2025年11月27日

第3800夜:ダンジョン洋食【周南(山口)】

 <アラスカ>。徳山駅前商店街の地下迷宮で圧倒的人気と存在感を誇る洋食店である。

 汗ばむ陽気の3月中旬。正午前に徳山駅着後、普段とは逆の工場地帯である南口へ。その前に地元で人気のラーメン店があるとネット情報を得ていた。ところが、思いっきり定休日。ネットでは営業中のはずだが、やっぱり現地に足を運ばねば真実にたどり着けぬ。

 気を落とす間もなく北口へ。一直線に向かうは冒頭の<アラスカ>。周南の皆さまからのこの店の評判と人気っぷりを半年前から耳にしていた。今回が我が9カ月に及んだ周南ミッション最終回。この機会を逃すと永久にすれ違う。

 地下ダンジョンは3店舗が営業していた。そのうちの1店舗が<アラスカ>。外観から旨そうなハズレなしのオーラがだだ漏れ。店の前にイスが何客があり、女性2人組が並んでいる。

 並んでいる間にメニューを店員さんから受け取る。開くと、夢の世界が広がっていた。

 ミンチカツレツ、カニクリームコロッケ、ハンバーグ、サーロインステーキ、豚しょうが焼、エビフライ、チキンカツレツ…。特にカツカレーとカツスパゲティに惹かれるが、時間は正午。「アラスカ特製ランチ」を指名。

 この日はミッション終了後に帰神する。帰りの新幹線、または自宅晩酌の肴に「ロースカツサンド」をテイクアウト。

 メニューに見とれていたら店内へ誘導された。もっと外で読んでいたかったぐらいである。自宅本棚にある大傑作コミック『ダンジョン飯(全14巻)』を何となく読み返したくなった。

 カウンターに着座。ゆったりとしている。厨房がすべて一望できる。若い5人で切り盛り。客層は老若男女様々。

 スープが眼前に。熱いうちにどうぞと勧められる。昔懐かしいポタージュ。カップでなく大きな皿で味わったのはいつぶりか。

 ライスを従えてランチが降臨。目がハートに。鼻が膨らみ、口角は上がり、目尻は下がる。

 ランチ、圧巻である。ミンチカツ、ホタテフライ、エビサラダ、スモークサーモン、ロースハム、ベーコンエッグ、フルーツ。

 カウンター越しの若い店長さん(オーナーさん?)が私にライスを渡す際に「足りますか!?もっと足しましょうか!?」。

 店内でライス大盛を勧められている客など誰もいない。食べ盛りの若者や力士に等しい気遣いを賜ったアヅマ50歳、喜びと恥ずかしさを入り混じりつつ、苦笑しながら遠慮申し上げた。何故なら、2時間前に福山駅で朝ラーメンを腹に入れていたから。

 ナイフとフォークなどいつぶりか。ミンチカツから…。ナイフを入れると湯気が立つ。デミグラスソースを絡めて口に運ぶ…。熱い!目を剥いてハフハフした後、キレのある旨味が押し寄せてきた。すかさずエビサラダで口内を冷やす。

 スモークサーモンも圧巻。ワインか黒ビールが吞みたくなる。ホタテフライも軽くレモンを絞ってプリプリを満喫。昼からこんな贅沢をして良いのか。背徳感もスパイスに加わる。

 ベーコンエッグはライスに乗せ、黄身をつぶして皿に残ったデミグラスも絡めて一気にワシワシ。笑みがこぼれる。フレッシュ極まりないオレンジでフィニッシュ。

 食べ終わり、お会計と同じタイミングでカツサンドも出来上がった。出来立ても旨いが、寝かしてパンとカツとソースを馴染ませると旨さが倍加する。冷えても旨くなる。

 周南(徳山)へ次年度以降も足を運ぶ機会はあるだろうか。もし機会があれば、アラスカの定休日を避けて日程調整せねばなるまい。

IMG_0593.jpg

地下ダンジョンへの入口。

IMG_0594.jpg

圧倒的存在感。名店のオーラ半端なし。

IMG_0604.jpg

ランチのスープ。

IMG_0607.jpg

眩しすぎる最高ランチ。

IMG_0624.jpg

テイクアウト。

(付記@)

