2012年12月31日

第634夜:年忘れドブロク【宮古(岩手)】

 どぶろく。清酒の原型で、白く濁った甘酒のようなビジュアルの酒である。口当たりが良く、呑み過ぎてしまうのが難点だ。

 2012年12月中旬、岩手県宮古市末広町商店街の忘年会に私は乱入した。瓶ビールや焼酎、中華オードブルが並ぶ中、ひと際目を引いたのが4リットル甲類焼酎ペットボトル容器にたっぷりと入った白濁の液体。どぶろくである。商店街理事・N村氏の差し入れだ。

 昨年もどぶろく(もし自家製だったらマズイなぁ…)を頂戴し、自宅で堪能させていただいた。甘くなく呑み口スッキリで野趣にあふれ、どんな料理にも合う。ついつい杯を重ねてしまい、気づけば明け方コタツで爆睡がお決まりのパターンだった。

 商店街の皆さま方と談笑中も私はどぶろくペットボトルを手放さず、自分や他人のグラスにグビグビ注ぎ続けた。4リッットル並々が気づけば残り3分の1ほどに。そこで、記憶が無い。

 朝日が目に飛び込んできた。目を開けると、作業着にドカジャンを着たままホテルのベッドにマグロのように横たわっている自分に気付いた。リュックサックは背負ったままだ。猛烈な頭痛。どぶろくが胃の中で発酵している。吐き気が胃、食道、喉にせり上がってくる。

 持てる全精力を注いで歯磨き洗顔し、部屋の湯沸かし器でインスタントコーヒーを入れた。鏡を見ると、顔が真っ白で目の下に隈が出来ている。シャワーを浴び、ほんの少し覚醒した状態でメールのチェックをした。末広町商店街若手のO田氏が、私の写真をフェイスブック上にタグ付けしている旨のメッセージが届いている。

 開いてみた。思わず目を剥いた。私がドブロク入り4リットルペットボトルを提灯のように掲げている。しかも中身はほとんどない。どうやら2リットル以上一人で呑んだらしい。しかもコメントを見ると、中締めの挨拶をしている様子だった。全く、何一つ覚えていない。

 その夜。末広町商店街<りあす亭>で私が惚れるキ●ン一番搾り生ビール呑み会が開かれた。その席で、私はお詫び申し上げた。昨夜は記憶を無くしてしまい、ご迷惑をおかけしたと。

 私の大暴れぶりが皆さんの口から漏れだした。全く記憶のない中締めの挨拶では、全く宮古と関係ない個人的な昔の話をダラダラとしていたそうだ。ペットボトル片手に呂律の回らない口調で「御用だ!御用だ!」と挨拶なのに叫んでいたという。

 さらにその後、みんなで2軒目のスナックに行ったらしい。そこで他の客に絡んだり、ママにゆで卵やうどんを作れと暴れて作らせた上に一口も食べず爆睡したり、理事長と専務理事に肩を担がれホテルの部屋まで運んでいただいたり…。年忘れとはいえ、酷過ぎる。顔から火が噴き出した。ドブロクを呑んでいるつもりが、完全に呑まれてしまった。深く猛省する。

 ジェットコースターのような2012年も間もなく終わる。このバカブログを御贔屓の銀河系30名ほどの呑んだくれの皆さま、よいお年を。大晦日も2013年も、ご安全に。

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泥酔しながら中締めの挨拶をする私。全く記憶なし。(撮影:末広町青年商業研究会O田会長)

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2012年12月29日

第633夜:一日の活力は朝マルシェから【伊丹(兵庫)】

 朝マルシェ。兵庫県伊丹市中心市街地の三軒寺前広場をクロスロードする辺りで開催されたいたみタウンセンター(ITC)新企画である。爽やかな朝の光に包まれ、フレッシュな朝食を楽しもうという試み。私のような夜の種族にとって、普段は中々縁遠い試みである。

 「マルシェ」は直訳するとフランス語(たぶん)で「市場」を意味する。日本各地でもマルシェ的朝市イベントが数多く展開されている。近畿では阪急宝塚駅前商業施設<ソリオ宝塚>の「ソリオdeマルシェ」が秀逸である。

 当初の予定には降雨に見舞われ、開催日をスライドした2012年11月25日。吐く息は白く、底冷えしそうな冷気に包まれているが、初冬の日差しが柔らかく差し込む絶好のマルシェ日和。

 8時から始まったが、8時半には大盛況。私が到着したのは9時ごろだが、何ともいえない暖かな笑顔が会場に溢れている。10ブース出展し、簡易ワンタッチテントがキュートでいかにもマルシェっぽい。英字新聞等で商品をラッピングしたら、雰囲気はすっかり欧州だ。

 玉子かけご飯、焙煎珈琲、サンドイッチ、クロックムッシュ(なんだかわからぬ)などが煌めきを放っている。会場中央ではオリジナルの巨大加工鉄板で焚き火が行われており、定番の焼き芋を楽しまれている。

 会場を軽くぶらつき、一気に空腹を覚えた。まずは「マダムM赤飯」と「トミースープ」のセット(知らぬ人は何のことか分からないでしょうが…)。お赤飯のモッチリとした歯ごたえと粘りに、ポカポカスープが絶妙にアシスト。口の中で混じり合い、がっぷり四つだ。

 腹に入れたことで、余計に胃の動きが活発になってきた。まだまだ入りそうだ。続いてITCウッチー事務局長自らが鍋をふるう「トマトリゾット」。チーズ多めにしていただく。出来たて熱々。トマトの酸味と蕩けたチーズのコクがたまらない。香りも絶妙だ。

 暖かい飲み物が欲しくなった。これが冬の夜の屋外イベントなら熱燗か焼酎湯割、ホットウィスキーだが、午前9時。これから仕事を控える身。焙煎珈琲などに心が揺れる。珈琲無糖派層に属する私が選んだのは<クロスロードカフェ>の「チャイ」である。

 普段は紅茶(無糖)など下痢した時しか呑まないのだが、ミルクと砂糖がたっぷり溶け込んだ湯気香る甘いミルクティ(チャイ)にときめいた。フーフーしながら口を付ける。甘さが優しい。体の芯から温まった。

 夜イベントやバルとはひと味ふた味違う柔らかで爽やかな雰囲気が会場を充満している。アコーディオン奏者も頑張っていた。次回は2013年1月に開催されるという。私はほんのわずかの時間しか滞在できなかったが、胃も心もホカホカ。

 「朝市」ではなく「朝食」に絞った見事な突破力。一日の活力と精力がじっくりと漲ってきた。

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爽やかな朝マルシェ。

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2012年12月28日

第632夜:地ビヤホール貸切【伊丹(兵庫)】

 長寿蔵。清酒発祥の地・伊丹市が誇る2大酒造メーカーの一つ、「白雪」ブランドの小西酒造様が直営するビアホールである。常に大勢のビール党で賑わっている。

 2012年11月13日、近畿地区の中心市街地系まちづくり関係者が一堂に集う「近畿中心市街地活性化ネットワーク研究会」がA野会長のおひざ元、雨の降る伊丹で開催された。

 私は研究会の末席に名を連ねさせていただく身でありながら思いっきり遅刻。意見交換会に顔を出したが、実質的には懇親会のみ参加するような状態に。関係各位、申し訳ございません。

 懇親会会場は前述の<長寿蔵>。この日は定休日だったのだが、A野会長の人望と力技で特別に貸切営業していただいた。ビアホールの貸切、初体験である。

 私も大のビール党(何でも呑みますが)。カウンターではスタッフが生の地ビールをクリーミーに注いで下さる。呑み放題である。シアワセここに、極まれり。

 何の活躍もしていない私だが、ノドだけは一人前に渇いている。乾杯の発声の後、一息に飲み干した。……。フルーティなのにコクがとキレがある。いくら呑んでも呑み飽きない地ビール。魔法である。種類は3種類あり、いろいろ試したが銘柄も何もかもサッパリ覚えていない。ビールは何も考えず、ノドに放り込むのが最も味わい深い。

 地ビールに合う料理をサカナに、まちづくり関係者らと談笑する。各テーブルも大盛上がり。皆さんと一堂に顔を合わせるのは年3回程度だが、実に充実したステキな時間だ。

 中盤に差し掛かり、研究会懇親会恒例の余興である。定番の演目は、和歌山田辺のムキムキエレファントマンことO崎氏の七変化。今回は字義通りのサンドイッチマンに変身。会場からはオヤジたちの茶色い声援とフラッシュが焚かれる。

 雨が上がった。地ビールを堪能した後は、関係者10名程度で2次会に。阪急東商店街の串揚げ屋<吉野>さん。このお店の串揚げコースは感涙の絶品だが、互角に嬉しいのはギネスビールの生が呑めること。店外POPの「世界で唯一ギネスの生が呑める串カツ屋」(たぶんこんな表現だった)に偽りなし。ギネスと串揚げ、恐るべし相性である。

 たっぷりと伊丹の地ビールをノドに放り込んだ後は、アイルランドから世界を制圧した究極の地ビールといえるギネスの生をノドに滑らせる。苦み、コク、クリーミーさ、サッパリとした後口、地球の奇跡である。

 伊丹には地元蔵元の清酒があり、地ビールがあり、ギネス生が呑める店もある。近畿最強のバルイベントを先導する素地がある。今回は叶わなかったが、これらを楽しむ前に伊丹市中心部の銭湯<力湯>でひとっ風呂浴びてからなら、旨さは倍加する。銭湯帰りに、生の地ビール。究極の和洋折衷かもしれない。

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伊丹の地ビヤホール<長寿蔵>での一コマ

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2012年12月26日

第631夜:渡島地区の今【淡路島(兵庫)】

 渡島地区。兵庫県南部に浮かび上がる日本最大の島・淡路島北部の位置する阪神・淡路だ震災の激震地である。すぐ近くには震災で断層面が地表に現れた「野島断層」(天然記念物指定)がある。建物の約8割が全半壊した。

 渡島地区は淡路島唯一の区画整理エリア(約20.9ha)に指定され、大きな反対運動もあったそうだ。1999年に完了予定が、実質的には2009年に事業完了。10年もずれ込んだ。

 東日本大震災で釜石市最大の被害を被った鵜住居地区では、大規模な区画整理事業が進行中だ。2012年9月から鵜住居地区の商業復興のお手伝いも兼務することになった私に、若手商業者から「神戸でなく、淡路はどのように復興したのか」という質問が飛んだ。

 私は、目からウロコが落ちた。阪神大震災の商業地復興を生業にしてきた私にとって、神戸市内は資料も情報も人脈も豊富だが、淡路のことは失礼ながら完全に失念していた。密集市街地である神戸よりも、過疎に悩み海に囲まれた淡路の方が、遥かに比較事例として有益だろう。

 1冊1万円もする復興の記録集も入手した。しかし、淡路の情報がほとんどない。知人友人に訪ねたが、誰も分からないという。現場に赴き、目で確かめるしか方法はない。

 私は渡島地区を訪ねた。淡路は最低年1回は訪れるのだが、正直申し上げて高速道路から降りたのは最近記憶にない。明石大橋開通後、淡路島自体が一つの巨大な高速道路になった感があり、私にとって四国へ向かうための通過点でしかなくなっていた。明石大橋は利便性を飛躍的に高めたが、商業的には完全なストロー現象。神戸に吸い上げられているのだろう。

 海沿いの曲がりくねった道をノンビリと車で走る。瀬戸内海が太陽を浴び煌めいている。17年以上前の傷跡はほとんど見られない。

 野島断層に近づくと、急に道が広くなる。歩道幅も広く、市役所の出張所や銀行が固まるエリアがある。ここが復興区画整理エリアだ。

 役所の方に飛び込みで区画整理エリアを訪ねる。親切に教えて下さる。幹線道路沿いだけでなく、住宅地も区画整理でセットバックし、道が整備されている。しかし、空地が目立つ。住宅地の中に、商店が点在する。幹線道路沿いの商店集約は叶わなかったようだ。

 とにかく、のどかである。結果的に住宅地として再整備したためか、人はほとんど歩いていない。たまに車や原付スクーターが通り、犬が寝そべっている。

 地区内に数多くの公園がある。区画整理事業は一定の面積ごとに公園の付置義務があるが、公園のほとんどが2坪ほど。ベンチすら設置するスペースがない。

 区画整理事業は密集市街地でこそ有益であって、過疎地に適した手法ではない。地盤沈下に対応する盛り土を実施するためには止む負えない選択なのである。「道路整備と拡幅を伴う都市整備事業(区画整理等)と商業的賑わいの両立」。最近の私の解が見えない研究テーマだ。

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阪神・淡路大震災の復興事業において、淡路島唯一の区画整理対象地区となった渡島地区。

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2012年12月25日

第630夜:鵜住居だより〜11通目【釜石(岩手)】

 意向調査。釜石市最大の津波被災を被った鵜住居地区では、2012年11月30日、約50haに及ぶ震災復興土地区画整理事業が都市計画決定されました。現在、2012年度中の区画整理事業計画決定に向け、急ピッチで市では作業が進められています。

 2013年の秋までに仮換地指定の終了がもし実現すれば、これも釜石のキセキと言えるでしょう。法人を含め700以上地権者がいるとされ、対象者の8割以上が個別面談をすでに完了。土地の買い取りにも柔軟に応じていただけるそうです。

 一日も早い復興が望まれる中で、急ピッチのスケジュールに関しては拍手喝さいですが、商業者にとっては一刻も早く意向を取りまとめる必要があります。

 紆余曲折ありましたが、2012年12月上旬、鵜住居地区の商業者が集い、勉強会が開催されました。地区のマップや他地区の写真を睨みながら、参加者は様々な意向、希望、不安を述べていきます。被災した商売人にとって究極の商売は、保有する権利をどう活かすかにつきます。

 権利を買い取ってもらう。同じ場所で再開する。ロードサイド沿いに移転する。駅前に移転する。公営住宅の近くで再開する。全く地区外に移る。賃貸テナントになる。市の施設で再開する。民間のテナントビルに入居する。駐車場を数店舗で共有する。

 選択肢は多数あります。また、選択肢は多ければ多いほど良いでしょう。商売人は常にアンテナの感度を高め、まちづくりを考える以前に「震災前よりも店の売り上げを上げるために」何ができるかを徹底的に考え、悩み、最高かつ最も成功への確立が高いプランを選択していただきたいものです。

 私の鵜住居ミッションは2013年3月頃まで。そのリミットまでに様々な意向を有する商業者の考えをまとめていく必要があります。何も一本化する必要はありません。再開プランの意向が近い商業者が集い、それぞれのグループの意向を回遊性も考慮しながら落とし込んでいきます。商住一体となった「住みやすい商業地域」を目指すのです。

 一般的な区画整理事業はたっぷりと年月がかかります。しかし鵜住居地区は建物のほとんどが流されており、約700名の地権者が速やかに合意すれば三陸の復興モデルとなるようなスピード感で事業が進められるでしょう。ただし、単なる住みやすい街ではなく、商業的な賑わいと両立させなければなりません。

 2019年ラグビーワールドカップ誘致に向け、鵜住居地区では競技場の建設計画が進められています。防災センター、市の支所、観光交流拠点、賃貸テナント用の入居施設、学校、バスロータリー…。今後様々な提案が市だけでなく地権者からももたらされるでしょう。すべて実現は困難でしょうが、悠々と、速やかに。私も精一杯応援してまいります。

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鵜住居地区仮設商店街「鵜(うーの)!はまなす商店街」にて勉強会

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