花火。ベランダや玄関先でコソコソ楽しむ手持ち花火は30年以上、夏の花火大会も20年以上体感していない。花火プロジェクションマッピングは東武鉄道武里駅前で体験したか。
イベント的なモノも無くひたすら夜はアニメばかり見ていた令和7年の夏。数カ月ぶりに三宮で呑むことに。向かった先は割烹<亀遊>。店内はほぼ満席。予約しておいて正解だった。
生ビールが一瞬に瞬殺。手の込んだ先付三寸をツマミに生をお替り。日本酒に移りたいがノドの渇きが収まらぬ。ハイボール濃い目を数杯ヤる。
鱧の湯引きが登場。これほどの純白はめったに目にできない。眩しい。淡泊の奥に潜む地味に目を細める。夏の清楚なワンピースを連想させる。ホースの打ち水が似合う雰囲気だ。
私がこの店で絶対に注文するのが、自家製のカラスミ。ねっちりと分厚く、塩加減が酒のピッチを音速にする。付け合わせの生大根が最優秀助演女優賞である。
メニューを見ると、土瓶蒸しがあった。もうそんな季節か。秋を先取りしたいが、8月中旬ゆえ先取りにも程がある。旬を幾分過ぎたかもしれないアスパラの天麩羅を注文する。瑞々しく体が浄化されていく。
メニューボードで存在感を放っていたが注文したことがなかった神戸牛のたたきを注文してみる。私は51歳で(令和7年8月現在)、うち神戸市民で無かったのは5年ほどだが(札幌・福山)、神戸牛など10年に1度も口にすることはない。新神戸駅弁や格安ランチステーキで経験はあるが、神戸牛の定義が分からなくなる。
日本酒に切り替えたあたりで、神戸牛が降臨。目を剥いた。口が半開きに。感嘆の呻きが漏れた。大輪の花火が眼前に広がっている。深紅の断面が夜空の烈火。どんな夜空の打ち上げ花火より、室内のテーブルに広がる神戸牛の大輪に私の心は鷲掴みされた。
まずは1切…。すべての品種や産地を超越した、牛肉である。あっさりと上品なのにどこまでも奥深い。柔らかく蕩けつつも噛み応えがある。
神戸牛のたたき、降臨するまでは5切れほどかと思っていた。線香花火どころか、私のようなオッサンのキレの悪い残尿程度かと。とんでもなかった。超弩級の勢いである。何切れあるのか数え切れない。食べても減らない究極の贅沢だった。
3時間ほど堪能して東門街へ。同じく久々に<マリン>へ。駄菓子をツマミながらハイボールを鯨飲。会計したあたりまで覚えているが、そこで記憶が飛んだ。目覚めれば、タクシーで自宅の最寄り駅。運転手さんに言われるまでどこかも分かっていなかった。
翌朝、寝室でなく居間で寝ていた。久々の二日酔いである。2軒目のスナックを出た後、タクシーに乗る前に行きつけのバーに行ったようである。財布から明細が出てきた。私のバカ頭もおめでたい大輪状態だったようである。
この数年の超絶お気に入り割烹。
先付三寸。
鱧。
自家製からすみ。
アスパラ天ぷら。
咲き乱れる神戸牛。

