熱燗を呑み続けた。味噌汁で暖まった。かなりの塩分を摂取し、ノドが渇いた。暖房の効いた場所で熱燗を呑み続ける。その後に一気にあおる生ビールの爽快さは筆舌に尽くしがたい。
熱燗通しのシメ酒として、私は黒の生ビールを選択した。ゴキュゴキュ喉に放り込む。爽快な苦み、ほのかな甘みが私の涙腺を緩ませる。
最後のお通しは、洋酒系の自家製燻製である。ピーナッツの燻製が香ばしい。塩味の加減も絶妙だ。そして、イカである。単なるイカの燻製でなく、イカ墨を挟んだ上で、燻製しているのだ。イカスミ燻製の歯ごたえ、コク、磯の香り。恐ろしいまでに黒生ビールと合う。
生ビールが一杯ではとても足りないが、お客がひっきりなしに入れ替わる。満席で断念した常連も多い。というより、この店は常連が連れてこないと、まず分からないだろう。
重厚な木のカウンターは、受け皿からこぼれた酒、客の脂や汗、様々な情念で黒光りしている。歴史が染みこんでいる。
私は神戸から来たストレンジャーだが、数年ぶりとはいえ2回目。常連に連れてこられた隣の仙台サラリーマンが、「へぇ、こんな店があったのかぁ」とつぶやくのを耳にすると、思わず先輩風を吹かしそうになる。
カウンターの歴史を彩ってきた年配の常連客たちは、極めて渋く呑んでいる。最高の時間にとろけているのが、私にも伝わってくる。
店内は20人程度でほぼ満席と思われるが、みなさんかなりの酒好き。どんどん杯を重ねていく。酒が進むようなお通しの選択とタイミング、量。店の雰囲気。ただし、客が悪酔いせず騒がないような雰囲気を、お店と客が双方で作り上げている。極めて居心地の良さを感じさせる。
何も考えず、酒を呑み、1杯1品の極上お通しの世界を堪能する。次に何が出てくるか予測できない緊張感と楽しみ。杯を重ねないと辿りつけない到達点。店の実力の底が全く見えない。どこまでも深そうだ。杯をどんどん重ねていくと、ママさんも私を注目し始めたような妄想に酔い、幾分誇らしくなる。
1杯呑むごとに出てくるお通しの順番は、店が決める。隣の客の皿を観て、「あ、アレ旨そう。こっちも同じのをして」という野暮野郎は、この店の敷居を跨いではならない。
店の名前通り、出される酒と肴の一品一品が、壮大な「源氏物語」絵巻を繰り広げる。まさに雅とイキが絶妙のバランスで競い立つ夢の世界。常連客はおそらく、流行ってほしいが誰にも教えず、自分だけの隠れ家としてそっとしておきたいという複雑な気持ちも伝わってくる。
杜の都・仙台で、ひっそりと灯りをともす「ゲンジボタル」。毎日でも、私は通いたい。〔終〕
東朋治フェイスブック⇒http://www.facebook.com/#!/tomoharu.azuma