数は多くないものの壁に張られた極上の肴も極めて心動かされるが、あえて注文せず。酒の選択以外は店にお任せ。「源氏物語」の世界に頭も身も委ねるのが、粋な作法と推測される。
■ 1杯目:モルツ生ビール+お通し(鯖煮付・南瓜煮・漬物糠漬)
私は数種類ある生ビールから、モルツを選択した。きめ細かい泡がクリーミーだ。私はプレミアムモルツも好むが、シンプルな普通のモルツの方が飽きずに何倍も楽しむことができる。
小さく切られた鯖の煮付は、脂が乗っており柔らかく、箸でフワリと千切ることができる。味づけも濃い目で、ビールが進む。南瓜のポクポクした歯ごたえも嬉しい。
自家製の糠漬けは、胡瓜と沢庵。甘味がなく、糠床の深みが舌をキリっと引き締める。一つ目のお通しから、期待が仙台七夕の笹飾りにように高まる。
■ 2杯目:新政(冷や)+お通し(温奴)
ほとんどの客が日本酒を楽しんでいる。私も日本酒に移行する。秋田の地酒「新政」だ。
酒がグラスから溢れ、受け皿にドボドボこぼれていく。その受け皿も表面張力ギリギリ。カウンターから慎重に手元に移動させ、恥ずかしながら少し犬呑みする。
5分の1ほどグラスの酒を消化したところで、受け皿に溜まった酒をグラスに戻す。この瞬間は、最高にシアワセである。移し終えたころ、2品目のお通しが出てきた。温奴である。
湯につかっておらず、見た目は冷や奴。薬味がトッピングされている。しかし、箸で口に運ぶと、トロリと温かい。豆腐がとんでもなく濃厚で旨いので、醤油を必要としないほどだ。
■ 3杯目:新政(熱燗)+お通し(マグロと白身の刺身)
仙台は東北の中では温暖とはいえ、夜はしっかりと冷える。冷やと同しくグラスに注がれた熱燗がしみじみと体に染みわたる。皺なし脳で占められた私の空気頭が、ホワリと東北の夜空に飛んでいきそうだ。
醤油にワサビを研ぎ、まずは白身から。なぜ白身と表現したのかというと、何の魚か分からなかったから。ママさんのあまりの多忙ぶりに、質問するのも憚られる。しかし、歯ごたえ、鮮度、言うことなし。旨ければ良いのだ。
マグロは赤身と中トロ。アテとしてより長く楽しむため、赤身を醤油皿に浸した。ヅケにするのである。その間に、中トロをチョンと醤油に付けて味わう。上品な脂が口の中で溶ける。熱燗のどっしりした重みが口の中を洗っていく。そして、ヅケにした赤身マグロを、箸でチビチビと千切りながら熱燗の肴とする。〔次夜その三〕
「新政」熱燗と「温奴」
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