2018年05月11日

第1943夜:鵜住居だより〜5年ぶり【釜石(岩手)】

 ラグビーW杯。2019年に日本各地で開かれる4年に1度の祭典である。2015年大会のジャパンによる南アフリカジャイアントキリングは今思い出しても震えるほどの感動を覚えた。

 日本各地何か所で開催されるのかは存じ上げないが、その中の会場の一つが釜石である。それも大津波で甚大すぎるダメージを被った鵜住居地区である。

 釜石は新●鐵&ラグビーのイメージが強い。しかし今はそれほどでもない。釜石は大津波から1か月後に数時間だけ足を運び、1年半後、釜石市の鵜住居地区を半年間担当した。

 それから約5年ぶりの釜石中心部、そして鵜住居へ足を運ぶ機会を得た。新日●つながりで提携を結ぶ北Q州市役所のK本氏が志願兵として釜石に滞在しており、氏を訪ね北Q州黒崎のU野氏&入E氏が釜石入り。私もたまたま三陸に滞在していたので、彼らに合流した。

 すべてを最優先して誘致したっぽい<イオ●タウン>、日曜ゆえか大盛況。私も色々思うことはあるが、市民生活が向上するなら……。ただし、三陸商業施設復旧第1号でありシンボル的なイメージの大槌町<マスト>は苦戦を強いられている。商圏が思いっきり被っている。

 5年ぶりの中心部は「ホテルが増えたな」が第一印象だ。当時は街中に2軒しかなかった。釜石で空いてなく大槌や山田、遠野で泊まったことも。最近(2018年2月)になりようやく予約しやすくなったらしい。商売繁盛は結構なことである。

 一方、仮設商店街は遠目からだが5年前と変わっていないようである。仮設は残っているが店舗は移転、廃業等で仮設店舗のシャッター街になっているようだ。

 車で20分弱の鵜住居へ。懐かしいと感じる前に、自分がどこにいるのか分からないほど盛り土や高台造成、道路整備が進んでいる。「鵜住居の悲劇」となった避難施設は解体され、小学校と中学校が再建。周りには公営住宅や戸建住宅が見える。

 災害復興`戸建て´住宅も多数あり、そのような建物は初めて観た。鵜住居神社の位置は変わらないが、私が面談した店舗も数多くは仮設のまま。5年前と全く変わっていない。

 「鵜!はまなす商店街」は私のミッション中のメイン基地。駐車場は除雪の形跡がなく、張り紙を観ると移転や廃業がほとんどで誰もいない。日曜日だったからか。

 ラグビー場は思いっきり建設中。間に合うのか不安になるほどの進捗ぶり(2018年2月上旬現在)だが、座席数15000。ノンビリ気質の東北人だが、勤勉である。気合一発間に合わせるだろう。

 私が5年前の訪れたちょうどのタイミングで、鵜住居のラグビー場計画と市中心部のイ●ン計画が持ち上がった。被災商業者との勉強会の合間に、何度もこの2点について市や会議所と話し合った記憶がある。当時のこのバカブログにもこのことを触れていた。

 鵜住居の町が復旧し、最後の復興のシンボルとして競技場が完成したら拍手喝采である。ちなみにW杯終了後の活用は未定という。

 2012年当時はともかく、5年間ぶりに足を踏み入れたヨソモノ(アヅマ)に意見する権利もないが「鵜住居の復興なくして釜石の復興なし」。これぐらいは申し上げてもよいだろう。

 ラグビーW杯が釜石市民の、鵜住居町民の心を一つにし、復旧復興へのギアを一丸となって加速させることを祈るばかりである。

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復旧の途上。

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建設中のラグビーW杯会場。

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幾度となく足を運んだ「鵜!はまなす商店街」。
posted by machi at 07:18| Comment(0) | 岩手県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする