2022年12月02日

第3053夜:鰻と本のシアワセな午後【多治見(岐阜)】(その5)

 大満足で店を出る。店内で30分しかいなかったが、路面が濡れていた。この間にひと雨あったようだ。打ち水のような湿りを帯びた涼風が顔に当たった。

 ヒラクビルへ。鰻の後の、ひらく本屋での今年最後の1冊購入。レジで「グラテマラ」をホットで注文し、出来上がる間に隣の本屋へ。せっかくなので読んだことのない作家の本を選びたい。

 2回目の椎名先生を除き、1回目の町田先生(コンビニ兄弟)、3回目の深緑先生(ベルリンは晴れているか)、ともに初読だった女性作家。どちらも大当たり。素晴らしい読書体験だった。最後も未読の女性作家の本を読んでみたい。

 鰻の街・多治見での鰻昼メシの後に掛け値なしに最強最高に相応しいタイトルの1冊を見つけ出した。『うなぎ女子』(加藤元 光文社文庫)。男性のような名前だが、女性作家だった。

 タイトルからは、全く内容の想像がつかぬ。流行りのグルメ系小説か。

 裏表紙のあらすじを目にする。ある鰻屋を舞台にした、1人の男性と5人の女性が織りなす連作短編集らしい。レジで購入。喫茶コーナーに戻ると、ちょうど珈琲ができていた。

 鰻の後のホット珈琲は格別。香り高き逸品に舌と鼻孔を震わせながら、全5作の第1話を読む。タイトルは「肝焼き」。

 着物リサイクルショップを創業した中年女性と、そのヒモである甲斐性なきダメ中年(売れない役者)が登場。女性目線で描かれ、ヒモと別れられないグズグズした生活に見切りを付けるべく、最後に二人で訪れた鰻屋。鰻と酒をヤリつつ交わされる会話と回想。

 それほど鰻は重要なアイテムでもない。タイトルの「肝焼き」の意味も最初分からぬが、最後の最後で、はっきりと描かれないが「肝焼き」というタイトルの妙味が味わえる気がした。

 実在の老舗鰻屋のオヤジが帯に陽気な推薦甚句を寄せている。「うな重片手に、この1冊!」。

 物理的にも小説の毛色からしても、このキャッチにはかなり無理がある。単なる鰻好きの女子が鰻屋で喰いまくる話ではない。しかし、ある意味で斬新極まりないキャッチと言える。

 それから約20日後。この作品に相応しい舞台で続きを読むことにした。鰻屋である。ただし、多治見ではなく大宮。それも私が愛してやまない鰻居酒屋(うな鐵)で。

 うな重片手にこの本を読むなどはとても試せないし、試そうとも思わない。しかし、骨せんべいや鰻串焼を肴にビールや日本酒ならイケそうだ。

 第1話で登場したヒモのクズを巡る5人の女性の物語。そして、第3話あたりからクズの印象が変わる。最終話はなかなかに震えた。

 「うなぎは胃袋を満たすのではなく、心を満たすために食べる、大人の心の隙間をいっぱいにしてくれるご馳走」(原文をアヅマ略)。

 至言である。〔終〕

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2022年12月01日

第3052夜:鰻と本のシアワセな午後【多治見(岐阜)】(その4)

■8月△日 <うな千>+『うなぎ女子』

 豪雨で多治見入りが遅れたため鰻屋のランチ時間に間に合わなかった3日目を除けば、他は鰻でコンプリート。全5回の最終回も鰻で決めたい。

 風雲児が急用で不可になり、風雲児側近・M井氏が鰻昼飯に付き合って頂けることに。13時半ごろ、氏の運転でお店へ向かう。しかし、店はどこも閉まっている。時間は13時35分。たった5分の差が、永遠に等しい重みを持っていた。

 諦めかけた頃、多治見最強最高の人気鰻屋<うな千>から香しい煙が立ち上っていた。時間は13時40分過ぎ。氏は凄い勢いで車を停車させ、私に車内で待つように伝えた後、アクションスターばりの下車と小走りで店内へ。

 1時間にも感じられた10秒後、氏は笑みを隠し切れない素敵な表情を浮かべ、両腕で丸を描いた。私も破顔一笑。慌ただしく降りて店内へ。しかも、待たずに入れたなど初めてでないか。

 営業時間を見ると、昼のラストオーダーが13時45分。2,3分の差で死地から抜け出した。店内はほぼ満席。多治見の方々の鰻愛に脱帽である。

 メニューを一応見る。特上の鰻丼のご飯大盛に(+150円)に、吸物を肝吸いにランクアップ(+60円)。特上は7切れである。

 熱いお茶を呑みつつ氏と幸運を祝っていると、王の降臨。エロティズム漂う褐色の照り。肝吸い、生野菜、香の物、珈琲ゼリーを従えている。山椒パラり。まずは肝吸い…。

 諦めていた今年度最後の多治見鰻に出会えた奇跡に感謝。鰻を齧る。上品と野生、清楚と淫靡。パリッとした食感後、すかさず追いかけるジューシーさ。剛にして柔。そして、ご飯、これでもかというほどのギッチギチ。プラス150円の量を凌駕している。

 大切にチビチビ味わうのではなく、豪快に喰らう。丼の角度は90度近い。半分以上食べ終えたら、さらに下から2枚出てきた。卓上のタレを廻しかける。漬物でリフレッシュ。

 肝吸いの肝、この貴重な一片をどのタイミングで口にするかは、ラーメンにおける1枚の焼豚問題に匹敵する人類に課せられた難題。

 ラーメンの場合、私ごときにその難問は解けぬゆえ、チャーシューメンという選択肢にすがってきた。逃げていたのかもしれない。しかし、鰻肝にその選択肢はない。許されない。

 鰻丼を3分の2、肝吸い3分の2を喰い終えたあたりに口へ運んだ。何の個性もないタイミング。我が小物ぶりにうなだれる。イのイチバンに肝吸の肝から攻める蛮勇は、私にはない。

 夏バテからとっくに回復していたが、今度はチャージしたエネルギーが余って体内で漏電寸前。珈琲ゼリー、自分で金を払って食べたことすらないが、鰻の後に妙に合う。〔次夜最終〕

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奇跡。
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2022年11月30日

第3051夜:鰻と本のシアワセな午後【多治見(岐阜)】(その3)

 多治見鰻昼メシ後のブックCaféセレクト。この日は『おれたちを齧るな!わしらは怪しい雑魚釣り隊』(椎名誠 小学館)。何もこの素敵な本屋で買わなくてもと思わぬでもない一冊。

 買ってから数日後に人身事故で電車が全く動かなくなった車内で斜め読み。きっちり読んでいない。5秒ごとにページをめくったが。それで十分。

 椎名先生には20歳の頃にハマり、30年近く読んできた。一番作品を読んだ作家だろうし、私の人生観に多大な影響を与えて下さった大先生。この作品はシリーズ第7弾でまだ続くようだが、この作品で私は完全に卒業。80年代の名作旅エッセイは読み直すかもしれないけれど。

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■7月×日(火) 涙雨

 豪雨のため多治見到着が1時間遅れの14時着。多治見の鰻屋の昼営業はほとんどが13時30分がラストオーダー。ゆえに鰻へ辿り着けず、ヒラクビル正面の食堂で味噌ラーメン&ライス。

 旨かったが、何故か本を購入する気勢を削がれた。ルーティンが生み出すリズムは大切である。

■8月〇日(火) <Y月>+『ベルリンは晴れているか』

 13時前に多治見着。O口氏と合流。向かった先は雀荘、インド料理、スナックなどが軒を連ねるカオスなパティオ建物の一角。

 最初、全然入口が分からなかった。イチゲンはめちゃくちゃ入りにくい。鰻だけでなく日本料理(懐石?)もウリのようである。

 「時価」というおっかない二文字に恐れおののきながらメニュー確認。一番ノーマルなうなぎ丼が3200円。うな重が4350円。特上うな重にしてやろうかと値段を見たらまさかの8400円。

 ビビッてしまい、4900円の特上うな丼に。肝吸い&御飯大盛りにブラッシュアップ。

 ブツ降臨。鰻、デカい。パリパリでジューシーで食べ応え抜群。肝吸いは肝も大きく、出汁が絶妙。この日の多治見は39度が最高気温。暑い8月を乗り切るには、鰻である。

 鰻のお新香はその店によってさまざま。私は鰻に関しては奈良漬けが好適。この店は奈良漬けだった。わかっていらっしゃる。

 特上うな重と特上うな丼の3500円の違いが気になるも、何となく聞ける雰囲気でもなく退散。

 多治見鰻からの一冊。この日選んだのは『ベルリンは晴れているか』(深緑野分 ちくま文庫)。初めて読む作家先生に普段あまり手が伸びぬが、ヒラク本屋の魔法である。

 第2次大戦中および終戦直後のドイツを舞台にした骨太な歴史ミステリ。小説3冊以上分の密度。年に1冊出会えるかどうかの大傑作。こんなすごい小説を日本人作家が書いていることの衝撃。

 17歳の少女が主人公で、一人称による終戦直後を描いた本編と、ナチスが勃興し始めて終戦までを描いた三人称視点による幕間で構成。

 途中、悲惨すぎて顔をしかめる描写ばかりだけど、ページをめくる手が止まらないヒラクビルに来なければ手にすることなかったであろう一冊。一生ものの読書経験だった。〔次夜その4〕

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posted by machi at 09:03| Comment(0) | 岐阜県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする