2012年07月31日

第530夜:酷暑の復興大神輿、復活【宮古(岩手)】

 「宮古夏まつり2012」。宮古市中心市街地の末広町商店街、大通1丁目商店会、中央通商店街、駅前広場等で開催される宮古市最強の夏祭りである。その第1弾が酷暑の2012年7月28日から2日間、開催された。昨年は大津波の影響で開催が一部見送られたが、本年完全復活だ。

 目玉と言えるのが、末広町で2年ぶりに復活する大神輿。奇跡的に津波に流されず保管されていた。応援のため釜石や盛岡などからも担ぎ手たちが集結。岩手大学ボランティアの皆さまだけでなく、このバカブログ(またはFB)を観て神戸からT末嬢も宮古まで10時間かけて急遽駆けつけて下さった。

 当日は30度を大きく超える酷暑日。朝6時30分から設営作業に勤しんだが、すでに猛暑。汗が噴き出して止まらない。寒暖の差が激しい宮古においてもこの暑さ珍しいという。

 私が宮古に来てから、イベントではやたらと雨。アヅマ雨男説が商店街で流れるほどだ。嵐ではなく「小雨を呼ぶオトコ」状態だったので、豪雨より晴天の酷暑の方が良いといえば良いのだが。

 17時から始まる神輿運行の1時間前、白短パンと地下足袋を履き、腹に晒しを巻く。あまりのメタボっぷりに妙な貫禄を醸し出してしまっている。私は神輿会のリーダー・末広町O田専務に袢纏を作って頂いた。夏用のメッシュ素材である。

 17時、商店街は完全通行止めになった。そして、担ぎ手たちが集合。続々とお客も集まりだした。この日のために?丸刈りにした末広町商店街S香理事長御挨拶の後、末広町青年部太T会長の拍子木でスタートした。

 「エイサ!」「エイサ!」の掛け声が夕暮れの空に響き渡る。光栄にもハナ棒を少しだけ担がせていただく。私が神輿を担いだのは、2年前の伊丹ふとん太鼓以来。担ぎ手のプロたちと比較すると、私のヘッピリ腰は情けない限りだが、精一杯声を張り上げ、担ぎ続けた。宮古市Y本市長も飛び入りでハナ棒を担がれている。

 適度に休憩を取る。ビールもどんどん差し入れしていただけるが、冷たいレモン水が最高だ。すっと体に沁み込む。ほのかな酸味に体が喜んでいるのが分かる。1時間半の運行だったが、普段使わない筋肉が悲鳴を上げている。

 「宮古街なか商人グループ」立ち上げに合わせて、末広町と中央通の間に位置する大通1丁目も新しく商店会を結成。空手演舞や各店の催しもあり、新たなスタートを切った。

 中央通商店街では8チームの太鼓競演があった。ビアガーデンも大盛況だ。差し入れの生ビールをノドに放り込む。日も暮れた後のジャズ演奏も心に沁みる。祭りのシメは、「手踊り」と呼ばれる市民演舞パレードだ。

 20時半、通行規制が解除。末広町も中央通もお客が途切れることなく大盛況。2年前よりも来場者は多かったそうだ。いかに宮古市民が夏まつりの本格復活を待ち望んでいたか。三陸でどこよりも復興にまい進する宮古の底力だ。

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末広町商店街を運行する復興大神輿

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2012年07月27日

第529夜:100万人の線香花火【宮古(岩手)】

 「100万人の線香花火ナイト」。「3・11を忘れない。世界へ、そして未来へ繋ごう 希望の架け橋!! 七夕の夜は、日本中のみんなで線香花火で天の川をつくろう」というイベントだ。

 花火には鎮魂の意味合いもあるという。東日本大震災を100年、200年先も語り継いでいくために。日本中がこの悲しい災害を忘れないために。そして、未来になっても犠牲になられた方々が天国で寂しくならないように。毎年行われるそうだ。

 岩手県宮古市中心市街地商店街にも、同事業の実行委員会から前述の趣意書とともに大量の線香花火が届けられた。7月7日の七夕の夜、19時半に一斉に線香花火を点火するという。場所は仮設住宅や自宅前、駐車場、近所の公園でもどこでも良いそうだ。私たち商店街は自店前ではなくイベントスペース前に集い、ボランティアたちと一緒に線香花火を灯すことに。

 午前中は雨が降り続いていた宮古市だが、午後からは雨が止み、少し晴れ間も出てきた。しかし本番直前になり、霧雨になった。しかも猛烈に冷えてきた。私は、雨男のようだ。

 雨天中止の概念を持たない商店街の面々は当然のように決行。着火剤と松の木を組み合わせた火種を商店街の両サイドに設置。なかなか幻想的である。7月とは思えぬ寒さのため、焚火をしている気分になる。

 早稲田大学ボランティアの皆さま方20名も加わり、まずは黙祷。犠牲者の御冥福をお祈りさせていただく。この日は七夕と絡めて各所で追悼行事が行われたようだが、優しく静かに降り注ぐ霧雨は、犠牲者の涙雨である。このような説明を随所で耳にした。

 19時30分、線香花火に火を灯した。火の勢いが強すぎるのか、一瞬で焼け焦げてしまう。慎重に点火した。プシプシ、パチパチと音が弾け、先端に小さな炎の玉が生まれる。その後、炎の玉からパシパシと火華が散り始めた。

 これぞ、日本の夏である。線香花火はあまりにも一瞬で、儚い。そして、幻想的で美しい。空を見上げると、霧雨降り続く厚い雲。七夕の天の川は天に架からなかったが、地上に線香花火の灯りが天の川のように煌めいた。霧雨が街灯に反射し、あたり一面が夜の闇でキラキラと輝きを放つ。

 私は缶ビールを呑みながら、線香花火の灯りを見つめた。真夏の夜の夢。いつの間にか缶ビールが4本も空いている。フワフワと夜空に吸い込まれそうな酔い心地に包まれる。

 7月7日七夕の日の線香花火ナイトは、プレイベントであるという。主催団体の文章を見ると、本番は8月11日。線香花火は迎え火の役割を果たすのだろう。

 極めて地味だけど、実にいい企画だ。8月11日はぜひ晴れてほしい。線香花火という日本文化の粋の継承とともに、東日本大震災のみならず災害で命を無くされた方々に、線香花火で追悼していきたい。いつまでも忘れないために。

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8月11日も、日本中で線香花火を咲かせましょう。

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2012年07月26日

第528夜:花とうるおい【宮古(岩手)】

 植栽。津波で甚大な被害を被った、海にほど近い宮古市中央通商店街では、震災前は舗道の両側にびっしりと植えられた植栽がシンボルであったそうだ。

 商店街を破壊した津波は、当然のごとく植栽も破壊。海水、ヘドロに浸かってしまった植栽はたとえ枝が見た目は無事でも、二度と花を咲かすことはないという。

 2011年秋、宮古市内では桜が満開になったそうだ。完全な時期外れの、いわゆる‘狂い咲き’と呼ばれる現象である。理由は分からないが、桜の持つ種の生存本能が起こした現象という。

 私が宮古入りした2012年5月以降、中央通商店街組合員の皆さま方から「もう一度植栽を復活させたい」「花が咲き誇る季節感ある商店街にしたい」という声が私にも届いてきた。

 植栽は立枯れ、付近はガレキやガラス破片が散乱していたが、宮古市役所様等のサポートによる撤去が進められた。そして、何もなくなった。

 商店街の願いが通じたのか、2012年に入ってから様々な花が商店街に全国各地から届けられるようになった。土を入れ替え、花を植えていく。徐々に緑が戻ってきた。ベンチも他県の商店街から寄贈され、買物客に親しまれている。

 前職の神戸・新長田時代、ベンチを屋外の商店街に設置すると1週間以内に無くなってしまうので、鎖で柱につないだ想い出がある。宮古ではそのような心配がないので、実に癒される。

 雪が降りしきる2012年3月下旬には、神戸から「桜メッセージツリー」が届けられた。2012年3月11日に閉店した神戸阪急にて、来館者から東北への応援メッセージが桜の花びらを象った用紙に書き込まれたものである。ひと足早く、中央通は応援の花で満開になった。

 続々と届く支援の花々。会議終了後など組合員が多く集う時間帯に、植栽に花が植えられていく。私もスコップで穴を掘り、肥料を巻き、花の苗を植える。皆さん慣れた手つきだ。宮古に、中央通に訪れる度に、色鮮やかな花々が増え、咲き乱れている。買物客も通行客も足を止め、花を愛でている。

 7月7日。梅雨の間隙を縫うように、七夕のボンボン飾りや色とりどりのメッセージが編まれた竹笹がカラフルな花を商店街に咲かせた。昼過ぎには早稲田大学ボランティアの皆さま方が商店街でジャズコンサートを披露。音楽の花を咲かせると同時に、昭和通おかみさん会もあんみつの御接待。色とりどりの甘味の花が満開だ。

 港町・宮古は勇壮な祭りや豪快な大漁旗装飾が見ものだが、このように日常にホッとした癒しのアクセントを感じさせる取組も欠かせない。通行客の柔らかな笑顔が印象的だ。植栽の植え替えなどは極めて地味で労力もかかるが、地道な活動が近い将来、復興の大輪を咲かせるものである。

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宮古市中央通商店街にて植栽作業中。

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2012年07月25日

第527夜:盛岡駅「栄華の宴」【Ekiben】

 「栄華の宴」。盛岡駅で発売されていた平泉世界文化遺産登録記念弁当である。

 数ある駅弁の中で最も異彩を放っていた。世界遺産登録記念を唄ったPOPが目立つこと、個別に布紙で包装されていること、そして、1800円という価格が主な理由である。

 かなりハードな日本縦断出張を終え、ようやく帰路に着く日。朝食を腹に入れる時間がなく、時間は14時を回っている。自分へのご褒美に、これぐらいの贅沢は許されるのだろうか。

 心乱れる私を後押ししたのが、この駅弁限定サービス。期間限定で缶ビールがもれなく1本プレゼントされるという。私は勇気を振り絞り、レジに向かった。

 盛岡駅から花巻空港に向かうガラ空きバスが動き出した。私はしずしずと包装を解いた。容器も木のような手触りの発泡スチロールという妙なこだわりが心を打つ。

 プルトップをカシュッと開け、缶ビールをノドに流し込んだ。体に染みわたる。フタを外した。見事な懐石の様式美が膝の上に広がっていた。

 最初に手を付けたのが「煮物」。茄子、筍、人参、そして松茸で構成されている。筍のポリっとした歯ごたえを楽しんだ後、茄子を口に入れた。その瞬間、私は眼を見開いた。松茸の旨みが猛烈に染みこんでいる。全く手を抜いてない。松茸の大きく、食べ応え十分だ。

 「手長海老甘煮」は殻ごと口に頬り込んでボリボリと噛み砕く。「子持ち昆布」は口の中でポリポリと弾ける。見事な懐石ぶりだ(あまり食べたことありませんが)。「鮭味噌焼」は金箔がまぶされており、薄味だが味噌の風味がほのかに舌に残る。

 「穴子の天ぷら」は肉厚で、下味がしっかりしている。醤油などを垂らす必要なし。ふと気付いたが、この駅弁には醤油もソースも付いていない。素材と下味で勝負を挑んでいるようだ。

 異質なメニューが「オーストラリアヒレ肉角煮」。あえて国産牛ではないところが痛快。シチュー肉のような塊を齧る。……。歯ごたえが手ごわいが、噛みしめるほどに旨みが濃くなる。添えられたアスパラとそら豆が口をさっぱりとさせる。

 この駅弁のクライマックスが「フカヒレ」「焼うに」「いくら醤油漬」の海鮮3種盛。「いくら醤油漬」はプチっと弾けた後、濃厚な魚卵のコクが一粒で口に充満する。「焼うに」は生うにの食感と魅力を限りなく残した超絶の一品。これらにはビールより日本酒が合うだろう。

 極めつけは「フカヒレ」。駅弁のフカヒレは初経験だ。一口で味わうのが惜しいので、半分齧った。……。シャクッとした歯ごたえの後、淡泊な風味が少しづつ広がっている。モグモグ噛んでいると、いきなり味が変わった。濃くなったというか、隠された旨みが一気に溢れてきたというか。20回以上咀嚼することをおススメする。

 「香茸のおこわ」は上品なダシで炊かれてモチモチ。漬物「金婚漬」の歯ごたえと豪華さ、酸味が全体を引きしめる。最後はデザート替わりの「甘ぐり」。‘寿’という文字がプリントされており、おめでたさを演出している。

 平泉の世界遺産登録に相応しい品質。まさに、栄華を誇った奥州藤原氏の権勢ぶりが時空を超えて再現されているかのようだった。

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盛岡駅弁「栄華の宴」

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2012年07月24日

第526夜:アルトとシュバイツ【盛岡(岩手)】

 ベアレン醸造所。100年前の醸造方法で造られている盛岡の地ビールである。ベアレンは何語か分からぬが「熊」を意味するそうで、岩手の自然をイメージして名付けられたそうだ。

 宮古から盛岡経由で花巻空港に向かうバスの待ち時間。たまたま1時間近く時間に余裕があった。普段はいつもギリギリで15分程度しかなく、慌てて駅構内で盛岡駅弁を購入し、バス車中で一杯やりながら堪能する至福のひと時を過ごしている。

 昼食を食べ損ねた夕方。空腹とノドの渇きが猛烈な勢いで私に襲ってくる。しかも駅弁はほとんど売切れで、残っているブツはすでに食了したものばかりだ。

 盛岡駅ビル「フェザン」地下の飲食店街を徘徊していた作業着姿の私は、その中の1軒<ひっつみ庵>に目を奪われた。10種類のビールセットがこれ見よがしにPOPとして外壁面に貼られている。餌がなくなり民家の敷地に踏み入れた熊のように、私は店に侵入した。

 ビールセットを注文しようとした。10種類のセットはそれぞれメインフードによって値段も違う。最も安い「いかげそ揚」880円から以下値段順に記す。「いか刺」「たこ唐揚」「刺身盛合せ」「白金豚の豚しゃぶ」「鯖味噌煮」「ソーセージ盛合せ」「一夜干し焼いか」「南部どり唐揚黒酢づけ」。最も高価なのは「南部どりタルタルチキン」1380円だ。これに盛岡名物(らいし)寄せ豆腐が付いてくる。

 大いに迷う。最低価格のいか刺か、ソーセージか。しかし、タルタルマニアの私は蛮勇を振り絞って最高価格タルタルチキンを選択。さらに、生ビールは3種類から選らばねばならない。アサ●スーパード●イ、ベアレン地ビール「アルト(赤褐色)」と「シュバルツ(黒)」。盛岡地ビール童貞なので、定番っぽい「アルト」にした。

 待つ間、メニューのただし書きを読む。私の注文した南部鶏は、岩手県田野畑村の甘竹さんが営業を再開して復活した鶏だそうである。神戸・新長田の天竹工務店ではなさそうだ。

 地ビールと一緒に運ばれてきた。まずは生をゴクゴク。……。ノドと目に沁みる。どっしりと重いのに地ビール特有のホップと軽やかさ。タルタルソースたっぷしの南部鶏を口に運ぶ。……。タルタルの甘味とコクと酸味がカラッと揚げられた鶏肉を包み込む。口直しの生野菜も寄せ豆腐もフレッシュだ。

 黒生地ビール「シュバイツ」をお代わり。黒特有の重さはなくドライな口当たり。何倍呑んでも呑み飽きない見事な出来栄えだ。

 バスの時刻が近付いてきた。お会計は2,000円もしなかった。盛岡地ビールと地鶏のタルタルソースチキンの相性に目を細めながら、冬限定・キリ●一番搾り岩手遠野産ホップ使用東北限定生ビールを一日も早くノドに放り込みたくなった。

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盛岡地ビール&南部タルタルチキン

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posted by machi at 06:36| Comment(0) | 岩手県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする