2019年09月15日

第2278夜:勃ちっぱなし【盛岡→宮古(岩手)】

 快速リアス。盛岡〜宮古間を疾走するJR山田線の快速列車である。ちなみに私の記憶が確かであれば、盛岡〜宮古間を直通する列車は1日4〜5本しか走っていないはずである。

 2019年3月23日。JR山田線エリアだった宮古〜釜石間はJRが復旧させる気ゼロだったゆえ、三陸鉄道に移管され三陸鉄道リアス線として復活。よって山田方面にはJRは走らせないので山田線から宮古線として名称を改称すべきである。費用が掛かるからやらないだろうけど。

 令和最初の盛岡さんさ踊りが絶賛開催中だった8月上旬。普段なら盛岡から宮古までバスで移動するが、この日はさんさ踊りのためバスが通常通り運行しているか分からなかった。

 宇都宮から盛岡に到着すると、駅ホームや改札内外は世界各国からの観光客で溢れている。

 ちょうど15分後に数少ない宮古行き快速リアスが発車する。宮古と御縁を頂き9年目に突入。年に1〜2回程度とはいえ列車には何度も乗車している。その都度ガラッガラ。特に通学時間帯でない14時前は人がいない。

 改札外に出る時間はない。駅弁を買ってガラ空きの快速車内で車窓見ながら楽しもう。初見だった「いわて黒豚とんかつ弁当」を捕獲しホームへ向かう。

 乗り込んだ瞬間、思わず目を剥いた。座れないどころか都心のごときラッシュぶりである。観光客が多い。

 快速であるが宮古到着までの約2時間10分。立ちっぱなしはツラい。駅弁どころではない。しかも急ぎでPCを打たねばならぬ業務もある。

 最後尾に謎の台のようなスペースの前だけ空いていた。そこを強引にマイ個室にすると、少々低めだが立ち飲みカウンターのようになった。

 車内移動がままならぬ混みっぷりの中、私は意を決して駅弁の掛け紙を外した。人生初の駅弁立ち食いである。とんかつ弁当、直前まで冷蔵されていたのでキンキンに冷えている。

 食べ始めた。……。かなりの距離の近さで立っている男性がギョっとした表情を私に向けた。思わず目があったので、ほんのわずかだが目尻に優越感と羞恥心を浮かべた。

 喰い終わった。今度は立ったままPC。普段座っているので気づかなかったが、山田線はほぼ直線がなく蛇行。かなりの凄まじい揺れである。

 車内はエアコンが効いておらず窓も開けられない。おまけに快速なので途中1時間以上停車しないのでドアの開閉もなく、澱んだ熱気が車内にこもっている。80分ほど経過した時、これが熱中症状態なのかと気づいた。

 かなり年配客も立ったままで気の毒だが、優先座席もそうでない普通座席も年配客で制圧されているため席の譲り合いが発生しない。

 列車は川井村を通過した。その時、ふと気づいたが、これまで2車両だったのに、いつの間にかしれっと1車両になっている。じわじわとした宮古イジメ。J●の野郎……。

 2時間10分後、宮古駅着。ホームに出た一瞬、涼やかな風が身を包んだ。その1秒後、凄まじい蒸し暑さが全身を貫いた。勃ちっぱなしで駅弁、そしてPC。意識も足もフラフラだ。

 これからはどんなに混んでいてもバスから浮気しない。少なくとも座れるからである。

 ●R、宮古〜釜石間に続き、盛岡〜宮古間も撤退しそうな空気に満ち溢れている。そのためにも、積極的に公共交通を利用せねばならない。いったん撤退すれば、復活はまず不可能だからである。

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極上の時間のはずが……。

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マイ個室を創出。
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2019年09月14日

第2277夜:まるごと栃木な夏の日【小山・鹿沼・宇都宮(栃木)】

 東武スカイツリーライン(東武伊勢崎線)。2019年度における我が東武沿線生活で最も利用するラインである。浅草から東武日光まで走っている。ちなみに過去2年は東上線だった。

 夜中3時過ぎまで鯨飲した酷暑の翌朝。私は春日部駅から東武伊勢崎線に乗り込み、久喜でJRに乗り換えて小山へ。ちなみに春日部から特急で一本で我がミッション先である鹿沼(振鹿沼駅)まで行ける。知らなかったが、東武線は会津若松まで伸びているらしい。

