ある初春の遅めの午後。三宮で用事を済ませ、昼飯を腹に入れるため旭通あたりまで歩いた。久々に<吉兵衛>に行こう。センタープラザ地下の本店は行列だろうが、ここは空いているだろう。案の定楽勝で座席を確保する。
券売機に対峙。いつの間にかタッチパネルになっている。ふと気づいた。「創業の味」とある。プラス100円で「肩ロース」に変更できるという。濃厚な旨味が特徴という。
思わず膝を叩き、首肯した。この数年、私が高校時代から食べ続けている吉兵衛はあきらかにカツがあっさり味になった気がしていた。ちなみに現在は「背ロース」がデフォルトという。
私はずっと肩ロースの味に慣れ親しんできた。しかし最近の変化は単に私の味覚が変わっただけと感じていた。結果として、店から足が遠のいてしまっていた。
創業の味を思い出すべく、しかも若い頃は楽勝だった「だぶる」を押す。
阪神淡路大震災前のセンタープラザ地下で5人しか座れない今思えば2坪ほどの店からスタートされたのではなかったか。今は難波の一等地にも居を構える一大勢力に。
どこかの新聞記者からお聞きしたが、オヤジさんは第一線を引退し後継に託されたという。有難うございました。お疲れ様でした。
ブツが運ばれてきた。一味と山椒をパラリし、カツにかぶりつく。……。首肯した。目尻が下がった。口角が上がった。これである。これが私が慣れ親しんだ吉兵衛の味である。濃厚な肉の旨味がガツンと体内で破裂する。
沢庵で口の中をリフレッシュさせながらワシワシ食べ進める。さすがに半分を超えたところで苦しくなってきたが、ここは一気呵成である。
残り3分の1のタイミングで、気になって仕方がないPOPを再度ガン見。「とくれん」である。神戸のソウルスィーツとある。100円。懐かしい。半冷凍のシャリシャリが思い出される。
私は小さな声で「とくれん、お願いします」とささやいた。店員さんは店中に響き渡る声で「えぇっ!?とくれんですか!?今すぐお持ちすればいいですか!?」。かなり恥ずかしかったが、今すぐ持ってきて頂く。
かつ丼をペロリ完食し、とくれんのフタ紙を外す。スプーンは厚紙なあたりがエコ意識の進展なのだろう。我が人生44年で初めて知ったが、とくれんの「とく」は徳島の意味だったとは。
シャリっとスプーンを突き刺し、口に運ぶ。……。一気に1980年代にタイムスリップした。ジャンクな甘さで記憶の奥底が蕩けそうになる。
2019年3月26日。後5日で平成が終わる。昭和50年代の学校給食のお楽しみだった「とくれん」、平成4年頃から現在まで食べ続けている「吉兵衛のかつ丼」。
新元号になっても、吉兵衛の「だぶる」を食べ続けられるオヤジでありたい。とくれんを食べ続けるオヤジにはなりたくないけれど。

たしかにソウルスィーツ。

頼まずにいられないPOP。

創業の味に破顔。