時間は24時を大きく回った。右隣のO中氏は尾崎を熱唱している。彼は吞まないので、いつもドライバーを務めて下さる。まだ40代前半だが、急成長中の会社社長である。
アンジェのボトル棚に竹鶴21年があった。冒頭の価格である。我らはO中氏を呷り、竹鶴21年が呑みたい、封を開けてとしつこいぐらい懇願した。O中氏はボトルの写真だけ撮影。しかし、キープする気は1gもなさそうだ。そもそも彼は吞めない(呑まない)のだから。
S氏のあおりで、ママがキープ値を10万に下げた。相場の半値である。更なるあおりで、1万円で一口だけ飲ませてもらう条件まで引き下げられた。
尾崎を熱唱するO中氏は財布を取りだした。熱唱しながら、1万円札を抜き出した。我らは「うぉおお〜」と固唾をのんで見守る。フリかもしれない。
O中氏はママに1万円札を手渡した。彼の手から離れた瞬間、店内大歓声。すると、O中氏は唄いながら財布からさらに1万円取り出した。そして、番町皿屋敷のように1枚づつ…。
歌が終わり、彼は数えだした。1枚、2枚…9枚。先ほどの1万を合わせて都合10万、ママに手渡した。店内、割れんばかりのシャウト。ロックな漢である。
氏の気が変わらぬうちにママに封を切ってもらう。ショットグラスに少しだけ注いてもらう。香りが凄い。氏に大感謝しながら口を付ける…。
強い。高い。熱い。これが竹鶴21年か。もう2度と我が人生で口にすることはないだろう。いや、O中氏と月1回ペースでこの店に通っているから、彼に頼めばよいか。
ママがさらに奥から百科事典のようなケースを出してきた。中には残り少なくなったブランデーが。ケースだけで数千円の価値があるという。値段を聞くと、30万弱。ひぇぇ。
上には上があるものである。するとママは同じくショットグラスに注いで私に笑顔でどうぞと手渡した。思わず絶句。いやいや、払えない。
この30万ボトル、かなり前にキープされていたお客のブツらしく、鷹揚で心が広い方という。呑んでも問題ない御仁らしい。しかもあまりにもキープが前すぎて、そろそろ流さねばならぬ時期に来ていたらしい。
有難く頂く。美味い。しかし、ブランデーを呑みなれていないから分からない。しかし、10万円ボトルを漢気でキープしたO中氏の大活躍から間髪いれず30万ブランデーが登場し、氏の大活躍がかき消されそうになってしまったけれど。
番町札屋敷。
ついにキープ。
いただきます。
まさかの30万ボトル。
(付記)
それから2日後の夜、アンジェ再訪。竹鶴21年を再び美味しく頂きました。隣に座るO中氏の了解を得て。