延岡藩。城下町の殿様が治めていた領地は7万石という。その石高を屋号にした居酒屋が< 七万石>。延岡愛が濃密に詰まってそうな郷土料理がウリっぽいお店である。
延岡4回目の夜の1軒目がこの<七万石>。延岡(宮崎)名物をウリにしても、延岡市民の支持が熱い店を毎回チョイスして下さるのが実に心強い。毎回異なる店である。
この夜は岡山表町商店街Y部常務をメインゲストに、山下新天街のK梠理事長&A部理事、末席の私。そして延岡市商店街を統べる延岡市商連のT井会長&Y田事務局長もご参戦。
お二人はY部氏と旧知の仲。Y部氏の延岡入りを歓迎すべく駆けつけて下さったようだ。全国どこに行っても歓迎されることなどほぼ皆無の外様な私には眩しい光景である。
この日、10月中旬なのに日中は30度を超えていた。日が沈むと幾分涼しいが半袖で充分。生ビールがスポンジのように吸い込まれていく。
テーブルの上にはすでに手巻鮨が10ヶほど寿司桶に盛られていた。手羽元、酢豚、エビチリ…。コース料理のようでガンガン大量に運ばれてくる。旨い。旨いけど、延岡七万石城下町の風情をあまり感じない。
大皿に地鶏の炭火焼が盛られてきた。ぐっと郷土感が増してきた。鯖の姿造りが降臨した。七万石が満開に咲き乱れた。
T井公オススメの「木挽」をひたすらソーダ割で鯨飲。途中ハイボールを挟みながら談笑。トイレに行くと延岡(宮崎)方言紹介手拭いが飾られていた。9割以上が推測すらできぬ。
全国津々浦々、商売人は私のような外様と地元住民同士で方言を使い分けることができる。外様には標準語というか聞き取りやすく、身内にはゴリゴリの地元弁で。
延岡の夜、1軒目が居酒屋で2軒目がスナックというコースが確立されている。この夜はT井公イキツケのスナック<華>。私(51歳)と同年代っぽい明るいママがナウくてステキ。
入った時は客はゼロ。ゆえにカウンターに6人並んだが、ものの数分でボックスも残りのカウンター席もあっという間に満席に。恐るべき延岡の夜のポテンシャルである。
この夜、私は「ナウい」曲が聴きたかった。そんな私の意向が伝わったのか40〜50代のオヤジ6人はアイドルシバリの選曲に。そうなれば、80年代ポップスになる。
キョンキョン、聖子、明菜…。懐かしい。私は1990年代後半からさっぱり流行りの歌についていけなくなった。コロナからアニメにハマり、その主題歌などには多少詳しくなったものの、歌手名も曲名も全く覚えられない。ソロデビューするアイドルなど令和にいるのか。
私にマイクが回ってきた。アイドルだったかどうか分からぬが「サヨナラは別れの言葉じゃなくて〜♪」。延岡の夜に機関銃をぶっ放した。着ていたのはセーラー服でなく、XXLサイズの無地ポロシャツと作業ズボンだったけど。
城下町の七万石。
大皿が頼もしい。
エビチリ大好き。
地鶏炭火焼に延岡の香り。
嬉しい手巻寿司。
全くわからない。
日向灘の鯖?
2軒目へ。
80年代シバリ。

