2012年11月29日

第614夜:御大との一問一答【宮古(岩手)】

 石H武政先生。大阪市立大学名誉教授で現在は流通科学大学の特別教授を務められている流通、商業および商店街、中心市街地活性化等の分野において日本屈指の大家である。

 間もなく古希を迎えられるとは思えないバイタリティあふれる行動力で、粒状ウコンをポケットに忍ばせながら日本のみならず世界を股に掛ける石H教授に、ぜひ宮古にお越しいただきご指導いただきたい旨のラブコールを送らせていただいたのが数ヶ月前。地元の念願がようやく実現し、2012年11月中旬。宮古市内の商店街で石H教授を囲む意見交換会が開催された。

 参加者は多岐に及んだ。商店街関係者、市役所都市計画部局と商業観光部局、商工会議所、福祉系NPO団体、市民活動団体。出席者が現状や課題を発表し、先生が一問一答式にお答えいただくという贅沢かつ充実した手法だ。先生はタイヘンだが。

 当然のことながら、質問の内容も千差万別。どんな荒れ球でも先生は見事に打ち返される。そのやり取りを全文掲載したい欲求に駆られるが、中でも考えさせられ、思わず市役所職員の皆さま方ですら首肯した金言を賜った。それは、役所の庁内機能の分散化である。

 宮古に限らず、三陸沿岸被災地では多くの役場を含め多くの公共施設が大津波の甚大な被害を被った。市民会館等のホール施設は別として、点在する多くの出先機関を浸水被害のない安全な地域に集約移転させる動きが活発化している。

 本庁舎が被害を受けると、復旧復興に向けたダメージは倍増する。いや、倍ではきかないだろう。復旧の司令塔である本庁舎が壊滅すると、その町はカオス状態に陥る。そのような例をたくさん目にしてきたので、本庁舎移転は私自身やむ負えないと感じていた。しかし、単なる移転と集約は別であるそうだ。

 海に隣接する宮古市役所も、現在JR宮古駅近くに移転を検討し、用地買収交渉中であるという(新聞に報道済)。その際、分散する市役所機能を集約させるというウワサが流れている。

 石H先生は長岡や飯田の例を出された。これらは集約するのではなく、部局ごとに分散させたそうだ。商業部局は商店街内へ、水産部局は漁港へ。より必要としている現場近くに拠点を構えることで、市民の利便性を向上させているという。

 一般の市民は、福祉、保険、都市計画、財政、商業、水産等の各部局を同一庁舎内でハシゴすることはまずない。そのような市民は、宮古では末広町商店街のS香理事長ぐらいだろう。利便性とは市民にとっての利便性ではなく、役所勤務の公務員か議員の先生方にとっての利便性。市役所の食堂や売店も廃止し、とにかく外に出ることが大事であると先生は説かれた。

 宮古市は2013年度から本格的な復興期を迎える。役所機能の分散論。既定路線を覆すのは難しいだろうが、三陸の復興モデルとしてぜひ考慮していただきたいお話だった。

121129石原教授意見交換会(宮古).JPG
御大を囲んで意見交換会

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2012年11月28日

第613夜:瓢箪山からの帰り道【東大阪(大阪)】

 瓢箪山未来創生クラブ。東大阪市の近鉄瓢箪山駅を中心とした商店街群の若手商店主たちで構成する2012年夏に誕生した10名程度のグループである。呑み会メンバーがクラブに発展したそうだ。

 字義通り瓢箪山の未来を創生するために、どのような方向性を見出すか。何を実践していくか。半年間に渡り毎月1回、20時から勉強会が発足し、私はまちづくり芸者として御酌のお手伝いをさせていただくことになった。

 私は本番前に何も口に入れる習慣がなく、入れてしまうと調子が出ない。22時に終了するが、すっかり空腹の上、ノドも乾く。ウケた後のビールは最高の旨さだし、スベった後はしみじみと反省を強いられる哀愁の味わいになる。

 本番が跳ねた後、瓢箪山地区の居酒屋でイッパイやりたい誘惑に駆られるが、近鉄瓢箪山駅から神戸市内の自宅まで最短ルートかつ芸術的な乗り継ぎが成功しても最低2時間はかかる。電車を乗り過ごすとすべてが狂い、3時間近くかかってしまいかねない。

 阪神なんば線開通後、奈良方面とのアクセスが本当に便利になった。22時を過ぎた後は、近鉄瓢箪山駅から阪神尼崎駅まで快速列車で乗り換えなしの50分が最も効率が良い。尼崎終点で神戸方面行きに乗り換えるのだが、そこからは本数まあまあ充実している。

 瓢箪山からの帰り道。私の小さな幸せは、尼崎までの50分間の快速列車内で決行する一人晩酌である。横一列シートで缶ビールやカップ酒はかなりの勇気が必要だが、奈良方面行きと異なり、難波方面なので思いっきり空いている。

 時間がないのでオツマミは駅前の遅くまで開いているスーパーで買う。ソーセージや駄菓子が多い。瓢箪山商店街は20時閉店が多いようだが、19時を過ぎると惣菜屋やテイクアウト寿司屋がタイムセールを始めている。

 19時半ごろ瓢箪山入りし、唐揚や焼鳥、巻寿司などを仕入れることができた時はより充実した一人晩酌列車となる。ただし、テーブルが必要なほどの豪華晩酌は不可能だし、完全にヘンなヤツにしか見えないので注意が必要だ。

 50分の横一列シート列車一人晩酌。アルコールは基本的に3本。缶ビール2本にカップ酒またはポケットウィスキーの組合せが定番だ。尼崎に到着する頃、ちょうど消化する。カップ酒はフタが無いので呑みきらねばならぬが、ポケット瓶はその点安心である。

 オツマミを口に運びながら、カシュカシュと缶ビールを開け、ウィスキーをやる。抑えきれない笑みを浮かべていると、いつもはガラ空きだが乗客が多く乗り込んでくる区間が一部ある。私の隣は空いているのだが、女性はおろかオッサンですら横に座ろうとしないのはなぜだろう。

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ある夜の普通列車横一列シート一人晩酌。

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posted by machi at 07:56| Comment(0) | 大阪府 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月27日

第612夜:津軽じょんがらナイト【千葉(千葉)】

 「ふさの国商い未来塾」。千葉県中小企業団体中央会様が主宰する(2年前から引き継いだらしいが)、15年も続く千葉県内(若手)商業者、NPO等まちづくり関係者、自治体及び商工会議所職員を対象とした勉強会である。商業まちづくり業界の一線で活躍される講師を招き、年間10回程度開催されている。

 2012年10月下旬。手違いが発生したのか、私のようなイロモノがお粗末な一芸でお茶を濁すことになった。濁すだけ濁した夜、席亭(中央会様)が私を憐れみ、参加者の皆さま方とのお座敷にお招きいただいた。店に向かう途中、キツめの雨が降り出した。

 房総で獲れる海の恵み(いわし塩焼)などを堪能した後、2次会へ。千葉県内商店街活性化の生き字引・E波戸先生の御引率で、夜の商店街および繁華街を視察がてらご案内いただく。急な土砂降りのためか、賑わっているものの酔客たちは屋内に避難したようだ。

 繁華街ど真ん中から少しだけ離れたシブい路地の一画がある。先頭を歩く先生が暖簾を潜ったのは<ちゃ太郎>というお店。私も含めて5人で階段を上った。

 店に入った瞬間、激しい三味線のビートが聞こえてきた。店内は酔っ払いで大賑わい。呆気に取られた私は案内された席に着く。思いっきり三味線生演奏の最中だった。

 ビールで乾杯し、焼酎に切り替える。先生行きつけのお店だからか、酒のサカナが何も注文せずともガンガン出てくる。とても食べられる量ではない。素朴で塩味が効いてクセになるベビースターのようなビジュアルの「蕎麦の唐揚げ」をボリボリやりながら、談笑しようとした。

 ところが、賑やか過ぎて普通に会話ができない。三味線演奏の後、お客たちがガンガンカラオケをリクエストし、果てることなく熱唱し続けている。外観や店内は割烹風の構えに見えるが、カラオケ機材やステージもあり、場末感もわずかに同居するシュールな世界だ。

 他の客たちが席を立ち始めた。ようやく普通の声量で会話ができる。商い塾参加者の経歴や所属は様々だ。

 2次会まで付き合って下さったS守女史は団地のリフォームなど手掛けるNPO。T澤氏が理事長を務めるNPO名称は「生前・死後サポート協議会」。これほど強烈な法人名は初めてだ。死後も協議会がサポートしてくれるとは、実に心強い。実はT澤氏、お父上がご住職であり、商店街の会長も務められている。将来お寺を継承される氏に相応しいNPOだ。

 本日最後の三味線演奏が始まる。演奏するのは従業員(ご主人?)2人。アフリカの太鼓と三味線の壮絶コラボ。鉢裁きが見えないほどの早引きで、余芸の領域を超えている。

 ラストは「津軽じょんがら節」。魂の底から震えた。日本人のDNAに刻まれた本能のビート。私は、涙をこぼしそうになった。壮烈な感動が心を満たす。千葉で聴き観る、津軽じょんがら節。生涯忘れられぬ夜になった。外は、雨が止んだようだ。

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津軽三味線ライブin<ちゃ太郎>

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posted by machi at 07:24| Comment(0) | 千葉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月26日

第611夜:時刻表のトリックとトラップ【佐賀(佐賀)】(後編)

 今までは旧友と二人きりだったので気がねなく馬鹿話に興じていたが、部下の前でY井氏をヨコチンと呼ぶのは気の毒な気がした。アラフォーの中堅社会人に相応しい呼び名が必要だ。

 学生時代の尊称はヨコチンだったので、出世魚のごとく「ポコ●ン」と呼び名を私はグレードアップさせた。ハマチがブリと呼ばれるようなものである。Y井氏、まんざらでもない笑顔を浮かべている。部下の前で威厳が保たれたのだろう。お役に立てて、私も笑みがこぼれた。

 T橋氏と私の唯一共通の話題が、彼の上司であり私の同級生である、横に座るヨコチン改めポ●チンの存在。彼は大企業課長職でアラフォーの独身。職場では「イケメン課長」としてモテキの絶頂を迎えているそうだ。

 そんなポコ●ンは自身の結婚願望を私に語るのだが、彼には問題があった。ポ●チンは麺食い、ではなく重度の面食いなのだ。

 T橋氏が合コンを幾度となくセッティングしても、寄ってくる女性にツレない態度しか示さないという。このような振る舞いは、地方都市や寒村ではゲ●扱い必至。女性と会話や食事をしても、周囲からは●イのカモフラージュとみなされる。せっかくのモテモテイケメン高収入課長なのに、一人手遊びに戯れている目も当てられない惨状。私は、胸が詰まった。

 T橋氏と私で真剣かつ馬鹿馬鹿しく傾向と対策を練っているうちに、私の終電時間が近づいてきた。翌朝に福岡空港から羽田に飛ばねばならず、博多駅前のホテルを予約している。終電時間も確認済。佐賀から関門海峡を超え山口駅終着の最終列車に乗車し、途中の博多で下車。

 店を出た私は、悠々と夜を歩いた。駅構内のコインロッカーからスーツケースを取りだし、改札に向かう。最終の山口行き列車までまだ10分も残されている。乗り過ごしだけが心配だ。

 出発時間を示す電光表示が眼前に見えた時、ふと違和感を覚えた。山口行き最終列車の上に「長崎・佐世保方面」と書かれている。博多と長崎の間に佐賀は位置する。反対ではないか。

 動悸が激しくなった。「鳥栖・博多方面」の下は、何の表示もない。キョトンと立ち尽くす私に、駅員さんが「博多方面はもう終わりましたよ」と幾分慌てながら声を掛けた。

 口を半開きに、両目を大きく見開いた。確かに山口と書かれているが、その前には‘肥前’という2文字。「肥前山口」終点だった。完全に見過ごしていた。山口県と思いこんでいた。

 そもそも肥前がどこか分からずパニックになったが、冷静に考えれば佐賀のこと。佐賀県内の山口という地名が終着の列車で、思いっ切り博多と逆方向。私は、途方に暮れた。

 駅前でラーメンを啜っていた2人に合流。私も啜ったが、ほとんど味を覚えていない。駅前ホテルが空いていたのでチェックインし、博多のホテルはキャンセル料を支払うことに。

 紛らわしい地名がもたらす驚愕の時刻表トリックと仕掛けられたトラップ(罠)。全く見抜けなかった。ある意味、トラベルミステリと言えるかもしれない。単なる勘違いが原因ですが。

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ヨコチン(右)と私

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posted by machi at 06:43| Comment(0) | 佐賀県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月25日

第610夜:時刻表のトリックとトラップ【佐賀(佐賀)】(前編)

 ヨコチン。男性の特定の部位の形状ではなく、私の高校大学の友人Y井氏の尊称である。彼曰く、横〜という名字の男性諸氏は、幼少の頃誰もが一度はヨコチンという尊称を頂くそうだ。

 そんな彼も、今や魔法の調味料を世界各国に送りだす世界屈指の大企業が佐賀に有する研究所の課長として、世界の辺境を中心に活躍している。大企業のアラフォー課長になっても先輩・上司・同僚・友人からヨコチンと呼ばれるほどの人望者だ。見習わねばならぬ。

 佐賀のイルミネーションイベントを満喫した夜、ヨコチンと<手羽虎>という居酒屋で杯を交した。甘辛く香ばしい3種類の手羽先、プリプリ熱々の鉄鍋餃子、佐賀名物の何とか豆腐などを肴に生ビールや地酒を堪能。佐賀名物、というより博多名物のラインナップである。

 このお店、地元人で大賑わい。店内は広く、シックな外観でなかなかイチゲンには入りにくい雰囲気だが、若くて美女ぞろいの女性店員さんたちの接客がとにかく素晴らしい。

 高校大学の同級生と佐賀でイッパイやるとは、20年前には夢にも思わなかった。仕事の話はほんのわずか。まちづくり屋の私と、調味料の研究者であるヨコチンとの共通点などほとんどない。ひたすら20年前に脳内タイムスリップしてバカ話。何の気兼ねなくタメ口で会話できる友人の存在は、年を経るごとに貴重に思えてくる。人生は謎に満ちて面白い。

 手羽虎最強の名物・もつ鍋をスルーして、佐賀の夜をハシゴすることに。ヨコチンが佐賀に赴任して4カ月程度。引きこもっているかツーリングしか楽しみがなさそうな彼は佐賀ナイト2軒目のカードを早くも切らした。謎のお●ぱいパブと<手羽虎>しか知らないようだ。

 イルミネーションイベントの撤収作業中で祭りの後の悲哀を感じさせるシンボルロードを駅に向かって歩く。たまたま良さそうだったワインバー<Natural Maison H>に飛び込んだ。

 とにかくつまみが洒落ていて豊富で、安い。ドリンクも凄まじいほど充実。300円台でエスカルゴが食べられる。ハイネケンの生やジントニックをガンガン呷っていく。

 目を見張ったのが「貧乏人のポテト」。試しに注文してみると、半熟目玉焼がポテトとウィンナー炒めの上に乗せられている。貧乏人どころか、小金持ちのポテト。感嘆の呻きが漏れるほど豪華だ。店の女性にメニュー名の由来を聞く。笑みと照れを浮かべながらスペイン語を直訳しただけとおっしゃる。ある意味、深い。

 お客がひっきりなしに入ってくる。いつの間にか満席。店内は活気と喧噪、笑顔に包まれている。このワインバー、佐賀で最も賑やかなスポットではなかろうか。

 ヨコチンの携帯が鳴った。職場の部下が合流したいそうだ。別嬪さんかと期待したら、息を切らせて駈けつけたのは、佐賀御当地グルメ「シシリアンライス」の普及やB‐1グランプリの佐賀誘致などまちづくりに趣味の領域を超えた関心を持ち、研究職なのに中小企業診断士の資格を有するキッチュな男・T橋氏。フットワーク軽快なナイスガイである。〔次夜後編〕

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「貧乏人のポテト」。これで(たしか)300円台。

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