ホーム。家、故郷、本拠地と訳語は様々なれど、私にとっては25年以上通っているスナックを指す。屋号は<Home>。ある意味、私にとっては掛け値なしに‘ホーム’でもある。
2000年に初めてこの店でボトルを入れてから26年目の秋。ホームのママから年内(2025年)に店を閉めるから顔出してねというメッセージが届いた。
ママは漂泊の女である。私が最初にこの店に入った時は新長田駅前だった。それから三宮に移転した。三宮においても確か店舗移転したのではなかったか。そしてコロナによる緊急事態宣言発令の直前に店を畳んだ。
それから確か新長田で店を再開し、再度閉店。そして、何度目か分からぬ復活だった。ママとは四半世紀以上の付き合いだったが、ママと私はお互いのメールアドレスどころか携帯電話の番号すら知らなかった。移転や復活開店のたびに、ママの長年片腕でスナック業界を退いたEミママを通じて知らされていた。そういえばEミママとも10年近く会っていない。
何度目か分からぬ新長田の水笠公園隣のスナックビルで再開した際、私の掛け値なしに数少ない大学の友人と訪ねた。ボトルには「アヅマ カワハラ」と記した。そのK原氏を誘った。
氏は北海道出身で日本最大の重工業会社勤務のエリート。職場が兵庫県内の工場で、兵庫県の奥さんを娶り、神戸で子育てし、神戸で家を建てた。彼の結婚披露宴会場は私の自宅から歩けないこともない場所だった。そんなK原氏とは1〜2年に1度鯨飲する。
氏とは私が1999年から通っている居酒屋(Aみさき)で呑んだ後、<ホーム>に流れるのが通例だったが、1年ほど前にAみさきへ行こうとしたら店が無くなっていた。不動産会社になっていた。そういえばAみさきのマスターもママも私の携帯番号など知らなかったはずだ。
1軒目は通い始めて25年になる新長田タンク筋<寿し天>。黒ラベルの瓶をヤリながら鯵たたき、鱈白子焼、お兄ちゃんの玉子焼、社長巻(穴きゅうのシャリ抜き)、きずし(〆鯖)、とり貝酢味噌、烏賊下足焼を満喫。途中から熱燗鯨飲モードに。
烏賊、帆立、赤身、中とろ、焼穴子を1貫づつ握ってもらい、赤出汁でフィニッシュ。私の左隣(K原氏)も満足したようで、今度家族と来る旨をマスターらと相談していた。
そのまま新長田駅の高架下を越えて、私と彼の<ホーム>へ。普段ママは店にあまりいないが、この日の朝、ママに訪れる旨をメッセージしておいたので待機していた。
ママはビール、私とK原氏は二人で入れたバーボンボトルで乾杯。ママは柿を剥いてくれた。いろいろ話し込む。ママは超絶に元気で賑やかだが、本格引退の決意は固そうだ。
これで、私が神戸市内でボトルをキープしている店が三ノ宮で1軒だけになった。現時点のチーママを務めるAキ嬢に今後どうするのか尋ねたら、自身がママとなって店を持つ計画が進んでいるらしい。
嬉しいニュースである。詳細が決まったら教えてねと伝える。Aキ嬢が店を開いたら、ママが再び刺激されて何度目か分からぬ転生を果たすかもしれない。
鯵たたきでスタート。
社長巻。
きずし。
塩レモンで。
赤身と中とろ。
赤だし。
おそらく4度目のサヨウナラ。
(付記)
それから約5カ月後、ママから新長田駅前の鳩ビルでオープンしたからよろしくというLINEが届いた。

