特上。私には御縁のない‘特上’な2文字である。そんな私だが、鰻だけは「特上」と決めている。 鰻に関しては並でも特上でも、丼でも重でも味は同じ。サイズの違いだけである。
鰻は年々希少な存在。値段もいくら値上がりしたのか分からないぐらいだが、もはや「嗜好品」。趣味にお金を惜しまぬ御仁同様、鰻は趣味が読書か映画か安酒を呑むことしかない私にとって貴重なレジャー。いつ絶滅するか分からぬ。味わえる時に味わい尽くさねばならない。
夏の風物詩である牛丼チェーンの鰻や、スーパーの鰻でも1匹サイズでは2000円ほどする。専門店で味わっても、実はそれほど値段は変わらない。専門店では焼きたて、吸物、香物がお供する故、むしろ割安と言える。
数時間後の大雨予報の肌寒い初夏の北九州小倉。15時半ごろ打合せを終え、夜ミッションまで2時間の空き時間が生まれた。夜ミッションの濃厚さから勘案し、固形物にありつけるのは21時頃か。何か腹に入れたい。それも、がっつりと。
魚町銀天街にアジフライ専門店がオープンしていた。いつか行こうと思う間もなく、いつの間にか居抜きで鰻屋に変わっていた。この店のいつ他の業種業態に転生するか分からない。「気軽に楽しむ」とあるからリーズナブルなのだろう。
飛び込んだ。思いっきり閑散時間帯だが、客は2組。総重量1sというメガ巨大うなぎ厚焼き玉子丼(4,950円)などもある。
お得な丼もあったが、重に狙いを定めた。許されるならビールでノドを開いて日本酒に跳ねたいところだが、2時間後にミッションを控える身には許されぬ。
丼が1089円、重(上)が1,980円、そして特上が2,860円。信念を貫き、特上に。有閑マダムでない作業ズボンにヨレヨレポロシャツの私には蛮勇の極み。ライスを大盛110円。
ふしぎなページがあった。トッピングである。「うなぎによく合う」とある。その4品がネギとろ、厚焼たまご、明太子、そしてイクラ。
この4品、どれも合うのだろうか。試してみたくなった。蛮勇ついでに最高値のイクラ(385円)召還。総額3500円弱である。
2種の香物、吸物(肝吸いでない)、トッピングのいくらを従え特上降臨。いくらをど真ん中にぶっかける自信なく、隅っこに寄せる。別にかけ放題のタレが添えられているのも嬉しい。
山椒をパラリし、まずは鰻を箸で千切ってテイスティング。皮が少し切りにくい。メニューにも店内にもどこにも産地表記がなかったので(見つけられなかっただけかも)、国産でないのかもしれない。ゆえに3000円以下で特上が味わえるのだろう。それでも、十分に旨い。
この店、セルフで「ひつまぶし」に味変できる。ダシ、海苔、ごま、山葵の4種が雁首揃えたコーナーがある。ひつまぶしと言えば、名古屋。もちろん実食経験あるが、私はストレート派。それでも料金に含まれているので、コーナーへ向かう。
器に出汁を注ぎ、海苔、わさび、ごまを入れる。鰻と米を浸すことなく、そのまま味わう。薄味の吸物である。これはこれで山葵も効いて旨い。
ふとひらめいた。このひつまぶし出汁に、タレを回しかけてはどうだろう。多めに垂らし、啜ってみる…。ひつまぶし的な味になった。この食べ方、もしかすると発明ではないか。ノーベル賞は無理だがイグ・ノーベル賞の候補にならないか。
もう一つの発明は、お店が提案する鰻蒲焼といくらのマリアージュ…。新婚なのに寝室は別という、倦怠期の味がした。
敷居の低そうな店構え。
カフェでも鰻屋でもない独特の雰囲気。
いくらをトッピング。
セルフなひつまぶし。
出汁たっぷりに。
出汁のみ(タレ垂らし)。
(付記)
オープン当初から死亡フラグは立っていたのだが、2025年に松の内が明け、魚町銀天街を抜けて旦過市場へ向かう途中、この店は閉店していた。一方、魚町は新店ラッシュ。飲食可能物件なら何かに転生するだろう。いっそのこと「宇奈とと」に転生してもらえないだろうか。
クーポン使う機会なし。