 小山着後、駅前商業施設内で打合せし、まちの駅<思季彩館>へ。様々な産直品や小山ブランド認定商品が販売されており、新規出店希望者をサポートするイベントも頻繁に開催。

 まちの駅のマネージャー様に事業のご協力をお願いした後、「チーズ醤油漬」購入。酒のサカナに旨そうである。200円と格安だ。

 本格的なe-スポーツが体感できるネットカフェ<ファイターズ>へ。オーナーのⅯ田氏にお会いし、こちらにも事業のご協力をお願いし、オーナーにご快諾頂く。この場所を活用して様々なユニークな取組を展開できそうだ。ライブ動画も配信できるという。

 たっぷり午前中の充実した小山市ミッション終了後、本事業事務局のT塚氏に鹿沼まで車で乗せて頂く。ミッション開始前に半年ぶりに鹿沼の<山いち>さんでラーメン啜るべく場所チェックのためスマホいじったら、定休日……。

 釈迦入滅級のショックを必死で切り替え、商工会議所へ。M越氏にラーメンを啜りたい旨を申告し、連れて行っていただいた激シブの町中華屋。暖簾はかかっているが看板らしきものは表に無く、駐車場の奥に何故か放置されている。

 注文したのはチャーシューワンタンメン。正統派の王道で実に旨し。鹿沼は「そば」を押している。ニラそばが名物だが、ラーメンの実力も奥深い。

 たっぷり充実の鹿沼ミッション終了後、Ⅿ越氏&T塚氏と宇都宮駅へ。東口の韓国料理屋と焼鳥屋をハシゴ。汗をたっぷり書いたまるごと栃木な1日の疲れを洗い流す、キンキン冷え冷え生ビール。全宇宙が地球人にもたらした奇跡と恵みである。

 終電&代行な両氏と別れ、私は23時前に宿に戻るDNAを持たぬので駅前の適当に飛び込んだ餃子屋でホッピーのアテに無敵なチーズ羽餃子と邂逅。どんな料理上手でも自宅では再現不可な超絶逸品に脱帽する。さすが餃子王国である。ラーメンで〆ようとしたら売り切れていた。
 
 翌朝。FBをスクロールしていたら、昨昼Ⅿ越氏がいつ撮影したのかわからぬ仲町商店街での打ち合わせの様子を画像でアップされていた。そこに映し出されていた無防備な我がボディのだらしなさに、生まれて初めて心の底からダイエットを誓った。

 ホテルの無料朝食は軽く無視し、宇都宮駅構内<Rッテリア>で盛岡行きの新幹線を待つ間にモーニング。タルタルエッグバーガーとホットコーヒーのセットを注文。

 店員さんに「ハッシュドポテト、プラス80円ですがいかがですか」と問われ、歯を喰いしばってご遠慮申し上げた。何故なら、心の底からダイエットを誓ってから1時間も立っていないからである。

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小山のまちの駅「思季彩館」。

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鹿沼のラーメン店へ。

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シュールすぎる看板。

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王道で旨し。

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宇都宮にて。

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家庭では再現不可能な技。

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ダイエットを誓った我がだらしなきビジュアル。
posted by machi at 11:43| Comment(0) | 栃木県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月12日

第2276夜:情熱の流儀【春日部(埼玉)】

 春日部駅東口商店街連合会。人口23万人を誇る埼玉県内屈指の大都市・春日部の中心市街地活性化(主に東口ですが)を牽引する商店街組織である。

 2017年に埼玉県内で産声を上げた「空き店舗ゼロプロジェクト」。2018年度の「NEXT商店街プロジェクト」として衣替え。

 私は2017年度から2年間、蕨・ふじみ野・越谷・寄居の4市町を担当してきた。予定通り最長2年間のミッションを終え、2019年度からは春日部市を担当させて頂くことに。

 春日部にとっては最長2年間のプロジェクトだが、私は複数年ではなく単年契約。この1年間で若手商業者を中心とした持続可能な展開に移行させねばならない。

 一気に暑くなってきた7月下旬、第2回目となる全体会議が開催された。献身的な市役所ご担当者たちの見事過ぎる事務局ぶりと市議のバックアップに支えられ、いわゆるビジョンづくりの初歩中の初歩である「SWOT分析」に勤しんだ。

 ワークショップにも様々な手法がある。プロジェクターが使えない環境の場合はポストイットなどを活用するのだが、今回は私が1か月前の第1回全体会議でお願いした宿題(自主的SWOT)を若手参加メンバーは完璧にこなして下さり、それを市の御担当者がきっちり整理して下さっていた。私も情熱に応えねばならない。

 若手商業者同士の横の連携が充実し、様々なイベントをすでに展開している。飲食店は少ないがその分物販店が充実。歴史資源も多く、何と言っても「ク●ヨンしんちゃん」の舞台として知られている。直近では映画『翔んで埼玉』で愛あるイジリを受けていた。

 特にインパクトを与えそうなのが、東武春日部駅の高架化である。地元の悲願でもあったようで、東西交流が盛んになりそうだ。渋滞も幾分解消されるだろう。

 東口に呼び込みたい来街者層と、その層を意識した具体策を検討し、この夜は懇親会へなだれ込んだ。全体会議は20時からだったが、私たち事務方は18時から打合せしていたので懇親会場では白い灰状態。生ビールが凄まじいピッチでノドに滑り込む。

 若手メンバー、市職員たちと10人弱で呑んでいた。時間は24時を大きく回った。すると、全体会議に出席していた若手メンバーが再集結。どこかの店のラストナイト(閉店)だったらしく、その店に駆けつけてから合流して下さった。

 いわゆる首都圏と呼ばれるエリアにおいて、私は特に商店街関係者とあまり御縁がない。何故なら、絶対的な交流・定住人口を有しているため、単純に比較できないが地方と疲弊しきった町と比較すれば十分に賑わっている。特に飲食さえ可能なら空き店舗など瞬殺で埋まる。危機感もそれほど強くないのだろう。

 春日部の若手商店主メンバーの情熱は溢れんばかりである。それに全力で受け止め、伴走する市の御担当者たち。時間は深夜1時半を回った。氏の御担当者たちは私とチョッキの2軒目まで伴走して下さった。深夜3時まで。

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あの日本一有名な幼稚園児がお出迎え。

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溢れんばかりの情熱。
posted by machi at 08:08| Comment(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月11日

第2275夜:定着と定住【美唄(北海道)】

 地域おこし協力隊。人口減少や高齢化が著しい地方において、地域外の人材を積極的に受け入れ、地域活動の協力を担ってもらい、定着・定住を図りながら地域力の維持・強化を図っていく制度である(らしい)。

 私の主戦場は日本全国の商店街や中心市街地と呼ばれるエリア。三大都市圏や政令市、県庁所在地など賑やかなエリアよりも、冒頭の人口減少や高齢化が著しく、空き店舗が目立ってしまう厳しい地方が90%以上。よって、その地方では「地域おこし協力隊」隊員たちと出会い、市(町)や会議所(商工会)等を通じて共に何らかのアクションを検討する機会は少なくない。

 期間は概ね3年ほどらしいが、ミッション終了後の定着・定住のカタチは様々である。どこかの会社に勤める者、結婚して家庭を築く者、空き店舗で商売を始める者、議員に立候補する者……。少なくとも地域おこし協力隊はその地方で起爆剤として活躍されているようである。

 令和元年7月下旬、8か月ぶりに北海道美唄市へ訪れた。街並みが大きく変化した、明らかに様子が変わったということはないが、大きな違いがあった。従来の街なか活性化を担当する地域おこし協力隊員が1名から3名へ増強されていた。美唄市の中心商業施設<コアびばい>内に隊員たちの基地があった。

 8か月ぶりのミッションは、平成最後の年に策定した活性化プランのブラッシュアップである。その検討会議に新たに加わった隊員たちも参加した。お二人とも専門能力に長けているようである。お一人は漫画家、お一人は生粋の欧米系外国人で日本語の読み書きも完璧。前年度から活躍し2年目に突入した方も当然のごとく牽引している。

 新たな協力隊員にとっては全く意味不明の内容だったろうが、令和元年1発目のミッション終了後、美唄屈指の人気居酒屋へ。美唄といえば「美唄やきとり」。8か月ぶりに齧りつく。  

 様々な部位を1串で表現するタフで野性的な味わいが極上。この日の美唄は北海道らしからぬ蒸し暑さ。生ビールが滑るように喉を通過。最後は役所の若手や協力隊員とスナック〆だ。

 美唄は世界屈指の大都市・札幌から特急でわずか35分。近さゆえの便利さと、近さゆえの流出がある。美唄は地域資源が豊富だが、人口は21,295人(令和元年6月時点・定住外国人含む)。隊員たち一人当たりの活性化比重は大都市と比べ物にならない。

 美唄は活性化プランブラッシュアップ終了後、早期に実行に移行する予定である。その際、地域おこし協力隊員の活躍は欠かせない。しかし、無理強いはできない。

 翌朝。帰路の特急で、ふとある協力隊員のことを思い出した。北海道池田町で活躍していた女性で、北海道静内町のホテルで呑んでいた時「アッ!アヅマさん」と声を掛けられた。

 彼女は神戸にも居住経験が確かあり、関西人らしくたこ焼屋の開業を目指していたはずである。池田町に「定着」されていたが、「定住」できたのだろうか。

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美唄やきとりに惚れてます。

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たまたま朝食付きプランしか空いていなかった我が美唄の定宿。

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美唄駅前で建設中のホテル。選択肢が一択から二択になれば頼もしい限り。
posted by machi at 17:45| Comment(0) | 北海道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月09日

第2274夜:會津商人の館【会津若松(福島)】

 神明通り商店街。日本3位の面積を誇る福島県において、その3分の1を占める会津地方の中心都市・会津若松市・その若松の中で中心的役割を担うメインストリートである。

 2017年秋から会津地方と御縁を頂き、1年半近く多いときは月1回ペースで会津若松駅を利用した。しかし私のミッション先は柳津町。会津若松に到着すると、毎回柳津の稲Ⅿ氏が迎えに来て下さり、送迎して下さっていた。会津若松は毎回滞在時間10分もなかった。

 2019年7月の盛夏。会津地方最大の商店街「神明通り商店街」と一夜限りの御縁を頂いた。

 平成最後の年にアーケードを前面リニューアルし、テナントミックスや各種イベント、マルシェなどを積極的に展開。私が訪れた日は新たなコミュニティ拠点施設でテナント(理事長の飲食店)も入居する新たな複合コミュニティ拠点施設「會津商人館」がオープンしたばかりだった。

 神明通り商店街は市内を走るバス路線の8割以上が経由する一大ターミナルでもある。会津若松駅から歩けば15〜20分程度かかるそうだが、バスならわずか5分。快適である。

 スーパーや某大手レンタルソフトショップ、ナショナルチェーンと地元密着店が絶妙のバランスでブレンドされている。理事長、専務、常務を含め役員もかなり若い。そして真面目で勉強熱心で行動力にも長けている。

 神明通りを取り巻く強みやチャンスをお聞きした。皆さん満場一致でアーケードの利便性と安全安心の提供を強調。会津の中心としての知名度や溢れる歴史資源、多様な業種構成、組合員同士の連携体制の充実などが挙げられた。

 懇親会は「會津商人館」の会議室で。理事長が経営するエスニック料理店が隣接しており、別館のごとく料理や酒がどんどん運ばれてくる。

 パクチー好きオヤジの私は思わず目を細める。黒生ビールが爽快だ。柳津でお世話になった稲M氏のお姐さまもご参加。久々に軽く旧交を温める。

 組合の専務、常務たちと打合せを兼ねてもう一軒。会津の夜の社交場ゾーンへ。場末マニアの私があまり足を運ばないタイプの素敵なスナックでウィスキーを呑みながら打合せ1割、バカ話9割。楽しいときはあっという間に光陰矢の如し。

 ママから会津若松は「カレーやきそば」も名物で夜中まで開いているお店があるとご教授頂く。ソースかつ丼や喜多方ラーメンだけではなかったのか。

 今回のミッションは一夜限りだが、ぜひ機会を頂ければ會津商人の館に「アゲイン」したい。タクシーでホテルに向かいながら、会津っ子ならぬアヅマっ子は心に固く誓った。ならぬことでも、なんとかなるものです。

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新しくオープン。

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会津地方最大の商店街「神明通り」。

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会議室でエスニックな懇親会。

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シーユーアゲイン。
posted by machi at 07:04| Comment(0) | 福島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする