2014年11月30日

第1097夜:軍艦防波堤【若松(北九州)】

 軍艦防波堤。軍事軍艦マニア以外は全く聞きなれない用語である。太平洋戦争終結後、旧日本海軍艦艇の多くは連合国に引き渡されるか解体されたが、何隻かは解体されて何故か防波堤として利用されたそうである。北九州の港町・若松には駆逐艦「柳」の船体を沈設して作られた防波堤が未だ残っている。

 毎月若松を訪れている私は、街中だけでなく区内を隈なく視察したつもりだったが、軍艦防波堤の存在もその名称も全く存じ上げなかった。若松区民でも認知度は低いそうだ。

 2014年9月下旬の夕方。紀伊田辺から6時間以上かけて若松入りした私は、早速K九州商工会議所若松サービスセンター・K本センター長のご案内で軍艦防波堤を視察した。商業まちづくりが主戦場の私にとって、なじみの薄すぎる分野である。なぜK本氏が私を案内したのか。宇宙戦艦ヤ●ト世代の氏は、軍事オタクというより軍艦・廃墟マニアであるからだ。

 観光部局にも在籍していたK本氏は、貴重な観光資源となる可能性を秘めた軍艦防波堤を発信し、地域活性化の起爆剤にできないか。それを探るべく、誰に頼まれたわけでもないのに休日に朝から晩まで一人で防波堤に佇み、軍艦防波堤目的で訪れた人数をチェックしていたという。軍艦にも廃墟にも興味のない私には、その情熱に頭が下がるばかりである。

 中心市街地から車で10分から15分移動。広大な敷地のエコタウンを抜けていく。何の看板表示もなく、ガイドブックにも載っていないなので、イチゲンが辿り着くことはまずないような分かりにくい場所に防波堤があった。車を降りると、数人の男性が見えた。おっ、人気あるではないかと近寄ってみると、全員釣り人だった。知る人ぞ知る釣りスポットのようだった。

 戦艦大和の駆逐艦だった「涼月」「冬月」は大破しながらも奇跡の生還を果たす。以降、いろいろあったみたいで現在はコンクリートの下に埋められその姿を拝むことはできないが、大和の駆逐艦ではなかったらしい小型の「柳」は、その形状が垣間見ることができる。

 「柳」は基準排出量755t、全長約85m。大正6年に誕生し、昭和15年除籍になるまで世界の海で大活躍。大正7年にはフランスの輸送船を助け500名以上を救助し、勲章を頂いているそうだ。「涼月」「冬月」と比較するとかなり小さいそうだが、実際に目にして周囲を歩いてみると、その迫力と歴史に圧倒されそうになる。

 軍艦防波堤の対岸は、日本近代化の象徴・八幡製鉄所が見える。明治から大正、昭和への激動の時代を経て、平成になっても防波堤として若松の港を守り続けている。先端に残っている舳が、悠久の重みを感じさせる。

 来年(2015年)は戦後70年。軍艦・廃墟マニアだけでなく、若松の軍艦防波堤は一般市民にも熱い注目を集めるかもしれない。

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軍艦防波堤。現在は釣り人の穴場スポットに。
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2014年11月24日

第1095夜:サタデー・ナイト・プチフィーバー【若松(北九州)】

 『サタデー・ナイト・フィーバー』。●●年前、全世界でディスコブームを巻き起こした若き日のジョン・トラ●ルタ氏の出世作である。この作品のインパクトが強すぎ、タランテ●ノ監督『パルプ・フィクション』までト●ボルタ氏は逆に低迷してしまったそうだ。

 白スーツを着込みYシャツを大きくはだけて右腕を大きく掲げ、指さしと寄せ眉と独特の膝の角度を決めたあのポーズはいまだにパロディ化されている。ちなみに『パルプ〜』は鮮烈に覚えているが、『サタデー〜』は昔ビデオで見たが全く覚えていない。

 ある夏の夜のサタデーナイト21時。北九州若松地区の呑み屋街を商店街の若旦那衆とフラフラ鮫歩していた。とりあえず、生。何をおいても、生。月2回程度若松の夜をヘロヘロ歩いている私は、特にこれといってどうしても口に入れたいものはない。まずは生をノドに放り込めれば、それでよい。ゆえに店はどこでもよい。

 若松の呑み屋が集積していそうなエリアは、21時だが人通りがまばら。土曜日ゆえか、サラリーマン風などほぼ見かけない。金曜ならともかく、土日祝は商売が厳しいのかもしれない。

 若松で呑む際は、基本的にいつも店を決めず予約せず、思うがままに飛び込んでいく。4〜6人程度なので、まあどこでも大丈夫だろう。余裕をこきつつ旦那衆と鮫歩しながら、とりあえず手近な居酒屋に入ろうとした。ところが、満席である。すぐ近くの店の暖簾を潜ったが、ここも満席。さらに移動して様子を除いても、満席で門前払い。

 外の人通りと中の混雑の激しいギャップ。なぜかモ●バーガーまで外に客が溢れている加熱ぶり。思わずトラボ●タ氏があのポーズを決めた時の表情のごとく、眉を八の字に。まさにサタデー・ナイト・フィーバーである。恐れ入った。S本氏が八百金ウシジマくんに放った「若松をなめたらいけん」という言葉に激しく首肯する。

 さらに歩みを進めて、ようやく数軒目でシブい小上がりの割烹風居酒屋へソフトランディング。生ビールで同行諸氏らとガツンと乾杯した後、量たっぷり、味付けしっかり濃い目メニューが酒を進ませる。八海山や久保田も凄まじいピッチで空いていく。

 お通しの鱧に始まり、馬刺、ネギトロ……。豚しょうが焼は普通とスペシャルの2種類。両方注文。普通はバラ肉と玉葱を炒めた定番系。スペシャルはとんかつ用の厚切りを焼いてキノコ入りあんかけソースをたっぷり絡めた逸品。どれも絶品。串カツや唐揚はビール、馬刺は焼酎、刺身は日本酒。この店も他のお客に賑わっており、よく入れたもんだと奇跡に感謝する。

 急用が入ってしまい、それを片付けてから3軒目から合流。夜中2時前なのにひっきりなしに客で溢れるホテル横のバーへ。オールドクロウをロックでヤリつつ、若松一熱い男・八百金ウシジマくんと朝3時まで鯨飲。若松の土曜のフィーバーぶりにポテンシャルの高さを思い知らされた嬉しい夜になった。その夜以降も、どのお店も満席ばかりだ。

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豚しょうが焼の食べ比べ。
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2014年11月23日

第1095夜:ヨコ糸×タテ糸【八尾(大阪)】

 あゆみ。女性の名前ではなく、「新環山楼塾と環山楼塾OB研究会の交流会」にて配布された、平成12年発足の環山楼塾OB研究会様の2014年10月1日現在までの`あゆみ´を記録された冊子である。

 大阪府八尾市内の若手経営者(候補含む)育成交流塾「環山楼塾」は10年間開催された後、10年間休止。そして2014年、新たに21名の塾生が参加して復活した。便宜上「新環山楼塾」と呼ばれているが、「旧」も「新」も関係なし。環山楼塾は、一つであるようだ。

 2014年10月1日。半年間のカリキュラムを終え、卒業した現役環山楼塾生と百戦錬磨のOBの皆さま方による交流会が、大阪上本町の中華料理店で開催された。現役にとっては久々の旧交温めと更なる展開を期待して。OBにとっては更なる交流の場として。

 新環山楼塾のカリキュラム作成や進行のお手伝いを仰せつかってきた私は、OB研究会様よりゲストとしてお招きいただいた。当初、事務局から「何か一言挨拶を」と言われていたので、一言だけ考えて会場入りすると、司会のT中氏から「30分時間を取っている」と告げられた。次第に目をやると、挨拶の後「講義 東朋治」と書かれている。冷や汗が流れた。

 私は人様の前で舞台営業する際は、パワーポイントを必ず用いる。プロジェクター等が準備できないなど止むおえない場合は、何か資料を作成してお配りする。徒手空拳で何か話すなど、とても耐えられない。しかし、気合一発乗り切るしかない。慌ててメモで整理する。

 19時開演。S藤代表幹事ご挨拶の後、私の出番。頭が真っ白になる。とても30分持たぬ。普段は絶対に目を通さないメモを頻繁に確認しつつ、しどろもどろにグダグダと何か話す。

 10分ほど話しただろうか。もうギブアップだ。マイクから離れて席に戻ると、私はちょうどキッカリ30分も話していたらしい。途中、一切時計も観なかったが、10分のつもりが30分。体内時計が正確なのではなく、狂いすぎて一周したようなものだろう。

 御役目を一応終えた私は、現役やOBの皆さま方と談笑しながらビールや紹興酒を呷る。ノドに染み込む。安堵感が旨さを倍加させる。

 中小企業診断士のY本先生にご教授いただいたが、最大の広報手段は「クチコミ」。それも「満足した人のクチコミ」であるそうだ。次年度以降、新たな塾生を募集するためには、事前期待よりも事後満足が上回った方によるクチコミが最も効果的だろう。

 環山楼塾の資源は「人脈」「知恵」「行動力」と無限にある。同じ境遇で同じ釜の飯を喰らう仲間は、先輩後輩の分け隔てなく、新たなコラボを展開して八尾オリジナルの製品・サービス・技術を生み出していただきたい。ヨコ糸(同期生)とタテ糸(先輩後輩)を紡ぎ、八尾という大きな帆布を編んでいただきたい。その帆布に、様々な未来を描いていただきたい。

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八尾環山楼塾OB現役交流会。
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2014年11月20日

第1094夜:紺屋も町づくり【田辺(和歌山)】(後編)

 Y本先生が譜面を手に、即席ステージへ。ギターを手に、甘い歌声と優しい弦さばきで往年のフォークの名曲を熱唱し始めた。先生は「ブルーマウンテンバンド」なるユニットを組んで有料ライブも開催しているほどの芸達者。完全に貸切ライブ状態だ。

 濃い目ハイボールの杯を重ねながら、先生のフォークに聞き入る。無音のカラオケ画面に映る若き日のマド●ナ様のPVとのギャップがスゴイ。先生が数曲熱唱した後、先生の伴奏で我らも唄うことに。贅沢極まりない生演奏である。皆さん、本当に歌が巧い。

 先生が持参した譜面の中から、オンチの私は往年のガールズバンドの大ヒットバラードを選択。これほど気持ちよく外したことは久しぶりである。

 楽器店のM内氏が先生からギターを奪い取った(返して頂いた)。いきなり壮絶テクを披露し始めた。同じアコギ1本で、ライブハウス会場(スナックですが)の空気が一変。これまでに溜まったマグマを噴出させるかのごとく、立て続けに弾き語り熱唱し始めた。

 店のママもおネエさんも、氏と長年苦楽を共にしてきた同行氏たちですら驚嘆と戸惑いに翻弄されている。楽器店経営なのだから、多少は弾ける程度と思っていたらしい。ちなみにママは氏のことを、下腹部のウツボとお稲荷さん2ヶを股に挟んで背を向け、お尻から少しだけその先端を覗かせる芸一択のオチャメさんと思っていたそうだ。

 一気にヒートアップ。同行氏たちはジュークボックスのごとくM内氏にバラードをリクエスト。どんな曲でも完璧に歌い手に合わせ、盛り立ててくれる超絶技量。私もゴキゲンに『恋人も濡れる味光路♪』を恥唱。濃い目ハイボールがノドを滑っていく。最高の気分だ。

 我慢できなくなったのか、青白い炎をメラメラ滾らせていた紀伊田辺の変態仮面・O崎氏がガガではなくリンダの方でウララ〜ウララ〜♪と唄い始めた。生演奏バージョンは初めてである。マイク片手に器用に片腕で上着とズボンを脱ぎ、トランクス1枚に。さらにクロスアウトすると、股間部に「まちゼミ」ロゴがプリントされたTバックショーツ。

 どうにも止まらない〜♫。氏の激しいコシ振りダンスに、お稲荷さんが横っちょからコンバンワ。ママらも注意することなく爆笑。ウツボや稲荷を出そうが、勝手にライブハウス会場に変えてしまおうが、常連様ならOKといった感じの剛毅な店だ。歌い終えたO崎氏がTバック姿のままカウンターで一人酒を嗜む紳士に「すいませんでした」と誤っている姿も魅力的だ。

 Y本先生のオリジナル曲(なんと3曲)でお開き。そのままメンバー7人全員で明け方4時まで開いている居酒屋兼麺兼丼の名店<一吉>さんへ。夜中1時から生ビール&ポテトフライで再スタート。シメは各々が選択した麺類。私は和風ラーメン。

 夜中2時。宿舎<紺屋町家>に戻る。まさに、今夜もまちづくりならぬ「紺屋も町づくり」な最高の夜。街は、町は、まちは、夜に作られる。酔っ払いたちの妄想と勢いと下半身で。

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スナックが即席ライブハウスに。
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2014年11月18日

第1093夜:紺屋も町づくり【田辺(和歌山)】(前編)

 <紺屋町家>。和歌山県田辺市のまちづくり会社・南紀みらい鰍ェ管理運営する、古民家を再生した中心市街地の外れにあるゲストハウスである。外観は思いっきり風情ある民家で看板も極めて目立たぬが、古の田辺に想いを馳せることができる一日一組限定の2階建一軒屋だ。

 外観は味わい深く、中に足を踏み入れても木の香りが鼻孔をくすぐり、本当に清潔。Wi∸Hi完備、全室空調、洗濯機、広々と清潔な浴場とトイレ、雑魚寝なら軽く10人は横に慣れそうな2階の2室。1階のTV付リビング……。最高である。文士になった気分だ。一人で貸切っても8000円。2名ならひとり5000円、6名ならひとり3000円。弁慶も真っ青の鬼安である。

 2014年8月下旬の日曜日。田辺創業ゼミ最終回。思いっきりトラブル頻発の特急で何とか田辺に上陸した私とゼミ講師のY本中小企業診断士は、商工会議所N本氏の案内で本日の宿である前述の<紺屋町家>に入った。二人とも歓声を上げるほど上質の空間である。

 午後1時。雲一つない絶好の室内セミナー日和に恵まれた。全5回シリーズ最終回はY本先生のご指導を賜りながら受講生たちが考え抜いたビジネスプランを、皆の前でテーマ→結論→根拠の順でプレゼンテーション。緊張と高揚が高まる。

 白熱のため大幅に時間を延長し、受講生たちのプレゼン終了。内容を一つずつ紹介したいが、プライバシーもありここでは割愛する。皆さん、本当に真剣に取り組んでこられた。ヒシヒシと伝わる。業界擦れした私ですら唸らされる提案もあった。

 Y本先生の総括が素晴らしい。買い続けてもらう仕組みづくりを構築するための最大の広告宣伝は「クチコミ」。それも、「満足した顧客のクチコミ」。ちょっとした満足を提供して事前期待よりも事後満足の充実を目指していくべきという。受講生も私も激しく首肯する。

 創業ゼミのコースは終了したが、これはスタートである。今後はイベントへのチャレンジ出展、受講生および創業者を商店街・会議所・市が一丸となってサポートしていく体制づくりが進められていく。ぜひ、商店街でハッピーな人生をその手に掴んでいただきたい。

 事務局&関係者連絡会議終了後、味光路<ぽいんと>さんへ8名で押しかけ、焼酎炭酸割り紀州南高梅入りを満喫しつつ、絶品料理に舌鼓。安堵感が酒と肴の旨さを倍加する。

 2軒目は青年部御用達の何をしても(だいたい)許される大人気スナック<KISS ME>さんへ。楽器店若大将・M内氏がいきなり持参してきたギターと新品の譜面台とこれまた新品のマイクスタンドをセッティングし始めた。それほど広くない店内で、我々は7人でボックスを占領しているが、決して貸切ではない。カウンターで一人紫煙を燻らせている常連客もいる。

 M内氏がギターの調律を始めると、私の隣に座るY本先生がカバンから私には謎の機械と譜面を取り出した。……。うん?どういう展開なのだろうか?〔次夜後編〕

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入って驚愕、紺屋町屋。

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白熱するビジネスプラン発表会。
posted by machi at 10:14| Comment(0) | 和歌山県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする