ガキの頃、稀にビフカツが食卓に上った。狂喜乱舞の御馳走である。ドミグラスソースたっぷりのカツにウスターソースをさらにぶっ掛ける。思い出すだけで目頭が熱くなる。
ビフカツは字の通り「牛」。世間一般では圧倒的に「豚」。いわゆるトンカツである。値段も安い。私自身、普段は圧倒的にトンカツ派。そもそもビフカツを提供する店の絶対数が少ない。
神戸・湊川公園<赤ちゃん>で銭湯帰りにビフカツと瓶ビールをヤルことは人生のヨロコビの一つだが、かなり本格的な洋食店の暖簾を潜らねば中々ありつけない。
数年前のある5月の昼。北九州小倉駅前に行列が。何だろうと遠めから凝視すると、牛かつ専門店がオープン。その行列だった。当時、牛かつの専門店は珍しかった。
それから数日後の昼時。東京・新橋駅近くの歩道上にこれ見よがしに「牛かつ 000円」と写真入りでデカデカと表記されたA型看板が視界を覆った。ビルの地下に誘っている。
イザナミを追って冥界を行くイザナギの気分で地下を降りる。そこは広々としたバーだった。A型看板がなければ永遠に足を踏み入れることがなかったであろう究極の分かりにくさだ。
ランチは「牛かつランチ」一択。最大限ロスを無くした究極である。夜営業がメインで昼ランチ提供を検討しているお店は、絶対的自信に満ちた至高の逸品を一品だけで勝負することもビジネスモデルの一つといえる。
客層も洒落ている。さすが東京である。美人OLグループや爽やかなサラリーマンたちが店内を占拠。メニューを見るまでもないが、キャッシュインデリバリー方式。料理到着と同時に1000円支払うスタイル。ちなみにライス食べ放題である。冷奴と味噌汁が脇を固めている。
ユニークなのが、洋風ソースではなく「ピンクソルト」「甘口醤油」「わさび醤油」「塩ポン酢」である。このあたりが洋風な「ビフカツ」と和風な「牛かつ」の違いなのかもしれない。
ブツが運ばれてきた。……。思わずヒューと感嘆の吐息が漏れた。カラっと揚がった茶褐色の衣の中は、深紅の断面である。見事なレアである。揚げの技術はオリンピック級である。
まずは揚げたてをピンクソルトで試した後は、残りの3種類の調味料を試しながら牛かつを頬張る。柔らかい。レアなのに火が通り、肉汁が溢れる。御飯で追いかける。思わず目を細める。
トンカツではなく、ビフカツ。ビフカツではなく「牛かつ」。牛かつブームは静かに伝搬しそうだ。そう感じて全国を飛び回ると、小倉駅前にオープンした<京都 勝牛>を日本各地、主にエキナカで頻繁に見かけるように。発祥は京都のようだが京都と牛かつのイメージが合わない。
私は小倉駅前店内で食したことないが、テイクアウトして新幹線車内で熱々を満喫。かなりの満足度だった。ビフカツ、私はデミグラスソース一択である。

新橋の画像が残っていないので、小倉駅前で代用。