次年度(今年度)足を運ぶ機会が滅失。もっとアラスカしていればよかった。

(付記A)

つい最近、2026年2月に1日だけ徳山入りできる機会を頂戴した。アラスカできるか。

posted by machi at 11:23| Comment(0) | 山口県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年10月13日

第3772夜:すずめの立ち吞み【周南(山口)】

 PH通り。徳山駅前商店街エリアの中に雰囲気が抜群の人気スポットである。なぜPH通りなのかは何度か聞いたが何故か頭に入ってこない。ゆえに分からない。

 2月の夜。PH通りの<でんすけ>で男気溢れる周南市中心市街地活性化に従事する漢たちと懇親会。会場は3階の広い部屋を貸切。呑み放題である。

 ビールで乾杯。2024年夏から周南市と御縁が生まれ、これまで市の部長&課長と2回酒席を共にした。そして今回、私の強い希望でメンバー全員の懇親会が実現。感無量である。

 周南は刺身がとにかく旨い。鮮度無双。穴子の天ぷらはハズレなしのほっぺた落とし。お通しのポテサラも凝っている。

 呑み放題ゆえ、ハイボールをチェイサーに地酒(金冠黒松)を熱燗で。程なくしポットが運ばれてきた。誰か焼酎を頼んだのか。そのお湯割り用の湯か…。熱燗だった。

 豪快なポット入り。やかん酒よりも野趣あふれる。呑み放題、いちいちお銚子を運んでいたら確かに手間で面倒。見事な捌きと効率。店も客もハッピーな豪快さである。

 眼前のカセットコンロでグツグツしていた鍋のフタが開けられた。たっぷりのおでんだった。出汁がよく染みてそうだ。私ははんぺん、ウィンナー、玉子、厚揚をチョイス。ハフハフしながら熱燗を煽る。ハイボールで冷やす。熱と冷が織りなす無限ループである。

 味噌おでんも圧巻の迫力。おそらくスペアリブのような軟骨コリコリの部位。濃厚極まりない味わいに熱燗とハイボールのピッチが増す。周南のオトコたちのノリの良さ、気配り、店のサービスが酒と肴の旨さを倍加させる。

 私のさらなる強いリクエストでもう一軒。向かった先は市場のような小規模店舗が密集する中央街。入口からアーケード下に提灯がぶら下がり、煌々と灯っている。その先には立ち飲み屋<Suzume Stand>。もともと花屋だったという。

 一人の常連さん呑んでいた。私は当然初めてだが、私の同行氏6名全員とお知り合い。その方のワンマンショーが開宴した。

 オリジナリティ溢れるドリンク類も凝っていたが私はシンプルに一番搾りの小瓶。スタンドバーゆえツマミはシンプル。しかし、周南愛が溢れている(気がする)。

  • ●さんの和牛の牛すじの佃煮、××さんの福川のいわしの佃煮、おやつの△△さんのスパイシーチョコレートクッキー…。一通り注文する。

 店の中央には長方形の立派な木材テーブル。その周りに、まさにスズメのごとくチュンチュン囲む。スズメ(客)は自然と向き合うようになる。そして、会話が生まれる。店のコンセプトは直接お聞きしていないが、狙いがあるのならば見事。目からウロコである。

 店内にいくつかの写真がパネル展示されていた。昔の、今の街なか。周南市は「写真の街」でもあるそうな。その理由をお聞きしたが、それも忘れてしまった。物忘れ著しい50歳の冬である。

IMG_9395.jpg

一工夫が嬉しいポテサラ。

IMG_9396.jpg

周南の魚は瀬戸内屈指。

IMG_9399.jpg

豪快な熱燗。

IMG_9400.jpg

たまらない惹き。

IMG_9401.jpg

穴子のシアワセ。

IMG_9404.jpg

名物らしい味噌スペアリブ(だったかな?)

IMG_9405.jpg

街なか活性化を統べる漢たち。

IMG_9407.jpg

シブい中央街へ。

IMG_9408.jpg

立ち吞みスタンド。

IMG_9421.jpg

宿り木。

posted by machi at 09:23| Comment(0) | 山口県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年09月03日

第3747夜:30年【周南(山口)】

 2025年1月17日。阪神・淡路大震災から30年を迎えた日である。神戸新長田時代、1月17日は1年で1番長い日だった。商店街の各所で追悼行事やイベントが開催されていたから。

 前日から会社に泊まり込み、1発目は朝5時46分の行事。2発目は正午の黙祷系。そして最後は夕方5時46分。最初の頃はどこも朝5時46分だったが、12時間後の夕方に移行する商店街が増えた記憶がある。

 私も肉体的にラクなので何も考えていなかったが、改めて振り返ると同じ5時46分でも12時間もズレればあまり関係なかったようにも思う。まあ、追悼の気持ちがあれば問題ない。

 2010年4月に新長田を離れ、阪神大震災の追悼行事ともすっかり縁が無くなった。以降、1月17日を神戸で過ごした記憶がない。常に出張先でこの日を迎えていた。

 そして、30年目の節目の日。私は山口県周南市に居た。徳山駅前には1oも震災の香りが感じられない。周南市は日本屈指の工業地帯。つまり、異様に地震に強い街でもある。

 不動産事業者様を訪問してヒアリングし、市や会議所の皆さま方と会議や合間の雑談。阪神大震災が鮮明なのは会議メンバー8人中、私を含め50歳以上のオヤジ3名。後の3人は震災当時未就学児か小学生。後の2人は生まれてもいない。

 ミッション終了後、どこかで呑んで帰ろうかと思ったがまだ15時半。駅構内のカフェでPC猿打し、17時過ぎの新幹線に乗り込む。

 缶ビールロング缶をゴキュゴキュしつつ総菜パン。近隣の岩国市のカップ酒をヤリながら塩おかき。九州が舞台の古本屋で50円で入手した『クッキングパパ』廉価版を読みながら。いつのまにか夕方の5時46分も経過していた。

 新神戸着後、どこにも立ち寄らず震災の被害はほぼ皆無だったと思しき私の自宅がある妙法寺駅へ直行。風呂に入り、発泡酒を冷蔵庫から取り出してTVを付ける。震災特番ばかりだった。30年の節目ゆえ、震災関連番組が凄まじかった。そのほぼすべてを録画していた。

 とりあえず適当に録画の中から1番組を選んで観た。そして、20番組ほどの震災特番録画を観ることなくすべて消去してしまった。冷静に観られなかった。心拍数が上がり、思考が空白になる。1995年から2009年まで阪神大震災が私のすべてだった。しかし2010年以降、こんな私でも震災の呪縛から離れ前を向いてきたつもりである。

 神戸市長田区の市場(漬物屋)に生まれ、店舗兼住宅の新長田の市場の店から徒歩または自転車県内の小・中・高校を卒業。一浪して大学へ。1995年1月16日まではどこにでもいる平々凡々な野郎だった。その翌日から人生が一変。アップダウン激しい波乱万丈な30年だった。

 もし阪神・淡路大震災が無ければまちづくりを生業にしておらず、周南にも行っていなかった。次の節目は50年か。もし私が存命なら70歳。存命なら、どこで過ごしているだろうか。

IMG_8422.jpg

IMG_8424.jpg

(付記)

この日、震災番組を全消去した後、録画していた『Aメトーーク!』を観る。2024年に日本一になったY浜ベイスターズ芸人特集だった。ベイスターズ、26年ぶりの優勝だったらしい。震災から30年、優勝から遠ざかった26年。同じ時間軸と思えぬ時空の歪みに変な気分にさせられた。

posted by machi at 11:35| Comment(0) | 山口県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする