2012年08月08日

第537夜:オトコ一匹、きりたんぽ【秋田(秋田)】(後編)

 地鶏と旬の秋田野菜を食べつくした後が、きりたんぽ鍋の本番である。今まであえて放置プレイを施し、充分のダシの旨みを吸い込んだきりたんぽを攻略。鍋のシメとする作戦である。

 きりたんぽとは、米を大きな竹輪のように固めたものと思えばよい。ギッチギチなので、充分に柔らかくなるまでダシを染みこませた方が多分良かろう。私はきりたんぽ鍋チェリーオヤジである。作り方もコツも分からぬが、正統の作法は最初のうちに味わうものかもしれない。

 大きなきりたんぽが3本も小鍋に鎮座。汁も半分ほど残っている。よりダシを染みこませようと、煮えるに任せてぼんやりと雑誌に目を通していたら、あっという間に汁が無くなっていた。もう少しで焦げ付くところだった。完全に油断していた。慌てて火を止め、取り皿に移す。

 七味唐辛子を多めに振りかけ、パクッと齧る。……。なんともいえないモッチリ感だ。極上のダシを存分に吸い込んでいる。1ヶでかなり満足感が得られてしまう。3つは少し多すぎた。

 鍋のシメは雑炊派と麺派に大別される。私は麺派幹部として、冬の忘年会シーズンは雑炊派と激しいバトルを展開している。きりたんぽは雑炊派の亜流の属すると思われるが、ここは秋田。アウェールールに準じるのみである。

 比内地鶏は別格として、きりたんぽ鍋の具材で私が最も印象に残ったのは、白舞茸。普段見かける通常の舞茸とは全く別物の香り、歯ごたえ、風味だった。

 次回いつ秋田を訪問するか全く分からない。きりたんぽがガツンと胃にきたとはいえ「ビール1杯すかさず日本酒チェンジ作戦」が功を奏している。わずかだが、胃に余裕がある。

 私は「白舞茸の天ぷら」を注文した。男鹿の塩で味わうのがおススメだそうだ。天ぷらの盛り合わせがよりおススメであったようだが、ここは白舞茸のみを心行くまで堪能したい。程なくして運ばれてきたときから、キノコの芳醇な香りが個室に充満した。

 粗めの男鹿塩をチョンと付け、齧る。キノコと油は極めて相性が良い。私は目をつむったまま大きく天井を見上げ、ガッツポーズをしながら大きくウンウンとうなずいた。個室だからこそできるオーバーアクション。カウンターで一人なら、妙な注目を集めてしまう。次に醤油を少し垂らしてみた。醤油の旨みと塩味が、恐ろしいまでに白舞茸と天ぷらの衣に馴染んでいる。

 普段、夜にまず白米を食べることのない私は、タブーを破った。「あきたこまちのごはん」を注文してしまった。コシヒカリ、ササニシキなど数あるが、私はあきたこまちが最も好みだ。

 大学時代、秋田出身の(確か)米農家の倅から、あきたこまちを少しおすそ分けしてもらったことがある。学生時代の記憶など、私の皺なし脳から破竹の勢いで消滅し続けているが、米を分けてもらったことを覚えているほど、旨さの印象が強かったのかもしれない。

 米粒が立っている。甘い。粘りもいい。3分の1をそのまま味わい、先程のつくねに付いていた比内地鶏の黄身が残っていたので、あきたこまちにまぶして醤油を垂らしてかきこむ。……。私は言葉を失った。粗塩を少しだけパラリと白米にかけて頬張った。再度言葉を失った。

 個室だから良かったものの、ひたすら笑みを浮かべて白メシをかきこむ不気味なヤツとしか思われなかっただろう。秋田美人とあきたこまちは同義語。どちらも大好きです。

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「白舞茸の天ぷら」に「あきたこまち」を合わせてみました。

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2012年08月07日

第536夜:オトコ一匹、きりたんぽ【秋田(秋田)】(中編)

 90円?900円ではないのか。何度も確かめたが、間違いはなさそうだ。しかも、まだ注文できるという。90円のいか刺しだけを注文する蛮勇を私は持ち合わせていないので、舞茸・なめこ・しめじ・えのきが入った秋味濃厚な「旬のきのこ煮」も注文。私はきのこ類にも目がない。

 ビールとお通しが運ばれてきた。お通しはエビマヨ・バイ貝煮・がんもと野菜の炊き合わせという気合いの3種盛。どれも手ぬかりなく、しっかりと仕事が施されている。今夜の勝利を、お通しの段階ですでに確信することができた。 

 瓶ビールは一番搾り。本当にたまたまだろうが、私が訪れた仙台と秋田の店は、ほとんどがビールはキ●ンで、しかも一番搾り。冷えていれば何でも爽快に旨いから銘柄は何でも良いが。

 イカ刺しが運ばれてきた。透き通るほどに鮮度の良いイカが、光り輝いている。しかも、木桶に氷が敷き詰められた上に、たっぷりと乗せられている。わさびもすり下ろしの本格派。サービスとは言え、度肝を抜かれる。イカのメニューだけでかなり種類があり、心が震えた。

 秋田名物ベスト3に間違いなくランクインするのは「比内地鶏」。通常の鶏肉と比べると高額だが、私のような流浪のまちづくり屋でも、ギリギリ手が届く範囲のぜいたくが楽しめる。

 様々な比内地鶏メニューがある。比内地鶏ねぎピザなど、真に心が動く逸品も見受けられた。私は一人でも、つい4人程度で呑みに来ているかのごとく注文しすぎて失敗すること限りなし。きりたんぽ鍋を味わう前に轟沈してしまうのは本意ではない。

 熟慮を重ね、私はタレ焼つくね一本勝負を選択。見事なタレの照りである。かぶりついた。……。噛みしめるごとに味わい深い。添えられた比内地鶏の生卵の黄身に、チョン付けして口に運ぶ。七味もパラリ。マイルドにして野生、ワイルドかつ繊細。うなずける味わいである。

 カセットコンロがセットされ、どう見ても4人前はありそうな鍋にフタをしたきりたんぽ鍋が運ばれてきた。グツグツ煮立ってから3分程度が食べごろという。嬉しいことに、比内地鶏が使っているという。

 煮えすぎると固くなる。頃合いを見て比内地鶏を口にした。……。ピュッと肉汁が口の中に飛び出した。ハフハフしながら噛みしめ、呑みこんだ。鶏肉の味とはこれほど濃いものなのか。

 鍋は具だくさん。ミツバの香りが良く、白舞茸の歯ごたえと風味がきりたんぽ鍋のグレードを3ランク以上アップさせている。ネギ、糸こんにゃく、ごぼう。いずれも渋い働きを見せている。とにかくダシが絶品。地鶏から出た油の油膜で、表面がキラキラ光沢を放つ。このダシだけで、酒が何倍も呑めてしまう。

 ビールが無くなった。追加したいが、確実に満腹になる。ここは秋田、地酒をチビチビやりながら一人鍋をつつくのは、冬の北国一人出張の醍醐味。

 清酒「いなにわ生貯蔵酒」をボトル注文。木製の容器に氷が敷き詰められ、ボトルが冷やされている。一つ一つの芸が細かく、注文するたびに感心の唸り声をあげてしまう。〔次夜後編〕

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どう見ても4人前はある「一人用きりたんぽ鍋」

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2012年08月06日

第535夜:オトコ一匹、きりたんぽ【秋田(秋田)】(前編)

 きりたんぽ。秋田を代表する鍋である。食べた経験はなくとも、名称を耳にした人は多いだろう。深々と寒い冬のイメージが強いが、夏でも一般に味わうものだろうか。

 秋田は氷雨が降り続き、骨の髄まで寒さが染みてくる晩秋の夜。雪に変わりそうな気配すら感じられる。道行く女性はマフラーをグルグル巻き、男性はコートの襟を立てている。当日、たまたま私は妙に多忙で昼食を取る間もなく、寒さと飢餓状態で発狂寸前に追い込まれていた。

 秋田一の繁華街は「川反通」と呼ばれる。グツグツ煮えたきりたんぽを肴に、地酒をキュッとやる。秋田の英雄・サブマリン山田久●氏の投じる鋭いシンカーのごとく、私は数多くの店の前に張り出された料理メニューを、フラフラと沈み、横に蛇行しながら吟味していった。

 私は、一人である。焼鳥屋や寿司屋なら全く問題ないが、鍋はハードルが非常に高い。一人焼肉のハードルが走り高跳びなら、一人鍋は棒高跳びほどの違いがある。

 一人用小鍋のある店がベストだが、ガイドブックを持っていない私には、値段と店構え、数多く積んできた場数経験を頼りにカンで勝負するしかない。本格的郷土料理店ではなく、大衆居酒屋系なら一人鍋ならありそうだ。私の狙いが絞れてきた。

 ネオンの下で、そこら中にきりたんぽの文字が踊っている。これだけ多いと、余計に迷ってしまう。しょっつる鍋も気になるが、一人で二鍋は、体調面でも財布面でも許されない。

 大きな店の前に張りだされた1枚のPOPに、私の目が吸いよせられた。「県外からお越しの方、きりたんぽ鍋半額(1800円が900円に)」という趣旨の内容が書かれている。

 きりたんぽ鍋の相場はサッパリ分からぬが、神戸在住の私は条件を満たしている。かなり大きな店だ。普段ならスルーしてしまう構えの店だが、きりたんぽモード全開の私にとって、きりたんぽ半額に勝るラブコールはない。私は<かまくら家>の暖簾を潜った。

 店の名前の通り、多くの席が敷居やドアのある個室である。店内はゆったりとして、かなり広い。雪国らしく、かまくら風になったスペースも多い。寒い冬の雪の夜、屋外のかまくらの中で鍋を突きながら熱燗、という光景が即座に浮かんだ。

 かまくらタイプではないものの、引き戸付き個室に案内された。一人なので恐縮するが、そもそもカウンターがなさそうだ。誰にも気兼ねせず落ち着けることは確実だが、一人暮らしの夕食と変わらないような気もするので複雑だ。

 外は冷えているが、店内は充分に暖房が効いて暑いほど。オシボリの暖かさが顔のこわばりをほぐす。私は瓶ビールを注文した。一人個室は手持無沙汰なので、ビールを手酌して呑み干し、また手酌という一連の行為は、貴重な暇つぶしタイムである。

 ビールが運ばれてくる間、本日のおすすめメニューに目にする。チラリと片隅に文字が飛び込んできた。「いか刺し 限定30食 90円」。〔次夜中編〕

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限定30食。大きな桶に入った90円の「いか刺し」

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posted by machi at 06:32| Comment(0) | 秋田県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする