2023年02月01日

第3098夜:お好み焼と焼肉【新長田(神戸)】

 お好み焼。神戸新長田のソウルフードであり、世界一の面積当たりお好み焼き店密集地でもある(はず)。

 ある秋の午後。北九州小倉から新神戸まで新幹線で2時間。新神戸から新長田まで地下鉄で15分弱。2号線を渡りって<さんぺい>というお好み焼き屋へ。六間道商店街のM井氏が幹事の緊急呑み会に参戦。

 当日にワクチンを打ったという近畿タコシーM崎社長も参戦。名目は欧州米国2週間出張から帰国されたIT盟友・M好氏の報告会である。

 この店、存在は知っていたが私はたぶん初めて。店に入ってビールを頼もうとしたら「アンタ、〇〇のところの子やろ」と親子と思しき女性店主2人から混みあって忙しそうなのにステレオで私を糾弾。40年前と私は全然変わっていないそうな。久々な下町の圧力にタジタジする。

 メニューにない料理も注文。鉄板お好み焼だから可能な技。目玉焼、各種海鮮炒め、ホルモン野菜、そして、ねぎすじ焼。生から始まり、チューハイ、ハイボールをド鯨飲。

 2軒目は丸互市場<今井やん>で黒糖焼酎。準備中の札が掛かっているのに開けて店に入るのも新長田スタイルといえる。

 瓶ビールで始め、ツマミはベビーハムを焼いてもらう。そして、明石産の蛸のネギまみれポン酢。M崎社長と居ると無性に蛸が喰いたくなる。ガンガン鯨飲。M好氏の冒険記、成田をテイクオフしてから進まない。私たちが脱線ばかりするからである。

 23時半ごろお開き。よく呑んだ。タクシー会社の社長なのに自社のタクシーを意地でも呼ばない、使わないM崎社長を別会社のタクシーに乗せて、社長の家を経由して自宅へ戻る。

 その日の昼は北九州枝光のタクシー会社社長たちとジ・アウトレット正面の蕎麦屋で昼食、夜は神戸長田のタクシー会社の社長たちと呑み会。不思議な御縁である。

 神戸の友達が限りなく少なくなってきた私だが、新長田時代の盟友たちと呑んでいると20年前にタイムスリップする。まさか、この夜は40年前にさかのぼるとは思いもしなかったけど。

 それから約1か月後の夜、再び新長田へ。4年連続となった高校後輩・N星一家との会食である。いつの間にか、家族ぐるみの付き合いに。

 長男のHナタくんは高校1年になり、身長は190pに近い。長女のAヤコちゃんは小63カ月後に受験。すっかり大きくなっている。年に1度しか会わぬから、成長ぶりが伝わる。親戚のおじさん気分である。

 駅北の焼肉店<のぎく>へ。最近の新長田焼肉事情は分からないが、一番流行っているのではないか。相変わらず分かりにくい場所で入りにくいことこの上無しなのに店内超満員。90分制でひっきりなしに予約客で入れ替わる。我らは18時に入ったが、すでに我らの一画を除き満席。

 子供たちは辛口が好きという。よって肉多めの大皿の辛口。キムチ盛合せにナムル2種盛も。大人はビールで、子供はコーラで乾杯。ガンガン焼き、ガンガン喰う。

 生センマイ、皆さん初めてらしく、Aヤコちゃんも美味しいと喜んでいるので追加。将来は酒呑みになるだろう。Hナタくんは長身だが痩せている。しかし食欲旺盛。ライス大盛を3杯お代わり。頼もしい限りだ。

 私は2杯目からハイボール。大皿も無くなり、牛タン2人前や甘口の中皿の肉多め、クッパなどをガンガン。時間は気づけば90分を過ぎていた。他の客が待っているだろうからお会計。

 私にとっての新長田は、お好み焼と焼肉。しかし、新長田と縁が無くなり十数年。今の新長田と言えば何だろう。いつまでもお好み焼と焼肉であってほしい、元新長田っ子の願望である。

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大人気店。

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私はお好み焼屋で呑むときは目玉焼きから。

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これぞ長田焼。

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新長田時代の盟友たちと。

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丸互市場のカクレガ。

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ゴキゲンな感じ。

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予約必至の超絶人気店。

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大皿辛口肉多め。

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センマイ刺、好き。

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これで4年連続。いつの間にか家族ぐるみのお付き合い。

posted by machi at 07:37| Comment(0) | 兵庫県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月23日

第3070夜:頼もしき後輩ハッカー【新長田(神戸)】

 ハッカー。犯罪イメージが強い21世紀の知能犯である。しかし、悪だけでなく、善のハッカーも存在する。私にとっては高校の後輩であり、大阪市内のIT系会社で部長という重責を担っているN干氏である。

 私は体型だけでなく脳みそも先史時代なアナログオヤジ。上司も部下も同僚もいない自宅事務所な自称コンサル。要するに、ほぼ無職。IT系に関することはほぼすべて分からぬ。相談できる人など職場いるはずもなし。

 パソコンやスマホを買い替えて再設定する時、意味不明の操作やボタンを押して取り返しがつかなくなった時は、バッドマンに助けを求めるゴッサム市警察署のごとく、メッセンジャー(私はLINEを使えないので)で煮B氏にSOS。すると氏は一両日中に駆けつけてくれる。

 栃木出張中の晩夏、急にスマホでアウトルックメールが受信できなくなった。

 パソコンとアドレスは共通で、パソコンはビンビンに受信できる。よってサーバーの問題でなく、スマホの設定だろう。余計な操作をしたか押してはならぬところをタップしてしまったのか(サーバーの問題、という表現に自身の知的感がにじみ出ている)。

 いちいちパソコンを立ち上げてWi-Fiにつなぐかテザリングでメールを確認するが、異様に面倒くさい。しかし、私には設定の恢復ができない。

 そのまま放置しつつ、翌日から4日間は出張なく、自宅事務所の隣駅である板宿のファストフードチェーンをコワーキングハシゴしていると、不便さに我慢できなくなった。N干氏にSOS。彼から早速返信があり、翌日には駆けつけてくれるという。

 翌日の午後。彼は見事に恢復させた。アウトルックメールのパスワードを聞かれ、全く知らなかったのに、彼は見事なハッカーぶりで解読。凄すぎる。

 年に1回ペースでパソコンやスマホの不具合で彼を呼び出している。そして、お礼として煮干一家を食事会(呑み屋ですが)に招待する。

 高校の同級生と結婚した彼には子供が二人、年に1度逢った際に成長を感じる。女房も子供もいない私には眩しい。特に長男、いろんな意味で成長著しく、高1で身長が190pほどもある。

 どうしても寿司が喰いたくて煮干氏へお礼を兼ね神戸新長田の愛してやまぬ<寿し天>。

 ビールと熱燗鯨飲。鱧湯引き、鰯きずし、社長巻(穴胡)、刺盛、赤出汁、うざく、烏賊下足炙り、握り…。至福。

 店を出ると真隣は我がソウルフードなお好み焼<みずはら>。目玉焼とビールから始め、ネギスジ焼でフィニッシュ。モノゴコロつく前からこの味に親しんでいる。最高である。

 寿司、お好み焼き。目の前で調理し、出来立てを味わう至福。IT時代でもアナログの魅力は健在である。 

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寿し天@

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寿し天A

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寿し天B

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寿し天G

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みずはら@

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みずはらA:後輩ハッカー
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2022年01月05日

第2844夜:追伸 鉄板こなもんの街から【新長田(神戸)】

 鉄板こなもんの街。特に定義もないが、神戸・新長田のことである(はずである)。

 拙宅にお泊り頂いた栃木県鹿沼市の盟友・Ⅿ越氏を10月上旬の日曜、新長田をご案内。

 まずは鉄人が屹立する若松公園へ。M越氏が中心となってJR鹿沼駅前にシウマイ像を設置したばかりだが、大きさは何倍あるだろうか。少なくとも製作費は200倍ほど違うだろう。

 新長田の商店街が開けだすのが10時ごろ。自転車も多いが通行客も多い。ただし通行客か通行人なのか微妙なところだが。

 新長田南地区の地下街は、食品スーパーが5軒は並んでいる。地上も含めたら凄まじいほどの激戦区。マンションなど、私が勤めていた初期の頃は分譲マンションなど4割は売れ残っていたが、今や買値の何割か増しで売却できるという。

 新長田1番街から国道2号線を渡って大正筋方面へ。地下道を通る。思わず目を剥いた。私が居たころは殺風景だったが、すっかりリニューアルして垢ぬけている。

 震災の復興の歩みを紹介したコーナーも大充実。長田区民には感心ないだろうが、栃木県鹿沼市からお越しのM越氏をご案内するには絶妙抜群のスポットといえる。

 新長田南地区商店街における再開発商業ビル第1号。アスタくにづか1番館1階の<ホルス>で食パン捕獲成功。ここの食パンは我がソウルフードの一つ。

 震災前の私の実家の裏口からホルスの裏口は徒歩3歩程度だった。いつも流行っている。食パンは予約せねば買えぬ時も。ラッキーにも捕獲できたのでM越氏のお土産に。

 大正筋を南下し、六間道へ。三国志の香りが残っている。懐かしい。

 六間道5丁目を超えると、4丁目がアーケードの解体工事の真っ最中。この4丁目で数え切れないほどイベントを実施してきた。雨や日差しから守ってくれた。

 4丁目には我が盟友・M井氏の呉服店(冨士屋)が。店内で氏はスマホいじっていた。鹿沼シウマイPJはご存じなかったが、私の鹿沼での串カツジューソーPJには関心を示された。

 丸五市場へ。入口の<富山商店>で私が銀河一好きな白菜キムチを買い込んでから、それから市場内の<西村鶏肉店>で焼鳥、手羽先、そして丸五市場オリジナルTシャツを購入。
 
 東端の本町筋へ。ここは震災前から変わらぬ。新長田全般で飲食店、それもベトナム料理店が凄まじく増加。私が居た10年以上前は無かった店舗が目白押し。空き店舗もなさそうだ。

 私が消え、ますます新長田は良くなっているのだろう。応分の責任を抱えていた私自身が活性化の足を引っ張っていたことをこってりと痛感させられる。

 大正筋に戻る。お仕えした新長田時代の親分の一人<味萬>伊T氏にご挨拶。70を超えても元気たっぷり。新商品開発など新展開にも余念がない。まちづくりに対する荒ぶる熱き想いと魂も健在どころか、ますます煮えたぎっていた。

 濃厚極まりない抹茶アイスと香ばしくてさっぱりで食感もよく世界でここでしか味わえない「玄米茶アイス」をご馳走になる。M越氏はご自宅のアイスクリームセットを発注された。

 時間は11時を回った。新長田といえば、鉄板こなもん「お好み焼き」。中でも私が物心つく前から通っている<みずはら>へ。4人定員である。

 M越氏に謎の液体「アップル」をご賞味いただく。兵庫県内も10月1日から時間制限あれど酒類解禁。いつぶりか覚えていないほど久しぶりに神戸市内で瓶ビールを頂く。缶よりも、生や瓶。しかも、午前中。喉を刺激し、五臓六腑に染み渡る。

 ねぎすじ焼、月見肉焼、モダン焼という私がこの店で注文する3大スターを二人でシェア。マスター夫妻とも久しぶりに話す。

 時間は正午前。M越氏は元町三宮界隈を少し散策されてから栃木・鹿沼へ還られる。ちなみに<みずはら>にはこれまで栃木県民の来店はなく、マスターは栃木県民とリアルで初めてあったそうだ。創業90年近い老舗である。

 鉄板こなもんの街・新長田からシウマイの街・鹿沼へ。20年前の私は鉄板こなもんの街づくりを進めるべく馬車馬していた。これからは、鹿沼のシウマイの街づくりを微力ながら影日向から応援していきたい。いつか、鹿沼と新長田の橋渡しができればステキである。

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六間道にて新長田時代の盟友と。

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このお店のキムチ、アタシは一番好き。

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丸五市場にて。

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大正筋の新長田時代の我がボスのお店にて。

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アタシのソウルフード。
posted by machi at 08:58| Comment(0) | 兵庫県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする