2026年05月04日

第3914夜:福山駅「二代目あなごあいのせ重」「元祖珍辨たこめし」【駅弁】

 「浜吉」様。三原が本社の備後最大最強の駅弁調整元である。明治23年創業という。

 ある9月下旬の午後。福山駅改札外の土産物売場で福山駅弁を2ヶ購入。1年ほど前に福山で駅弁を買って喰った経験はあるが、広島市が拠点の他の調整元だった。駅弁は可能な限りご当地で、ご当地の調整元とハグしたい。

 この日は井原ミッションを終え、飲み食いせず福山戻りが早ければ20時半、遅ければ22時。呑み屋街はホテルと逆方向で、ホテル途中の居酒屋では7カ月前に同様のルートで22時から30分独り飲みを経験済。

 この日は街歩きでたっぷり汗をかく。ホテルのシャワーでサッパリし、部屋でのんびり福山駅弁をツマミに福山の、広島の地酒を居酒屋気分で楽しむことができる。地酒はすでに駅前スーパーで捕獲済である。

 井原で実質2時間半ウロウロ歩き、宿に戻れたのは21時過ぎ。地酒は部屋の冷蔵庫に冷やしているが冷たい缶類がない。宿に戻る途中のコンビニで抜け目なく仕入れる。

 ユニットバスに湯を張って凝りを解し、ホテルの無料サービス朝刊を広げながら発泡酒ロング缶をカシュッ。駅弁を「使う」前に、オードブルとして井原町商店街にプレオープンした駄菓子屋<トモキチ>で仕入れた駄菓子をツマミにスタート。ヒトに生まれた以上、駄菓子1ヶでロング缶1本を空ける慎ましやかなペースを維持したい。

 ロング缶が3本空に。地酒を冷蔵庫から取り出す。1箱目は「二代目あなごあいのせ重」。初代が妙に気になるが、何を「あいのせ」しているのか。「焼」と「煮」である。掛け紙に「関西は焼あなご」「関東は煮あなご」と記されている。

 私は社会人になるまで鰻を食べた記憶がない。神戸人の私は「穴子」。確かに「焼穴子」だった。大学生の頃、札幌の回転寿司屋で穴子を頼んだ際に「煮」だったのでビックリした記憶がかすかに残っている。

 どちらも好きだが、一つ選べと言われたら「焼」を選ぶだろう。焼穴子をわさび醤油にチョン付けし、焼き海苔で巻くツマミは大好物の一つである。

 ちなみにこの駅弁において「煮」のレベルの高さがチョモランマ級。「焼」も軽くK点越え。福山の地酒300mlがあっという間に滅失した。

 東広島市のカップ酒を取り出し、2ヶ目の「元祖珍辨たこめし」。‘元祖’に矜持が感じられる。フタを外して嬉しい驚き。見本写真よりも蛸が大きくたっぷりだった。

 どうすればこれほど柔らかく煮込めるのか。噛むほどに旨味が洪水。他のおかずも充分な満足感。気づけばカップ酒も2ヶ滅失していた。

IMG_6766.jpg

なかなかの充実。

IMG_6765.jpg

岡山駅弁が幅を利かせている。

IMG_6778.jpg

宴のはじまり。

IMG_6782.jpg

焼と煮。

IMG_6795.jpg

柔らかな蛸。

posted by machi at 08:40| Comment(0) | 駅弁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: