ワンタンメンそのものを扱っていない店も少なくなかったが、扱っている店は例外なく「ワンタン」があった。私は、券売機の前にたった。……。視界が真っ暗になった。ワンタンのみがない。私は茫然と立ち尽くした。溺れられないではないか。
店の方にワンタンのみは出来るかと尋ねる。「えっ、ちょっと待ってください」と奥に引っ込んだ。10秒後、「大丈夫です、できますよ」と力強い返答を得た。
続いて券売機のどのボタンを押せばよいか尋ねると、「えっ、ちょっと待ってください」と再度奥に引っ込んだ。10秒後、「ワンタンメン650円のボタンを押して下さい」と指示された。麺の代わりにワンタンを倍入れるという力強い宣託も賜る。
鼻息荒く腰掛けて待つ。壁に貼られている店舗紹介された雑誌記事を読み込む。私が酒田で最初に啜ったワンタンメンが、この店の親店である<満月>。メニューは幾分異なれど、味は同一と推測される。ウルメとトビウオ、昆布などを使用した奥行のある魚介スープに丸鶏のスープを合わせるという、いわゆるWスープである。
セルフスタイルなので番号札を渡される。暗号を呼ばれたら、カウンターでブツを受け取る。ときめきに口を半開きさせながら慎重に我が席へ運ぶ。
少し落ち着いて、全容を見渡す。チャーシューが2枚浮いているのも嬉しい。ひたひたたっぷりスープの下にワンタンの雲海が広がっている。胡椒を少しパラリとし、まずはスープを一啜り。……。二日酔い気味の五臓六腑に沁み渡る。いろんな店を食べ比べて実感したが、満月系はかなり魚介強めでシャープである。
ワンタンをレンゲで掬い、ツルンと口に運ぶ。魔法の絨毯である。冥王星や金星を取り巻く雲である。天空の城である。マチュピチュである。そして、高度1万メートル上空の飛行機内から見下ろす雲海である。
熱々の皮が舌で蕩け、包まれた肉の旨みが口の中で弾け、意識せずともスルリとノドに滑り落ちる。これはもはや、S●Xである。
スープを啜り続ける。その間にワンタンがスープを啜り、さらにモロモロフワフワになる。スープを半分ほど啜ると、鉢一麺にワンタンの広大かつ重層的な雲海が広がった。後は一気呵成。意識は雲を突き抜け、星になった。太陽の光をいっぱいに浴びたフカフカの布団にダイブしたような柔らかさと温かさが私を包む。
私は、天地と一体になった。私は、一つの地球になった。私は、一つのワンタンに包まれた小さき肉となった。私は、ワンタン王国の俘囚になった。〔終〕
裏メニューとなった「ワンタン」。
食べ進むにつれ、フワフワのトロトロに。
2016年03月13日
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