posted by machi at 12:25| Comment(0) | 福島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする