2014年09月28日

第1061夜:万年筆と手羽先と私【岡崎(愛知)】

 <ペンズアレー タケウチ(旧竹内文具)>。愛知岡崎が発祥の「まちゼミ」において、万年筆に特化した取り組みを進めたことで凄まじい成功を遂げられた文具店である。移転して新たな新社屋を構え、店名もリニューアル。ますますファンを増やし続けている。

 私はこの15年ほど、住所より長い文章を書いた記憶がない。ほとんどパソコンで、書くより打つことが圧倒的に多くなった。ただでさえ読めない字がますます悪筆に。普段は特に困らないが、冠婚葬祭時の芳名記帳など、達筆の横で赤面してしまいそうになる。

 まちゼミでの万年筆事例を何度となく拝聴し、以前から興味が沸いていた。ただ、かなりの高額であることは容易に推測できる。一人なら尻込みしそうなので、愛知岡崎まちづくり幕府の側用人・Yうみ嬢に同行していただく。

 店内は宝石箱のように煌めいている。万年筆以外にも文具好きのココロをくすぐる逸品ばかり。ハンズが好きな人なら一日居ても飽きないだろう。お店の女将さん(GM)に懇切丁寧にご説明いただく。10種類ほど試し書きさせていただく。様々なペン先、インクの色。太さと細さ。書き味が全く異なる。店内は1000本の万年筆、300種類のインクが常備されているという。

 値段も無限。1万円程度から蒔絵のごとく煌びやかな装飾を施された逸品もショーケースにある。長考し、私は最安値と思しき中細のFM(よく分からぬ)を選択。私は筆圧が強いので疲れやすいが、書き慣れると力を入れずに滑らすように使いこなせるという。保証書付の文具購入は初めてだ。妙に緊張する。ポイントカードや割引券など特典も豊富だ。

 昔はジッポーも愛用していたが、呑み屋で泥酔するので必ず無くす。傘など同じものを3回使った記憶がない。万年筆も内ポケットからさっと出してサラサラ書くと格好いいが、呑み屋でそんなことして見せびらかしたら確実に無くしそうだ。

 まちゼミの魅力は店のファンになり、この店から買いたいと思うことだろう。個人的には高額商品や高額サービスほどまちゼミと相性は良さそうだ。十数年愛読している雑誌『商業界』編集長様も取材に来られていた。名刺交換させていただく。光栄至極である。

 東岡崎から名古屋へ。会議中に弁当を頂いたが、私は空腹でないと集中力が切れるのでキャンセルしていた。時間は夕方。空腹である。久々の名古屋。当初は贅沢にひつまぶしで地酒プランだったが、思わぬ嬉しい散財で名古屋手羽先界2強の一角<風来坊>で生ビールに。

 注文を待つ間、万年筆を取り出した。何かに書きたくてたまらない。カウンターで一人、財布から何かのレシートを取り出す。裏の白地に自分の名前を漢字やひらがなで試し書きする。

 心なしか悪筆が改善された気がする。1本の万年筆が男のグレードを上げてくれるかもしれない。ただし、隣のカップルや店員にとっては、居酒屋のカウンターで自分の名前を一人で書いてニヤニヤしているヘンなオヤジにしか見えなかっただろうけど。

140928風来坊&万年筆@岡崎→名古屋.jpg
嬉しくて 万年筆で なぐり書き
posted by machi at 07:20| Comment(0) | 愛知県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月26日

第1060夜:アルミホイルの館【岡崎(愛知)】

 モーニング。全世界的には「朝」、青年から中年男性にとっては「週刊マンガ誌」、そして朝食愛好家にとっては喫茶店のお得なモーニングを指す。市場の倅だった私は幼少の頃からよく喫茶店モーニングを満喫していた。お年寄りのパラダイスと化している店ばかりだ。

 台風が日本列島を蹂躙した2014年の8月。公共交通運休や遅れで夜中24時半ごろ愛知県岡崎市のホテルにようやくチェックインした私は翌朝、大浴場で移動疲れの強張りを解した後、心をときめかせていた。柏から岡崎に嫁ぎ、岡崎まちづくり幕府の側用人を務める業界屈指の美女・Yうみ嬢から喫茶モーニングのお誘いを受けていたからである。

 ゆUみ嬢が私を案内したのは<麻雀 喫茶 丘>さん。喫茶の前に麻雀とあるところもキッチュだが、外観も独特。個性が突き抜けており、イチゲンなら二の足を踏むこと必至である。

 いざ店内へ。……。私は、茫然とした。壁一麺がほぼ銀色に覆われている。それも、どう見てもアルミホイルだ。壁だけではなく、細かい造作部分までアルミホイルでカバーされている。アルミ処理は一般的だが、アルミホイル処理は仮装大賞でしかお目にかからない。

 最初、いわゆる「電波系」と感じた。このシュールさの虜になっている美女(ゆうM嬢)と同伴だったので踏みとどまったが、これがヨソの家なら一目散に脱出していただろう。喫煙ゾーンはビニールシートで覆われ、ヘンな宇宙人に隔離されている気分に浸ることができる。

 AセットからCセットまでモーニングがある。私たちはBセットを注文した。トースト、サラダ、ハムエッグ、ゆで卵、ドリンク(珈琲)。まさかの卵かぶりに心震える。目玉焼とゆで卵をこよなく愛する私にとって、痒いところに手が届くメニューだ。

 側用人嬢と談笑していると、岡崎幕府のM井将軍が房総半島の鷹狩から直接岡崎城下にお戻りあそばし、喫茶モーニングに合流。将軍もこの店は初めてらしい。

 店内を見渡すと、目がチカチカしてくる。喫茶店は照明を落としがちだが、方向性は真逆。たまりかねた将軍が、銀色のエナメルスーツではなく黒基調のシックな装いで固めたママさんに、なぜこんな内装を施したのか尋ねられた。答えは明快。「前の壁が暗かったから」。

 家康公の生まれた城下町らしく、充実のコミック棚は家康公関連の作品が幅を利かせている。続々と年配サラリーマンが席につき、思い思いのフリータイムを満喫している。

 名古屋を聖地とする東海地方は喫茶モーニングの過剰ぶりが有名。こちらのお店、量ではなく内装の過剰ぶりが秀逸。要所にマニア心をくすぐる仕掛けが施され、思わず笑みが漏れる。

1960年代SFに登場する宇宙船のごとき店内で、香り高い珈琲を楽しみながら、ゆで卵の殻を剥く。シュールすぎるアルミホイルの館で、岡崎の一日が始まる。外は快晴。風もない。昨夜の暴風雨が夢幻のようである。

__.jpg
煌めく店内。宇宙船のよう(乗ったことありませんが)。
posted by machi at 08:58| Comment(0) | 愛知県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月24日

第1059夜:定年のないシアワセ【田辺(和歌山)】

 田辺創業ゼミ。台風が日本列島を直撃し、大阪と和歌山方面を結ぶ特急全便不通の究極悪天候だった2014年8月10日。全5回シリーズの第1回が田辺商工会議所で開催された。

 創業のポイント講義や検討中の事業を1枚シートに落とし込む一人ワークショップを太刀持ちと露払いに、メインは「地元創業者に聞く、田辺で成功できるコツ」。田辺出身で創作居酒屋を営んで●●年のA氏とテイクアウト珈琲豆から派生して街の情報発信拠点に役割も自然に担っているS氏。お二人はグダグダの進行役(私)のヘンな質問にも見事な切り返しを披露。

 主力商品は?前職は?経営理念や信念は?なぜ田辺で創業したの?都会と田辺の違いは?オープン当初からの変化は?一番嬉しかったことは?一番ツラかったことは?商売の醍醐味は?田辺で成功するコツは?……。台風をモノとせず駆けつけた創業希望者の視線が熱い。

 たっぷり1時間以上、お二人から様々なお話をお聞きした。サラリーマンでは感じられない苦労とそれに勝る醍醐味が皮膚感覚を振動させる。

 お二人とも共通していることは、「地域とのつながり」と「あたりまえ」を重視し、手を抜かないということである。創作居酒屋は料理に注目が集まりがちだが、ビールサーバーをメンテナンスする、冷たい料理(飲み物)には冷たいグラスで。珈琲を美味しく淹れること。……。

 プロの活動は華やかな部分に目を奪われがちだが、水面下でバタバタする白鳥のごとき余裕と影の努力が長期にわたりお客の支持を得続ける本質なのだろう。

 終了後、私の同じ名字のA氏が12年切り盛りしてきた<東風>へプロジェクトメンバーとプチ打ち上げ。生ビールがノドと心に沁みる。時間は17時過ぎ。しかも、日曜日。開店直後からお客が殺到し、あっという間にカウンターも小上がりも満席に。田辺で創業の成功を成し遂げたオトコとそのこだわりが肌感覚で沁みてきた。

 田辺創業ゼミの参加者は15名。超悪天候の中、初回の8割出席は驚嘆に値する。参加者は老若男女。マーケティング、開業に必要な諸手続き、財務、物件お宝探しツアー(空店舗ツアー)、開業計画書模擬作成……。痒いところにもマゴの手が届くシブいラインナップである。

 私と年齢が近いA氏とS氏(見た目は私の方が一回り上ですが)。同年代(アラフォー)会社員と異なり、修羅場を潜り抜け地域の支持を得続けている方々は胆力と覚悟が違う。

 田辺の今プロジェクト実行委員長・駅前商店街T中理事長の言葉が心に残る。「昔は、商売人は一生働かなあかんと思ってたけど、今は定年がないことがシアワセ」。

 超少子超高齢社会は、定年退職後でも鬼のように元気なままのセカンドキャリアが20年以上続く。余裕のある余生や老後など、一部を除いてこれからはおとぎ話の領域だ。

 これからは末期まで働ける社会的地位もある商売人の時代。定年後は趣味しか予定なき紳士淑女、セカンドキャリアを地域のため、ご自分のために創業してみませんか。できれば、田辺か飯塚(福岡)か八尾(大阪)で。

140924田辺創業ゼミ(第1回).jpg
惜しげもなく田辺で成功する秘訣を語って下さったA氏(左)とS氏。
posted by machi at 09:06| Comment(0) | 和歌山県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月23日

第1058夜:椀子と煩悩【盛岡(岩手)】

 <やぶ家フェザン店>。盛岡駅地下飲食ゾーンで煌めきを放つ蕎麦屋さんである。朝10時から「わんこそば」に挑戦できる点が何より際立っている。

 2011年12月、年越し蕎麦代わりに同行氏たちとこの店に訪れ、わんこに挑戦。私は100杯達成した。すると額入りの「横綱」認定証がいただけ、芳名帳に名を残すことができる。

 あれから2年8か月。40歳を超え脂がさらに乗ってきた私は、再度同じ店でわんこに挑んだ。横綱の私に挑むのは三陸宮古のスポーツ店2代目・O田氏と北九州の宝飾店3代目・U島氏の33歳コンビ。彼らとは昼食も酒席も共にすることが多い。U島氏がかなりの強敵だ。

 我ら3人の横に座るカップルがわんこの注意説明事項を給仕のお姐さんから受けている。私達も耳を傾けていると、目の前に薬味が並び出した。相変わらずタイミングが掴めないエビ刺身はともかく、海苔、かつおぶし、山菜、とろろ、筋子、烏賊塩辛、なめこおろし、ネギ、もみじおろしといった頼もしい面々がサポート体制を確立してくれる。

 私は勝負服に身を包んでいた。O田氏の店で購入した2016年岩手国体ポロシャツである。右胸にはゆるキャラ「そばっち」がプリント。わんこ対決にふさわしいが、メタボオヤジの私が国体ポロシャツを着ても選手ではなく大会役員にしか見えぬところが難儀ではある。

 紙エプロンを装着し、いよいよスタート。3人とも前夜の宮古呑み会で、今朝のわんこ対決に備え早めに切り上げ(24時半ごろ)、シメのラーメンにも手を出さなかった。緊張が最高潮に達した時、「はい、どうぞ!」とベテラン給仕美女が左手に持った椀に蕎麦を放り込んだ。

 すかさず私は口に運ぶ。コンマ1秒以下。次の蕎麦が投下されるまでわずか5秒程度。お姐さんの見事な椀裁きに惚れ惚れする暇もなくガンガン椀が重ねられていく。あっという間に20杯に達する。わんこ10杯でそば1玉分。3人とも軽快に同じペースだ。

 30杯を過ぎたあたりから、薬味の力を借りる。塩辛が秀逸である。エビ刺身はリズムを狂わせるが、添えられているワサビが薬味として隠れた実力を発揮する。

 60杯を超えたあたりから、そばの豊潤な香りが鼻孔を苦しめだした。たまに茹でる時間を確保するため1分ほど放置される間に、胃の中でそばが膨らんでくる。ここからが苦行になる。

 O田氏が脱落。U島氏と私は苦しみつつ杯を重ね、ついに100杯。U島氏は打ち止めに。私も限界だが、啜ったはずの椀にいつの間にかそばが入っている。

 私は無心になった。前回の100杯を超え、後は無人の荒野を歩むのみ。……。なんとか煩悩の数(108杯)に達した。100杯超えの私とU島氏は横綱、74杯のO田氏は関脇に認定。U島氏より8杯多く啜り、優勝した私は東の正横綱といったところ。

 わんこどころか当分そばは口に運べそうにない。次回のわんこ対決は3年後か。横綱から親方への道はさらに険しそうだ。

140923やぶ家@盛岡.jpg
戦いを終えて。
posted by machi at 06:09| Comment(0) | 岩手県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月20日

第1057夜:守破離【宮古(岩手)】

 守破離(しゅはり)。由来はド忘れしたが、仏教か茶の湯から生まれた言葉であるらしい。「守」は師の教えを忠実に守る。「破」は師匠の教えを引き裂く。「離」は師匠の教えからも離れた独自の手法を編み出す。大切なことはこの順番で、「守」→「破」→「離」の順に実践していかねばならぬそうだ。このような言葉を私は全く知らなかった。

 2014年8月上旬。宮古市中央通商店街にて、商店主を対象とした講演会が開催された。題目は「災害に負けないぞ!〜未来の商店街は俺たちにかかっている」。

 刺激的なタイトル(実質は私が付けましたが)の講義を披露した男は、北九州市若松区の若松商店街連合会・U島事業部長、33歳。宝飾店の3代目(たしか)でありつつ、商店街内で八百屋を第二創業した北九州屈指に活きのよい若手である。

 大津波で壊滅的な被害を被った三陸の商店街で、なぜ彼が災害に「負けないでね♡」ではなく「負けないぞ!」と力強い演題を用いたのか。それは、2012年1月30日未明に発生した大火事で、彼が事業を営んでいた八百屋も入店していた「あやどり市場」が全壊全焼したからである。津波と火災の違いはあれど、同じ被災者であるからだ。

 火災直後から復興支援セールを開催するなど大きな話題になったが、2年半が経過する現在。市場だった区画は白い仮囲いに覆われている。権利調整をはじめ手が付けられずにいたが、2014年5月から復活プロジェクトが立ち上がる。U島氏はそのリーダーだ。

 氏も所属する「若松がんばろう会」は商業者だけでなく若松を愛する区民も参画し、様々なソフト事業に取り組んでいる。若松の「繫ぎ役」として`遊ぶ時も手抜きをしない‘全力中年たちが日々活性化に邁進されている。

 氏の講義で特に感銘を受けたのが「空店舗は自分たちで減らす」という発想。出店希望者を誘致する前に、まずは自分たちで他業種等への多店舗展開を進めている。宝飾店経営のU島氏は八百屋、老舗呉服屋のY本氏はムシパン屋、印刷会社のS本氏は石鹸メーカー直販店。

 様々な空店舗対策や創業セミナーが日本中で開催されているが、まずは自分たちで不足業種を補っていくという「第二創業」展開は、地に足のついた商店街活性化モデルになりそうだ。

 U島氏は最後に商店街における若手の役割についてまとめた。「時代にあった新たな発想の提案」「商店街以外の人脈・仲間づくり」「自店の商売の発展」。どれも首肯するものばかり。商店街やまちの活性化と自店の商売の発展は両立せねばならぬが、自店の発展あってこそである。

 そして冒頭の「守破離」の精神を語る。彼は私のまちづくりの弟子だが、師(私)の教えを守り、破り、離れて独自スタンスを確立しつつある。弟子の成長に目を細めつつ、いつの間にか私も見た目だけでなくあらゆる意味でベテランになりつつあるのかな、と感慨深い守破離な夜になった。

140920若松牛島氏講演@宮古@.jpg
宮古市中央通商店街で熱弁を振るうU島氏。

140920若松牛島氏講演@宮古A.jpg
U島氏を囲んで。
posted by machi at 08:10| Comment(0) | 岩手県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする