2015年06月29日

第1239夜:空の竜宮城W〜自宅出張編〜【妙法寺(神戸)】(その三)

 妖刀を手にしたT中氏は、我らの眼前で実演に移った。まな板の上に野菜が置かれた。妖刀をすっと引く。第二の陣は「野菜の刺身」である。まさにグルメ漫画の世界でしかお目にかかったことのない筍の刺身、そしてトマトとニンジンである。3種とも産地も品質もこだわりを極めている。わさび醤油でいただくのだ。

 筍を口に運ぶ。……。瑞々しさが破裂する。柔らかいのに歯ごたえが充実。1年でこの時期しかない、小さすぎても大きすぎても適さない絶妙の旬。トマトのジュワっとした甘みと酸味、ニンジンのカリコリしたタップダンスのごとき音色が心を浮つかせる。

 第三の矢が放たれた。マグロかカツオの刺身だろうか。生姜が少し添えられ、軽く白ごまがまぶされている。ヅケのように仕込まれているようだ。何だろうか。「鯨のユッケ」だった。

 耳を疑った。目を剥いた。これまで牛や馬などのユッケを口にしてきた。マグロのユッケもあった。鯨は初めてである。ユッケといっても、生卵が絡められているわけではない。

 ウォォと呻き声を漏らしながら口に運ぶ。……。ぶっ飛んだ。鯨の臭みゼロ。純粋に昇華した旨みだけがふんわりと残り、溶けて消える。タレの主張が控えめなので素材の旨みが最大限ギリギリのバランスで屹立している。

 いつの間にか極上の日本酒が空に。続いて取りだされたのは木箱に入れられた大吟醸酒「心」。シンプルかつ自信に満ち溢れたネーミングである。蔵元は久留米の山口酒造場。今度はグラスではなく、T中氏が持参したぐい飲みでヤる。

 第四の矢が突き刺さった。鮮度抜群で甘み際立つ烏賊の刺身。その上にたっぷりと生海胆がトッピングされている。烏賊だけ攻めてもよし、海胆だけ抱きしめてもよし。この二つを絡ませて口に運ぶ。1+1=2ではない。1+1=10000になるのだ。

 豪華絢爛な演目の雨あられ。シアワセすぎてクタクタになるという稀有な経験。大吟醸をグイグイ喉に放り込みつつ、チェイサーのように缶ビールを流し込む。すでに満腹に近い。談笑する間もなく、第5の陣形が編まれた。ここにきてまさかの刺身盛り合わせである。

 白く輝く烏賊の上に蟹の身が解されている。鮪の赤身も優しいのに鮮烈。イサキ(アマダイだったかな)のお造りの桃色たるや、これぞ日本の春爛漫。美しい絵皿に並べられている、美しきジャポニズム。添えられている野菜の細工ぶりも涙腺を刺激する。

 これらを目と舌で味わい尽くし、大吟醸の消費ピッチを加速させる。酔いも回ってきた。ほっと一息つきたい。そんな思いを見越してか、第6の矢が優しくふんわりと飛んできた。椀物である。湯気が嬉しい。三陸宮古から直送された「どんこ(エゾアイナメ)の味噌汁」。三陸を代表する食材を北九州屈指の包丁人が捌くという夢のコラボが実現する。〔次夜完結〕

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筍の刺身。この木のまな板もプレゼントして下さった。

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驚愕のセンスとバランス。鯨のユッケ。

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海胆と烏賊の甘みが天空で一つに。

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圧倒的鮮度と旨さの刺身軍団。
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2015年06月28日

第1238夜:空の竜宮城W〜自宅出張編〜【妙法寺(神戸)】(その二)

 第一陣として3皿が陣を敷いた。一の皿には旦過市場自慢の惣菜が。鯨のサエズリ、子持ち蝦蛄、ポテトサラダ、小倉かまぼこ。二の皿には蒟蒻と筍と牛肉の煮付、生の蕗、プチトマト。三の皿には貝の酢味噌和え。

 すべての品に由来があり、ドラマがある。T中氏が産地やこだわりを一つ一つ丁寧に教えて下さる。しかし私は眼前の光景に圧倒されて上の空。自宅なのにこれほど緊張を強いられるものなのか。T中氏が「自宅なんだからリラックスしてくださいよ〜」と声を掛けて下さるが、私だけでなくM渡氏も肩パットを入れたように圧倒されている。

 下品を承知で迷い箸を繰り返す。完璧な陣を崩すのは容易ではない。熟考を重ね、最初に鯨のサエズリに狙いを定める。口に運ぶ。……。鯨ベーコンを幾重にも深く掘り下げた妙味。大阪の某超有名おでん屋の高級ネタとしても一部では知られているが、私にとっては到底届かぬ高値の珍味。思わずため息が出る。

 子持ち蝦蛄のコクと濃厚さは筆舌に尽くしがたい。今まで口にしてきた蝦蛄(ガレージなどというダメオヤジギャグを言ってはいけません)とは全くの別物。ポテトサラダもこれだけでコップ酒1杯は空になる。

お聞きしたはずの貝の名称も失念したが、プリプリである。貝好きにはこれだけでメイン料理でもある。煮付の仕事ぶりも完璧で、生の蕗の鮮烈なみずみずしさと豊かで甘みすら感じられるほろ苦さに目を細める。

 T中氏が最も旨いと推奨する地酒「義俠 侶(ともがら)」。愛知県愛西市の山忠本家酒造という蔵元である。兵庫県東条産特A山田錦100%使用。冷酒グラス(これもT中氏が持参)でクイクイ。料理の味を最大限膨らませる銘酒である。強く主張せず、一歩引いて料理の味を引き立てる。オトコっぽさの中に、寄り添い支える内助の功の味が潜む。

 第一陣の攻勢で最早KO寸前。T中氏持参の有田焼(多分)と思しき絵皿と我が家の100均(多分)皿とのコントラストが凄まじい。料理は五感で味わうものであることを改めて痛感。

 T中氏が包丁を取り出した。普通の包丁ではないことが素人(私)でも分かる。妖気を帯びているのだ。T中氏のお店(鮮魚店)に伝わる門外不出の秘伝の`業物´。今回、初めて関門海峡を越えてきた。甲子園の優勝旗が津軽海峡を渡ったこと以上の異業といえる。

 触れるだけで血が噴き出しそうな妖刀の切れ味はいかほどか。T中氏が新聞紙を掲げ、刃を当てた。シュッというコンマ1万分の1以下の音を立てて、新聞紙が両断された。こんな包丁で怪我をしたら、ガマの油を塗りこんでも効かないだろう。〔次夜その三〕

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隙のない第一陣。これだけで至福。

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激レア日本酒を解説されるT中氏。

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門外不出の妖刀は新聞紙を両断。
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2015年06月27日

第1237夜:空の竜宮城W〜自宅出張編〜【妙法寺(神戸)】(その一)

 出張料理人。グルメ漫画の世界や大金持ちが自宅に有名シェフを招いて豪遊したという現実離れした世界で活躍する凄腕である。私のような一般庶民にはまず縁のない存在である。

 築10年を超える神戸妙法寺駅前の我が自宅マンション。世間を騒がしている免震積層ゴム性能不適合が指摘されており、そのグレードは推して知るべし。一応は3LDKだが決して広くなく、厨房と呼べるものはなく通常のキッチン。包丁の切れ味たるや100キンのカッターナイフに劣るほどである。

 出張続きで月10日も自宅不在の巣に、諸事情から北九州の台所・旦過市場から凄腕の出張料理人がアヅマ亭で腕を振るって下さることになった。凄腕と私の間を取り持ったのは、K九州商工会議所M渡氏。凄腕の名は数か月先まで予約が埋まっている超人気割烹居酒屋<空>のオーナー・T中氏。実現の運びを知らされた時、最初は半信半疑、後に感動でむせび泣いた。

 GW本番を迎えつつある4月下旬の日曜日。そわそわしながら自宅で待機していると、発泡スチロールに詰められた食材が届いた。かなりの重量である。事前の食材が届けられると聞いていたので待機していた。ふと差出人を見ると、北九州からではなく何故か三陸宮古。大津波以降足かけ4年以上仕えている末広町商店街S香理事長からだった。

 私の頭の中でクエスチョンマークが100ヶほど飛び交った。なぜ佐K親分からなのか。単なる偶然だろうか。数時間後に知ったが、M渡アニキがS香理事長に宮古の旬の食材発送を依頼していたそうだ。理事長からはトン単位で送ろうか(冗談)という申し出があったらしい。後日、理事長にお礼のメールを送った。すかさず返信が。以下、その抜粋である。

「奥様にご賞味頂き、喜んで頂けて何よりです。サクラマス(桜鱒)は三陸の春を代表する魚ですが、お送りしたのはサクラマスの中でも、漁師が別格の太鼓判を押した当地ではママス(真鱒)と呼んでいる物です。馬Wさんから電話を頂いたお蔭で、私も仲間に入れて頂き、少しだけお役に立てて安堵しています」

 発泡スチロールの中には、巨大なサクラマスが1本、これほど大きなサイズは見たことがないエゾアイナメ(ドンコ)3匹、旬を迎えた山菜(しどけ)、謎の海草(まつも)だった。

 雲が一つぐらいしかないほぼ快晴の正午。最寄駅までお越し下さったM渡氏とT中氏を自宅までご案内。大量の荷物である。何が入っているのだろうか。

 T中氏はコーラ、我らは缶ビールで乾杯した後、T中氏は休む間もなく厨房へ。1時間近く昼ビールを呑みながらM渡アニキらと談笑していると、普段は殺風景な我が食卓テーブルがにわかに色づき始めた。自宅にはないランチョンマット、コースター、そして有田焼と思しき美しい絵皿が並べられている。竜宮城<空>の門が開いた。宴の始まりである。〔次夜その二〕

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三陸宮古のS香理事長から贈られてきた巨大な旬のサクラマス。

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同じくS香理事長から贈られてきた、肝がたっぷり身につまったドンコ(エゾアイナメ)。

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我が家の狭き台所で腕を振るって下さる北九州小倉旦過市場のT中氏。
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2015年06月24日

第1236夜:絶品ナンはカレー要らず【岡崎(愛知)】

 ナン。通常の日本風カレー屋ではなく本格派インド系料理店でお馴染みのインドや西アジアでお馴染みのパンの一種である。

 私はカレー`ライス´は好物である。しかし、サラサラしたスープのごときスパイシー系ではなく、具だくさんのドロドロした、市販のルーを使ったいわゆる家庭系を偏愛している。

 レトルトカレーも好もしく、日本最強の業務用カレーメーカー・MCC食品様の一箱400円クラスの高級系は無敵だが、財布との相談が必要。最もお世話になっているのが、30年近く食べ続けている200円台半ばの「カレーLEE×20」である。常に買い置きしている。

 カレーは晩酌にも適している。ただし、カレー「ライス」ではなく、ライス抜き。ルーや具をツマミにビールや焼酎、ウィスキーを流し込む至福は余人に代えがたい。

 ある4月の夜遅く。愛知岡崎のまちづくり幕府で食客軍師として評定を終えた私は、上様、大老、老中、側用人のお歴々に連れられるまま、愛知県内に複数店舗を構える超人気インド&ベトナム料理店<スバカマナ>さんのドアを開けた。一瞬で覚えられない複雑な店名である。

 生ビールでガツンと乾杯し、妙に旨いピーナッツ炒め野菜に箸を伸ばしていると巨大なナンが運ばれてきた。バケットからはみ出ている。こんがりと焼き目が付き、実に食欲をそそる。

 鼻息を荒くしつつ手を伸ばそうとしたら、ピザと思しき円盤状の物体がテーブルに着陸した。色とりどりの具もトマトソースもない。プレーンピザだろうか。

 我が隣に鎮座されているM井将軍が目を輝かせ、これ絶対に旨いから!と勧めて来られる。私は手を伸ばした。表面を覆うチーズが寄生獣のミギーのごとき凄まじい伸びである。

 空いている左手でチーズを手刀し、ようやく口に運ぶ。……。タージマハルが砕け散った。モヘンジョ・ダロが空に浮かんだ。ガンジス川が逆流を始めた。なんだ、これは。ピザのようでピザではない。生地に甘みがあり、ふんわりとしている。「チーズナン」だった。

 表面だけでなく記事の中にもチーズが埋め込まれており、超高カロリーと推測されるが伸ばす手が止まらない。家康公も国内天下統一よりインド統一を優先させる驚愕の旨さだ。

 私一人で5切ほどあっという間に食べつくしてしまった。凄まじい満腹。シメのタンドリーチキンも天晴な仕事ぶり。氷少な目の濃いハイボールが実に料理に合う。お会計でさらに驚嘆。信じられぬ安さ。単位が円ではなくルピーではないか(ご馳走になってしまいましたが)。

 上様改めマハラジャとA井老中と満腹だが岡崎の夜のオアシス<バイシャンタン>へ。辛味噌ラーメンにキャベツとネギをそれぞれ通常の倍にトッピングするというメニューにない必殺の上様スペシャル。麺が全く見えぬが、麺は別腹。お釈迦様が悟りを開く勢いで熊啜する。

 翌朝。凄まじい胃もたれである。ホテルの無料朝食バイキングを軽く無視し、天然温泉大浴場で小腹をすかせ、マハラジャと店内ほぼすべてをアルミホイルで内装している電波系ぶっ飛び喫茶店でモーニング。卵サンドにゆで卵が付いてくるあたりが名古屋圏である。

 岡崎は何故かエスニック料理店が多いように思える。岡崎名産の八丁味噌もある意味で日本のエスニック。
サンドイッチを頬張りながら、昨夜のチーズナンを思い出す。カレーに浸しても旨かったが、カレーなしでも十分に満足な完成度。私はカレーライスのライス抜きを酒の肴に愛しているが、カレーチーズナンのカレー抜きに目の前の視界がパッと開けた。

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驚嘆のチーズナン。
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2015年06月23日

第1235夜:黒潮造りと揚げたたき【Aho‐Boiled】

 黒潮造り。揚げたたき。「黒潮」「たたき」という語感に何となく「高知」を連想させる。高知といえば龍馬氏、そして私が愛してやまない「鰹」だ。

 NPO法人いたみタウンセンター、そして弊社スタッフとしても活躍したA菜嬢の結婚披露宴が2015年3月上旬、大阪本町で開催された。二十代半ばのお二人なので、出席者も若々しく実に良い雰囲気に包まれている。アナウンス部(だったかな)出身のA奈嬢の挨拶はさすが堂々としている。司会の美女もプロ(なのかな)ではなくA菜の同級生らしい。

 マダム理事長やウッチー事務局長、Y中嬢や会議所T中氏と最前列のアリーナ席へ。普段は食べ慣れぬ豪華料理のフルコースに舌鼓。ビール、ジントニック、ワインをこれ見よがしにガバガバ喉に放り込む。天候には恵まれなかったが素晴らしい披露宴だった。14時過ぎには閉宴したので、梅田でマダムと串カツ屋でタルハイを流し込む。

 2014年度は我が元部下や弟子たちの結婚ラッシュ。まちづくりを仕事にしつつ結婚できる甲斐性が備わってきたということは、業界の未来は明るいだろう。裾野も広がっている。私が業界入りした1999年(当時24歳)など、若手はほぼ皆無だった。

 披露宴の引き出物はカタログギフトがすっかり主流。帰宅後に吟味する楽しみがある。昔は食器などが目立ったが、重くて嵩張る。開封すらされていない食器類が自宅に溢れている。

 カタログギフトに関しても、昔はモノと交換することが多かったが、最近は普段手が出ない豪華な食べ物を選択している。A菜嬢からのカタログを我が家の家族会議に諮った結果、「鰹のたたき」に決定。後日冷凍便で送られてきた。高知で以前食した塩たたきが忘れられない。

 開封する。真空パックが施された大きなサクが4本。「黒潮造り」と「揚げたたき」が各2本づつ。ともに静岡(焼津)産である。はて、その違いは?同封の説明書に目を通す。

 「黒潮造り」は表面を軽く炙り美味しさを閉じ込めているとのこと。「揚げたたき」は一本釣りのカツオのみ使用し、皮と血合を取り除き、臭みが無く赤身の発色が美しいのが特徴でサラダ風に食べるべしと書かれている。

 半分凍っている方が我が家の包丁では身崩れせず切りやすい。鰹には生のニンニクスライスが欠かせない。刻み葱をたっぷり散らす。北九州若松<若松んもん やおや>で買った新玉葱のスライスを皿に敷き詰め、その上に鰹を並べる。そして、ポン酢を大量にぶっ掛けた。

 黒潮づくりはより刺身に近い。揚げたたきはよりサッパリと味わえる。ひと房で30切れほどもあるので、食べても減らないという至福。それを4回も満喫することができた。

 若いお二人は、いつまでも初々しくサッパリとした「初がつお」状態を維持していただきたい。くれぐれも実家へ「戻りがつお」にならぬように。

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自宅で満喫、揚げたたき。
posted by machi at 06:48| Comment(0) | あ〜ほボイルド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする