2020年09月12日

第2520夜:アヅマ家の一族【黒崎(北九州)】

 家系図。ミステリとかの冒頭にヒントとして示される複雑怪奇な旧家の相関図のようなものである。似たような名前が多く不穏な空気に包まれている。

 私が拠点としている神戸市は平清盛公の時代以降、幕末に開港されるまで寒村だったらしくあまり旧家や江戸期から続く老舗という存在をあまり耳にしない。しかし私が訪れる全国の商店街等では北海道を除けば創業数百年の何代目か分からぬご当主と接する機会も少なくない。

 私はよく琉球人と言われる。または薩摩である。しかしそれは単なる見た目のビジュアルであり、私が知っている限り沖縄や鹿児島に親戚は一人もいない。余談だが私は弥生系ではなく明らかに縄文系である。ちなみに家族、特に父親とは1gも似ていない。

 父方が石川県、母方は徳島県が田舎であることは耳にした。しかし私はこの2つの田舎へ足を運んだ記憶もない。両親も私も生まれたときから神戸だが、先祖代々生粋の神戸っ子とは言えぬ。

 ある晩冬の真夜中。北九州黒崎の黒崎行政書士事務所内で呑んでいたら、見習い行政書士のF江氏(黒崎駅前新天街理事長)から氏の家系図を見せて頂いた。氏自身が調査し作り上げたという。

 そんなことができるのか。話の流れで、私の家系図も作ることができるという。しかも、私は個人情報の取り扱いにあたるだろうから作成代行を承認するだけでよいらしい。

 先述のように、私は田舎が何県であるか程度の知識しかなく、これまでご先祖様のことなど考えたこともなかった罰当たり。自分自身のルーツを知ってみたくなった。果たしてどこまでさかのぼれるのか。何かの法改正で今後昔の戸籍から調査ができなくなるらしいことも後押しに。

 それから2,3ヶ月後。詳細な父方および母方の家系図を所長のみっちゃん&こうちゃん(F江理事長)から受け取った。そこには、父方、母方ともに6代前まで遡っていた。

 母方(前田家)は、まあ昔は子だくさんだったんだなと納得させられる。家系図も複雑ではない。ところが父方(東家)はミステリ小説なみに複雑な系図が記されていた。説明も受けたし、何度も見直したがはっきりとよく分からない。

 私から6代前の「東九兵衛」なる北九州小倉黄金町のうどん屋のような屋号のご先祖様まで辿っている。しかし、東家というより同じく6代前の「南出家」と「山家」の流れを組んでいた。

 南出キク女史が東九兵衛氏の孫にあたる方と結婚して東性に。離婚か死別したがそのまま東性のまま山興三吉なる御仁と再婚。しかし何故か「山」を名乗らず東家のルーツとなった存在であることが分かった。

 こう書いていてもよく分からぬが、私は「南出朋治」「山朋治」ではなく天の配剤で「東朋治」になった。個人的には「山朋治」にシビれる。実に力強い響きではないか。

 時空を超えた自分探しの旅に出たい紳士淑女はぜひ時を駆ける「黒崎行政書士事務所」へご一報を。

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家系図の一部。

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左の紳士が時を駆ける探偵。

posted by machi at 08:37| Comment(0) | 福岡県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする