門司港駅。外観は改修したようだが、駅のホームは昭和レトロの粋を極めている。そして、始発かつ終着駅でもある。終わりでもあり、始まりでもある。令和に息づく輪廻な駅である。
2023年12月上旬、私のまちづくり屋半生の第2シーズンが終了した。ファーストは神戸新長田時代、セカンドは椛S国S店街支援センター様が主要クライアントの時代である。
老眼進行著しく首の凝りと眼精疲労に悩まされ、無理が効かなくなってきた。ちょうど50歳に差し掛かることもあり、区切り良くまちづくり屋の店じまいも考えたが、契約途中案件が複数残っていた。2024年1月からはサードシーズンというよりセカンドの延長として過ごしてきた。
人生は御縁とタイミング。結果的に支援センターと入れ替わるように全国各地ではないが、これまであまり御縁の無かった近畿・中国地方を担当させて頂ける団体様に巡り合うことができた。2024年4月から、私の終活的サードシーズンが始まった。
毎月どころか隔週、毎週のように通っていた北九州は、隔週訪問の旦過市場以外に御縁が無くなった。しかし、北九州の市場・商店街を下支えする商工会議所様のご尽力で、9か月ぶりに旦過市場以外のミッションを頂いた。九州最北つ本州に最も近い市場「プラザ祇園」である。
前理事長、現理事長、役員様と久々に顔を合わせる。過去2回取り組んだ「貸店舗ツアー」のブラッシュアップである。このバカブログをアップする頃にはとっくに完結しているが、2カ月後の11月16日に第3回貸店舗ツアーを開催。その企画準備や当日の進行を調整する。
門司港エリアは観光地ゆえ、スナックは多いが1軒目で利用できる居酒屋は閉店時間が早い。ミッション終了後の21時は電車が30分に1本程度、タクシーも全く見かけない。
今回の私の門司港入りにご尽力いただいた商工会議所門司SCのⅯ好氏と、以前門司中央市場A吉理事長に連れて行っていただいた激シブ居酒屋へ。まだ暖簾が出ていた。しかし、店じまいの時間が迫り30分ほどしか飲み食いできない。
冷えた瓶ビールが染み込む。女将さんに早くできる料理を見繕ってもらう。おでんは味が染みて旨い。大きな鰯の煮付を炙った逸品も酒が進む。名物の樽酒で追いかける。
女将さん曰く、店を初めて50年を超えるという。私が生まれるよりも先にこの店は生まれている。貸店舗ツアーを経て出店した店が50年を迎えるならば、2074年である。プラザ祇園は建物として残っているか。少なくとも私は影も形もこの世に残っていない。
タクシーが3台しかないという門司港を発ち、電車内で缶ハイボールを呑みながら門司駅で途中下車。数カ月ぶりに<アンジェ>へ向かう。先客も同行のⅯ好氏も途中で退席し、最後は私とママとSクラ嬢だけ。久々に夜中1時半まで西郷バカボトルを鯨飲しながら話し込む。
門司駅周辺もタクシー確保は困難だが、門司港よりはまだ容易。ママに呼んでもらい、タクシーで小倉の定宿まで戻る途中、久々の小倉以外の北九州を振り返る。私のまちづくり屋半生、サードシーズンが本格的に始まった。
終着駅。
おでんと瓶ビール。
いわしの煮付。
樽酒。
アンジェへ。
我がバカボトルも健在。