2020年03月31日

第2408夜:2年越しの宿願【喜多方(福島)】

 朝ラー。ラーメンマニアにとっては幼稚園初等部クラスの基礎用語である。私も朝ラーチャンスを得れば可能なかぎり実践している。

 立ち蕎麦系でラーメンを取り扱っている店では可能である。または稀に存在している24時間営業のラーメン屋か。空港内のラーメン店なら朝9時か10時頃から啜れるかもしれない。

 そのような特殊環境ではなく、普通に地域に根差し早朝から営業しているラーメン店。それもたまたまの一軒ではなく、複数が朝7時ごろから営業している町がある。聖地・喜多方である。

 喜多方市は福島県会津地方に位置。2017年から会津地方に御縁を頂き、月1回ペースで足を運んできた。会津若松駅から喜多方行きの普通列車が走っている。しかし、本数はかなり少ない。

 私は2010年代から喜多方ラーメンにハマってきた。愛読コミック『めしばな刑事タチバナ』にて全国で展開している<坂内>を知ってから。今では視界に入ると飛び込まずにいられない。

 これまで<坂内>は天王寺店(大阪)、御油店(愛知)、川口店(埼玉)、蒲田店(東京)などで熊啜してきた。<坂内>以外にも郡山駅構内のフードコートで、会津若松駅から徒歩圏内の数店で喜多方と対峙してきた。しかし、聖地に足を運んだことがなかった。

 会津若松での呑み会のたび、神明通り商店街や市役所の皆さまに喜多方ラーメンや会津ソースカツ丼の実食経験を話し、また地元人おすすめの店をご教授頂いていた。しかし、足を運べていなかった。

 令和元年師走の夜。日本一入りにくいコミュニティカフェ<ハジャイ>で鮟鱇鍋をつつきながら神明通り商店街の皆さまと忘年会。その最中、隣に座るA津若松市役所のO村氏が聖地・喜多方での朝ラーを誘って下さった。朝7時にホテルまで迎えに来て下さるという。

 歓喜した。以降は鯨飲だけ繰り返し、〆の雑炊も軽く一杯だけ。2軒目にも立ち寄らず深夜の麺類もスルー。翌日の朝ラーに備え、深夜24時半定宿チェックイン。万全の体調を整えた。

 翌朝。テンション上がり5時半に目覚める。ユニットバスで身を清め、7時にホテルを出てO村氏と合流。氏の運転で喜多方へ向かう。

 前夜は夜霧だったが、今朝は朝霧。しかも、冬。最高の朝ラーシチュエーションである。

 喜多方市の人口は4万人程度らしいが、ラーメン店が50店舗ほどあるそうだ。その中で早朝(朝7時頃)から開いている店は15店舗ほど屹立しているという。土日は観光客も多いそうだが、平日は主に地元人が朝ラー。まさに聖地に相応しき生活への根付き感である。

 20分ほどで喜多方市内に。ロードサイド沿いにラーメン店が並ぶ。心ときめく光景である。さらに路地に入っていくと、暖簾が出ている店が増えてきた。

 聖地の中の聖地<坂内>は定休日だった。しかし地元評価で二分する人気という<まこと>へ。昭和の食堂感満載。年配の先客が朝ラーされている。店内は喫煙フルOKという剛毅さだ。

 壁面メニューを拝見。いちいち「喜多方ラーメン」と唄っていないところが本場感である。中華そば、チャーシューメンがそれぞれ大盛可能。

 会津地方らしくソースカツ丼もメニュー化されているが、「煮込みカツ丼」もある。ソースで煮込んでいるのだろうか。さらにカツライスまである。かなり奥深そうである(後日知ったが、会津では普通のカツ丼のことを「煮込みカツ丼」というらしい)。

 旨しラーメンとの出会いは一期一会。しかし、朝7時半である。こんな時間に固形物を腹に入れることはめったになく、習慣ないゆえあまり空腹でもない。恋焦がれた喜多方の朝ラー……。

 一瞬の迷いの後、「大盛チャーシューメン」召還を決意。もう、引き返せない。

 談笑していると神が降臨。……。旨そうというレベルを超えた完璧な美が眼前に現れた。生唾を呑む。小さな歓声が漏れる。胡椒をほんのわずかパラリし、2年越しの宿願を叶える時が来た。

 まずはスープ。……。頭長に落雷。肛門に鉄杭。全身を壮絶な太い感動が貫いた。DNAレベルで歓びが二重螺旋をさらにクネらせている。麺は太めのちぢれでモチモチのツルツル。スープとのカラミも国宝級。たっぷりチャーシューもあっさりシンプルだが旨味の濃いモモ肉で私好み。

 豪快な葱が泳ぐ油膜煌めく黄金色のスープは飲み干すほどに味わいが増す。気づけば麺1本、汁1滴、葱1片滅失。朝の8時前とは思えぬ満ち足りた多幸感に包まれた。

 大満足の二乗で店を出る。朝霧は消え、氷雨に変わっていた。氷雨すら私には熱い。聖地の中の聖地<坂内>へも巡礼したいが、O村氏曰く最高に旨い塩ラーメンも存在しているという。

 麺ドライブを共にする麺友。北九州市と宮古市と沖縄市に、会津若松市が旅の仲間に加わった。次回は塩ラーメンか、聖地巡礼か、会津若松市内の実力店か。心乱れる師走の朝である。

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聖地は定休日。

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地元の超人気店へ。

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昭和感満載。

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会津若松の麺友と。

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朝7時半の天国。
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2020年03月30日

第2407夜:おさすり地蔵と魔羅【会津若松(福島)】

 おさすり地蔵。会津地方最強商店街・神明通り商店街から少し路地に入ったところで信仰されているお地蔵様である。体の痛い箇所があればお地蔵様の該当箇所をさすると改善するという。

 ある初冬の夜。神明通り商店街ミッション開始前に市役所のU月氏&O村氏に中心市街地の古民家や蔵、超絶老舗を改装した施設を超駆け足でご案内頂く。

 その中に稲Ⅿ姐さんが切り盛りする施設があり、そこで日本一の個店売上向上請負人・N山先生が研修会を開催するとの情報を入手。先生にご挨拶。先生とは北九州などで入れ違いが多い。

 その施設の壁に、落書きが書かれている。幕末または維新前夜、「官軍に攻め立てられて」どこかの藩士が書いたらしい。

 その落書きが、キュートでポップな魔羅の擬人イラスト。ユネスコは今すぐ世界遺産に認定せねばならぬ。極限状態の最中に描かれた味わい深い魔羅を鑑賞する。

 余談だが、前職の「新長田まちづくり梶v時代、ANAから私に届いたDMに「新長田まらづくり株式会社 東朋治様」と宛名が。何を作っている会社なんだと爆笑した20代の記憶が蘇る。

 ミッション終了後、D平理事長が経営する世界一入り難いコミュニティカフェ<ハジャイ>で忘年会。私は西日本で一番この店に通っている自信がある。令和元年12月時点で5回目だ。

 最初の3回目はエスニック料理。4回目から和テイストに。そして5回目は怒涛の鮟鱇鍋。

 あん肝が鮮度無敵で最高。鮟鱇七つ道具を余すところなく味噌仕立ての鍋で堪能。途中。エスニック料理が2,3品登場。鮟鱇鍋とエスニック料理を同時に口に入れたのも初経験だ。

 生でスタートし、2杯目から黒中ビール。これが旨すぎる。腹が膨れてくると、デキャンタに入ったたっぷりの熱燗。鍋の残り汁で誂えた雑炊も旨すぎる。

 談笑していると、あっという間に24時。店を出ると、前がよく見えないほどの夜霧。暖かな冬によく発生するという。アーケードは力強く灯っている。

 神明通り商店街のアーケードは平成30年3月に新築整備。平成最後のアーケードであり、日本で一番新しいアーケードである。修繕しリニューアルしたアーケードは今後現れても、神明通りより新築は令和時代には誕生しないかもしれない。

 これまで何度も通っているのに気づかなかったが、アーケードの下に提灯が吊るされている。文字がぼんやりと見えた。……。「みこすり地蔵」。

 どんな地蔵様なのか。T谷テンホー先生を崇め奉っているなら「半」が抜けているではないか。

 同行氏たちに問うと「おさすり地蔵」という。目を凝らすと、確かにそう書かれていた。

 地蔵をさすっていこうと誘われた。商店街の路地を曲がった奥まったところに安置。かなり不気味だが、みこすり、じゃなくおさすりさせて頂いた。特に痛風に痛む左足首を。

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味わい深い擬人画。

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極限の芸術。

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N山先生と。

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鮟鱇鍋。

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絶品。

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〆の雑炊。

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黒生ビールが止まらない。

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提灯に今まで気づかず。

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幽玄。
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2020年03月29日

第2406夜:広島駅「しゃもじかきめし」【駅弁】

 「しゃもじかきめし」。広島駅で圧倒的な人気を誇っている(と思われる)駅弁である。

 広島と言えば、高校野球甲子園大会でおなじみの「しゃもじ」を叩いた応援風景。弁当の容器が深紅のしゃもじ型のプラスチック製なので、持ち帰れば弁当箱か小物入れとして活用することもできそうだ。不便とは思うが。

 フタを開けた。プワ〜ンと牡蠣の香りが鼻に飛び込んできた。貝類では最も牡蠣を好む私にとって、垂涎の駅弁である。ちなみに好物貝類第2位はサザエである。

 広島の名産は「牡蠣」。本場広島産の牡蠣をふんだんに使われている牡蠣づくしだ。

 牡蠣のエキスがたっぷりと染み込んだ「かきめし」。これだけでもカップ酒が3本は飲めそうな逸品だ。その上に錦糸玉子が敷かれ、メインである「煮かき」が4ヶも乗せられている。

 口に運んだ。……。保存用の駅弁なので生牡蠣の瑞々しさ、弾けるエキスはもちろんないが、旨みが凝縮されている。しっかりと牡蠣の食感も楽しめ、出汁とのバランスも絶妙だ。かなりの試行錯誤を得て高みに辿りついた至極の味わいである。

 大きめの「かきフライ」は2ヶ。小袋に入った中濃ソースを垂らして頬張った。……。プリプリである。牡蠣フライは居酒屋メニューで発見すると頼まずには帰れない魔力を秘めているが、揚げたてと遜色ない味わいをキープしていることに驚愕を禁じえない。

 「かき味噌和え」は1ヶ。甘めの味噌が濃厚だ。一口で食べきるのではなく酒のサカナとして、かきめしのおかずとして大切に味わいたい一品である。

 これら牡蠣づくしのアクセントとして芸の細かさを見せるのが、広島名物「じゃこ煮」と漬物「広島菜漬」である。じゃこの歯ごたえ、広島菜の酸味とわずかな辛みが弁当全体を引きしめている。まさに広島づくしだ。

 缶ビールや日本酒のサカナとして牡蠣を食べつくした。容器に残っているのは、かきめしと広島菜だけだ。

 酒も程よく無くなり、シメとしてかきめしをワシワシ箸で食べ進めようとした。ところが、上手くいかない。

 私はとにかく食事マナーが悪く、テーブルは食べかすが散乱し、衣服にまでビシビシとハネが飛び散ることは日常茶飯事。かきめしはサラリと炊きこまれているのでネバリが少なく、箸からポロポロと落ちていく。

 途方に暮れ、首をひねった私の空気頭に突如神が降臨された。しゃもじ容器の取って部分を掴んでみた。私は歓喜に震えた。何という持ちやすさなのか。

 右手に箸、左手にしゃもじ。あるようでなかった異質のコンビを結成させ、私は残りのかきめしを喰らい始めた。

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(付記)
今回は広島ネタの流れで死蔵ストックからピックアップ。この駅弁を満喫したのはたぶん10年前。ガラケーで撮影したと思しきビジュアルの画質の悪さに驚嘆。内容を読み返しても1gもその時のことを思い出せず。この駅弁がまだ存続しているかも不明。存続していればもう一度お手合わせ願いたいものである。
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2020年03月26日

第2405夜:寛ぎのダブルヘッダー【広島(広島)】

 <あんず>。広島市タカノ橋商店街の決して目立つ場所ではないビルの2階の韓国料理店である。ある師走の21時過ぎ。私ごときではなく弁護士が対応すべきタカノ橋ミッション終了後、7人で<あんず>へ。冷え冷えの中がタフなミッション後の毛細血管に染み込む。

 ナムル3種盛から始まり、サムギョムプサル(合ってるかな?)、せせり炒め、キムチ、唐揚、チヂミ、とうもろこし天ぷら、ポテトフライ……。
韓国料理一辺倒ではない。日本人に合う味付けというか、好みというか、定番料理も揃えているところが心憎い。そして、何を喰っても旨い。ハイボールも濃い目。日本酒も充実している。

 我ら7人以外にも若いカップルが2組。実に家庭的というか、飲み屋なんだが他人様の家にお招きいただいた気分、さらにその上を行き、自宅にいるような寛ぎ気分を味わえる。

 〆にホルモンうどんを少し取り分けてもらった。うどんの出汁は関西風の透明感ある昆布系。ただし、ホルモンが天ぷらになっている。ホルモンの天ぷらは初めてかもしれぬ。細く千切りされた赤い物体が華やかさを添えている。

 出汁を啜る。……。じんわりと旨い。西日本人は全員好む味だ。しかし、じんわりと辛みが広がる。唐辛子だった。辛い。熱い。しかし、旨い。ホルモンの天ぷらもふわふわのプリプリ。うどん出汁を衣が吸って独特の官能を高めている。汁1滴残さなかった。

 時間は23時前。2軒目は専務理事も含み若手中心に5人で市役所方面のメイン通りから外れた住宅街へ。ほのかに灯りらしきものが灯っている古民家がある。<おうちBARひらひら>。

 これまで日本中で分かりにくい店、入りにくい店、見つけにくい店を訪ね呑み歩いてきたが、北九州市の隣町の水巻にある韓国料理店に次ぐセットアッパー級の難解さ。目を凝らせば看板らしきものはあるが、集中しないとまずスルーだろう。

 店内に入り、思わず歓声を上げた。巨大なスクリーンには80年代洋楽ロックのライブビデオが。それ以上に、まさに古民家を改装した和風バー。その中に洋のテイストが差し色として映えている。店主のセンスの高さが全力で伝わってくる。

 ハートランドを飲み干した後は、ハイボール。400円という安さに驚愕。カクテルも豊富で、専務理事が嗜まれていたカクテル「サザンカンフォート」に挑戦。辛口のジンジャーエールで割るそうだ。きりっとした濃厚だがコシのある甘さだ。ツマミは出来立てのポッポコーンである。

 談笑と激論を繰り返していると、深夜1時を回った。私はお礼を述べ、ブラブラと広島市滞在時の定宿へ。歩いて5分である。

 1軒目も2軒目も、壮絶に寛げる自宅感覚が心地よかった。この気分を維持していたい。歓楽街の誘惑を珍しく振り切り、定宿でチェックイン手続きした。この定宿チェーンに年間100泊以上生息している私にとって、自宅以上に寛げる3軒目でもある。

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何喰っても旨し。

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ポテトフライは外せない。

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タカノ橋商店街の皆さま、ありがとうございました。

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BARとは思えない。

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寛ぎの極み。

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居心地良すぎ。
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2020年03月25日

第2404夜:お好み焼き放浪記〜広島編・1枚目〜【広島(広島)】

 日本三大お好み焼。言い換えれば、世界三大お好み焼きである。大阪風、広島風の2強に「神戸長田風」を加える(異論は挟ませぬ)。「神戸」ではなく「神戸長田」である点がポイントだ。

 3大お好み焼きの調理方法や特色などは割愛する。神戸長田焼は私がモノゴコロ着く前からのソウルフード。地ソース(バラなど)を産湯としてきた新長田っ子の私は、お好み焼きにはこだわりがある。そして、神戸長田焼は世界最強であることを疑っていない。

 令和元年現在もその思いは変わらぬが、かなり揺らいでいる。平成の終わりあたりから広島焼にハマりだしたのである。それも本場ではなく、北九州市内で。特に小倉黄金町ミッション終了後に<安芸>という店に以前よく通った。そこで開眼してしまった。

 ある師走の夕方。朝昼何も腹に入れていなかった私は、すっかりリニューアルされ垢ぬけた広島駅構内の飲食店ゾーンを攻めることに。お好み焼き屋だけでも10店舗ほどが軒を連ねている。しかし、デジャブというか、自分がどこにいるのかわからない感覚に襲われた。

 ……。理由が分かった。同じ店が同一ビル内に出店しているからである。紛らわしい。

 時間は17時前。並んでいる店とそうでない店で明暗を分けている。ラーメンにも惹かれたが、ここは広島焼。程よく混みあっているが一人なら座れる<Rちゃん>に狙いを絞った。

 メニューを見る。真っ先に「スペシャル」が視界に。これだけ文字の色も異なり、人気ナンバーワンとある。しかし値段は1450円。もっともノーマルが840円。

 スペシャルとの違いは、八戸産いかと生えびを使用しているか否か。その差、610円。神戸長田焼ならその差額分だけでお好み焼きが1枚余裕で味わえる。

 ノーマルにトッピングする具材で値段が跳ね上がっていく。ちなみにスペシャルは全メニューの中で3番目に高額。価格1位は「ロイヤルスペシャルALL IN」。3500円。よく分らぬが、凄そうである。しかし私なら3500円をランチで払うなら迷わずに鰻を攻める。

 少しの迷い、店が力強く勧める「スペシャル(1450円)」に。思うツボなのだろうが、神戸長田共和国から辿り着いた流浪のヨゴレまちづくり屋は、強大な広島焼帝国と対峙せねばならない。

 店内はサラリーマンが8割といったところ。しかし、広島弁があまり耳に入ってこない。立地特性上、地元客よりも観光客は出張族が多いのだろう。

 ブツが降臨。なかなか脱力感溢れるビジュアルである。私はモダン焼にしても広島焼にしても、そばではなくうどん派。モチモチして旨さが倍加する。しかし、そば派が圧倒的な勢力である。

 2種類の「カープソース」を駆使。いかにも広島である。一味もパラリ。箸を二つに割り、いざ喰らわんとしたとき、異変に気付いた。マヨネーズがない。広島焼にマヨは欠かせないはずだ。

 店員さんにお伝えすると、「あっ、ちょっとお待ちくださいね」。

 戻ってきたとき手にしていたものはマヨネーズだが、たっぷりチューブ式ではなく、テイクアウトのサラダとかに付いてくる小袋タイプ。たっぷりかけられない。じらしプレイもスペシャルなのか。さすが日本最強のお好み焼き帝国である。ヨソモノには厳しい。

 肝心のお味は、うどんとキャベツと卵と豚肉と生地が蒸されるように程よく焼け、甘めのソースとマヨネーズに合いました。美味しかったです。800円ぐらいだったなら大満足でした。

 神戸新長田時代、「神戸新長田新鮮トレトレにゅーす」(叶_戸ながたTMO発行)を毎月1回発行していた。不定期だったが、「新長田お好み焼き放浪記」というコーナーを担当していた。

 私が店主も含め気にいった店を取材し、食し、記事にしていたのだが、しばらくすると何故か閉店してしまう。生存率はかなり低かった。一部からは「デスノート」として恐れられていた。

 十年ぶりに、お好み焼き放浪記を復活させる。新章は広島編からスタートし、全国へ。私がこのバカブログに乱筆しても、謎の理由で閉店しないようお願い申し上げます。

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広島駅構内。知らぬ間にグッと垢ぬけて。

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初のお目にかかった「カープソース」。

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スペシャル。
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