2012年03月30日

第448夜:神戸からの桜メッセージツリー【宮古(岩手)】

 桜メッセージ。桜の花びらを象った特注のピンク色用紙に、岩手県宮古市中心市街地商店街に向けて集められた神戸からの応援メッセージである。

 奇しくも東日本大震災から1年を迎えた2012年3月12日に閉店した神戸ハーバーランドの<神戸阪急>。神戸阪急も賛助会員だった神戸市商店街連合会と宮古市中心市街地商店街が震災後、相互訪問やイベントを通じて交流を深めてきた。これが御縁となり、神戸阪急様がお客様に書いて頂いた応援メッセージを宮古市商店街へお届けする企画が実現。17年前の阪神大震災では、神戸阪急をはじめとするハーバーランド地区も大きな被害を受けていた。

 仲介役を仰せつかった私も神戸阪急のO西店長、井S氏、T末女史、芸術家のN島氏と2012年3月下旬、宮古入りする機会を得た。そして、2012年3月24日、宮古市中央通商店街おでんせプラザにて、桜メッセージの贈呈式が行われた。

 前夜は神戸阪急チームと宮古市末広町商店街の懇親会。絶品の魚料理&復活した蔵元の地酒、シメのあっさり宮古ラーメンを皆で堪能した後、店を出た。すると、みぞれ混じりの雪が降り出した。一晩明けると、一面が銀世界。至る所で雪かきに悪戦苦闘されている。

 午前9時。従来の宮古時間なら定刻通り集まることはないのだが、商店街の皆さま方が珍しく9時までに雪を蹴散らしながら時間通り集合。神戸阪急の大N店長がご挨拶を述べられ、中央通のT橋理事長が代表してメッセージを受け取られた。

 単なるメッセージの贈呈ではない。ツリーもセットである。桜メッセージを引っ掛けるフックが多数付いた約2mの組立式ツリーを神戸阪急装飾チームが総力を挙げて製作。メッセージだけでなく、工夫を凝らした組立式ツリーも贈呈された。

 桜メッセージは2011年12月から2012年3月11日までの間に、約1万通も寄せられた。その中から500枚、宮古市に届けられた。

 組合員の皆さまが手分けしてメッセージをツリーに飾っていく。宮古市商店街の皆さまへ、と千羽鶴をプレゼントして下さった神戸阪急来館者様の気持ちに胸が熱くなる。一生懸命想いが綴られたコメントを、1枚づつ眼を通しながら桜メッセージをツリーに咲かせていく。思わず手が止まる。何かがこみ上げてくる。涙腺が緩んでくる。

 併催イベントとして、芸術家・N島先生のライブペイントも末広町りあす亭、中央通おでんせプラザにて24日から2日間開催された。タペストリーとガラス戸に独特のアートな世界が彩りを添える。

 雪に閉ざされた東北の春は間もなくである。どこの被災地よりも真っ先に宮古で咲いた、神戸からの桜メッセージ。満開である。

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宮古市中央通商店街に咲いた神戸からの桜メッセージツリー
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2012年03月29日

第447夜:ウミネコ飛び交う極楽浄土【宮古(岩手)】

 浄土ヶ浜。陸中海岸国立公園の中心であり、岩手県宮古市を代表する景勝地である。300年ほど前に訪れた高僧が、あまりの美しさに「さながら極楽浄土のごとし」と感激されたことから浄土ヶ浜と名付けられたそうだ。

 私は2011年5月より宮古入りし、9ヶ月以上住み、通い続けたが浄土ヶ浜を訪れる機会がなかった。車で10分程度だったにも関わらず。忙しかったこともあるが、いつでも行けるという想いが根底にあった。結局行くことなく9ヶ月間の復興ミッションが終了してしまった。

 2012年3月下旬、別件で宮古を訪問する機会をいただいた。宮古市商店街のM川マネージャーの運転で、末広町商店街事務局長のKミちゃんと3人で念願の浄土ヶ浜訪問が実現した。

 宮古市中心市街地の復旧スピードは凄まじい。見た目には被災した場所とは思えないが、商店街を抜け、浄土ヶ浜に至る沿岸地区は依然として津波の破壊力を実感させられる。解体が進まない建物も多く、改めて被災地ということを痛感する。高台には仮設住宅も集中している。

 10分ほどで高台にある浄土ヶ浜パーキングに到着。年間100万人という観光客を誇る浄土ヶ浜。観光シーズン(4月以降)は沿岸への車の乗り入れはできないのだが、オフシーズンだったため蛇行しながら海際まで車で移動する。

 大津波の影響で、最近まで海際まで足を運ぶことができなかったそうだ。また、津波のために以前とは奇岩の形が少し変わっているという。車道は復旧したものの遊歩道の一部は依然として通行止め。レストハウスも営業再開の目処が立たない。

 海際に着いた。……。私は眼を剥き、息を呑んだ。壮大な極楽浄土がパノラマで広がっている。鋭く尖った岩と海岸の白さ、澄んだ青い海、一部が残ったアカマツの緑。天が与えた奇跡の絶景である。被災地の厳しく険しい道のりの先に、極楽浄土があった。

 私は未見だが、「青の洞窟」の異名を持つ八戸穴がある。小型船で洞窟に入ると神秘的かつ幻想的な空間に浸れるそうだ。海岸線を周遊する遊覧船も復活。遊覧船の周りにはパンを求めてウミネコが群れながら飛び交い、パンを差し出せばくわえて飛んでいくそうだ。

 誰もいない浜に大量のウミネコが飛び交う。最初はカモメかと思った。餌付け慣れしているのか、どんどん近寄ってくる。大きいので迫力満点。顔の至近に飛んでくると恐怖すら感じる。

 ガヤガヤと音がした。振り向くと、スーツを着たオヤジ紳士の一団である。観光客に見えない。その中の一人が棒のようなパンを、聖火リレーのトーチのごとく高く掲げ出した。すごい勢いでウミネコが群がる。最初は嬉しがっていたオヤジも、数とスピードと迫力に慌てだした。

 私は遠目から見ていたが、戯れているというより襲われているようにしか見えない。オヤジ紳士のダークスーツが、ウミネコから発射される排泄物まみれにならないことを少しだけ心配した。いや、実は、排泄物まみれになるところも見たかったのだが。

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浄土ヶ浜

(付記@)
以前このバカコラムで紹介した宮古のCMプロジェクト「みやコマーシャル」。T橋ディレクターに無理を言って作っていただいた、マヌケでヨゴレなワタクシ自身の15秒バカCMが遂に完成。このほどアップされました。動画版あ〜ほボイルド、よろしければお目汚しにご笑覧下さいま(⇒http://miyacocm.com/)。イロモノのアヅマCMはともかく、アップされている他の作品群は本当にスバらしいです。

(付記A)
私は活字中毒です。電車の一駅区間ですら何かを読んでおかないと落ち着かないほど。鞄にはいつも2冊以上入っており、妙な重たさに日々悶絶。今までフェイスブックで読書記録を呟いてきましたが、これからはこのバカコラムに蛇足として読書記録を引っ越ししようと思います(いつまで続くか分かりませんが)。

≪蛇足:東朋治の今夜も狂読≫
『For You』(五十嵐貴久 祥伝社文庫):2012年3月28日読了
書店に平積みされてプッシュされていたので思わず購入。500ページ近いが、最初は恋愛青春小説。ラスト50ページで驚愕のミステリに早変わり。80年代女子高生の青春が瑞々しくも、学生時代を懐かしむことができる秀作。
叔母が急死したために遺品を整理していた女性編集者は、叔母の高校時代の日記を発見。そこには叔母が生涯独身を貫いて生涯を懸けた恋が記されていた…。そして、現在と80年代が交錯しながら、一つに線につながっていく。
私が読了済の五十嵐氏作品は『1985年の奇跡』(双葉文庫)『2005年のロケットボーイズ』(双葉文庫)『安政五年の大脱走』(幻冬舎文庫)。大脱走はミステリとして、奇跡とロケットは青春小説としていずれも秀逸。
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2012年03月28日

第446夜:白金豚を知っていますか【盛岡(岩手)】

 白金豚。岩手県花巻市のブランド豚であるそうだ。鹿児島・薩摩の黒豚がライバルだろうか。

 夜遅くに盛岡駅前のホテルにチェックインした私は、それほど空腹ではなかったもののノドの渇きを感じた。繁華街まで歩くパワーが残っておらず、ホテル真横の居酒屋<とりぼん>の扉を開けた。ラストオーダーに近かったようだが、長居する気もなかった。

 キ●ン一番搾り遠野産ホップ生ビールを呑みながらメニューに目を通す。焼鳥、一品何でもござれの雰囲気だが、花巻名産「白金豚」の串焼きシリーズに目を奪われた。

 毎月数回は盛岡を訪問しているが、花巻を訪れる機会はそれほど多くない。白金豚は前沢牛よりは知名度が劣るものの、短角牛よりは名が知れているといったポジションか。どちらにしても、白金豚を味わったことはない。

 私は白金豚の串焼きを4本(塩・タレ・ウィンナーと何か)、串カツを1本注文。生ビールをお代わりし、お通しの鶏スープを楽しんでいると、白金豚がブヒブヒと目の前に並べられた。

 思わず生唾を呑むテカリ具合である。まずは塩焼を手に取り、齧りついた。……。柔らかい。そして、脂が上品でサラリとして甘い。肉汁がたっぷりと口の中に溢れる。

 居住まいを正した。白金豚の実力を侮っていた。他の3本もブヒブヒしながら齧りつく。あっという間に腹に収めた後、熱々の串カツにたっぷりとソースをかけ、噛みしめた。……。さらに香ばしさと柔らかさが増している。脂と油が混ざり合い、肉汁が後から追いかけてくる。生ビールがさらに旨くなる。

 後日、盛岡駅地下の飲食店ゾーンをホタホタ歩いていた。バスの待ち時間を利用して昼食をとる算段だ。その中の1店舗に立ち飲み屋<えびすけ>がランチ営業していた。何気なく店外に貼られたメニューに目が入った。「岩手花巻産 白金豚のはみ出し丼」と書かれている。

 白金豚の虜になった私は迷わずに入った。はみ出し丼を注文。店の大将は注文を聞いてから、1枚づつ丁寧に焼きだした。これは期待が持てそうだ。

 煙が上がる。タレを絡めてさらに焼く。ジュワっと音が鳴る。タレと肉が焼ける匂いが鼻孔に飛び込んでくる。私はハアハアと舌を出しながら厨房をガン見し続けた。

 期待の一品が運ばれてきた。でかい。白金豚が確かにはみ出している。1枚を箸でつかみ、齧りついた。……。歯ごたえ、タレの味づけ、豚肉のコク、申し分なし。ネギのフレッシュさも嬉しいが、ワサビは実にいいアクセントを醸し出している。生卵もサービスで付いており、半分ほど食べ進めたところで投入すると、極上の白金豚生卵かけ丼に変貌。最初から最後まで箸のスピードと頬張るリズムが落ちることなし。極上の一杯だ。

 たっぷりボリュームに味噌汁、漬物、生卵がついて値段はわずか650円という感涙価格。しかも、丼の立食いというなかなかできない経験のオマケ付きである。

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<えびすけ>白金豚のはみ出し丼(盛岡)

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2012年03月27日

第445夜:遠野ジンギスカンの領土拡大【花巻(岩手)】

 遠野ジンギスカン。ジンギスカンと言えば北海道のイメージしか思い浮かばないが、岩手を訪れる度に目や耳に触れ、じわじわと私の中で存在感を増していったのが遠野ジンギスカンだ。

 遠野は民話の里として知られ、内陸の花巻と沿岸の釜石の間に位置する。何かのHPで見たのだが、遠野は1人当たりの羊肉消費量は北海道と変わらないそうだ。その昔、遠野で牧羊がさかんだったためらしい。

 気仙沼から花巻経由で翌日に釜石入りすることになった私は、夜遅くに花巻に到着。あまりの寒さと移動疲れで疲労が蓄積し、外に出歩く気分ではなかった。駅弁晩酌を検討するもすでに売切れ。ホテル近くにコンビニも見当たらない。<ホテル花城>にチェックインした後、夜のトバリに繰り出した。

 長期出張中は野菜不足に陥る。しかし、スタミナもたっぷりと付けたい。そんな私の目に飛び込んできたのが、ホテルからほど近い呑み屋街にある<遠野屋>。ジンギスカンがメインの焼肉店のようである。ちなみに私は一人焼肉に抵抗は全くない。

 奥の席に通され、取り急ぎ生ビールを注文。間髪いれず遠野ジンギスカン2人前を注文した。明るくて面白い女性店員さんが笑顔で「かなりのボリュームですけど、大丈夫ですか」とおっしゃる。私はニヤリと笑みを浮かべながら「楽勝」と渋めの声を発した。

 程なくしてジンギスカン鍋が設置された。武将の鎧かぶとのような独特のフォルムである。肉と野菜が運ばれてきた。私は目を剥いた。分厚い生ラム肉と野菜がたっぷりである。

 タレにたっぷりとニンニク、一味唐辛子をぶち込み、鍋の先端に油の塊を置いた。鍋全体に脂でコーティングしていく。続いて鍋の縁の窪んだところに生野菜を頂点に囲むように敷きつめていく。そして、鍋の盛りあがったところにラム肉を3枚ほど置いた。

 プシプシ、ジュージューと脂が跳ね、肉が踊る。肉の脂が鍋の傾斜に沿ってすべり落ちていき、周りの野菜に脂が絡みながら焼かれていく。

 肉を両面さっと焼き、焼き目が少し付いたところでタレにドブンと付けて口に放り込んだ。……。柔らかい、あっさりとしているのにコクがある。肉汁があふれる。臭みはゼロ。北海道の有名店と全く遜色ないどころか、凌駕しているように思える。とにかく焼き過ぎは禁物だ。

 ハイボールに切り替えた。たっぷり並々とジョッキに入っており、ウィスキーはかなり濃いめ。店独自の配合だ。たっぷり野菜もワシワシと喰う。羊の脂のコクが加わり、単なる焼野菜が数倍旨くなる、焼野菜の最も美味しく食べる方法と思われる。

 ラム肉。焼野菜。ウィスキー。皺なし脳味噌のコリがウィスキーでほぐれていく。ニンニクたっぷりタレに浸したラム肉が体中にエネルギーを見たし、たっぷり焼野菜に末梢神経までが喜んでいる。ちなみに値段は驚きの安さ。花巻に訪れる楽しみがグッと増えた。

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<遠野屋>ジンギスカン2人前(花巻)

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2012年03月26日

第444夜:トラウマの克服【郡山(福島)】

 郡山市。福島県内で福島市と覇権を競う中核都市である。県庁は福島市にあるが、郡山に県庁を誘致しようという動きもあるらしい。福島市の若手経営者達と懇談した私の印象だが、福島市と郡山市はDNAレベルで仲がよろしくないようだ。

 福島県白河市から岩手県一関市に向かう途中、郡山で乗り換えるために1時間以上の空白が生まれた。郡山は初めての私は駅改札から出て、非常に遅い昼食を兼ねて駅前散策を決めた。

 駅前商店街のアーケードを歩く。すぐに私は既視感に襲われた。明らかに見覚えがある。似たような商店街とのデジャブか、または前世の記憶か。ホタホタ散策を続けていると、ぼんやりと歩いていた私の空気頭が破裂しそうになった。一気に記憶が蘇ったのだ。

 完全に忘れていたのだが、前職の神戸・新長田時代、数年前だが郡山へ訪れたことを思い出した。新長田で開催した某イベントに関して、山師のようなオヤジと打合せするためである。

 イベントそのものは思い出したくもないほど悲惨な結果に。新長田時代の私の失敗事業は数えきれないほどあるが、その中でもメガトン級の大惨事。郡山の記憶だけでなく某イベントそのものも記憶の奥底に無意識のうちに封印していたようだ。

 冬の東北は半端なく寒い。封印していた嫌な思い出が一気に蘇り、体だけでなく心まで冷え込んできた。空腹も募ってきた。数年前は気付かなかったが、飲食店よりも風俗店の方が多いような印象すら感じさせる。

 「一日一麺」を座右の銘の一つとする私は、郡山ラーメンなるものを啜ろうとした。喜多方ラーメン、白河ラーメンに次ぐ福島三大ラーメンの一画を占めているそうだが(土産物屋で知った)、時間帯が悪かったのか何の予備知識も地図も持たなかったためか、郡山ラーメン専門店を発見できなかった。精神的動揺のためか、名店を発見する嗅覚まで落ちているようだ。

 体をとにかく温めたい。すごすご駅に引き返し、駅構内で立食天ぷらそばでも啜ろうとした私の眼に飛び込んできたのが、私のモットーである「一日一麺」と力強く染め抜かれたノボリ。その横には真っ黄色に染め抜かれたノボリが舞っている。そこにはただ一言、「カレーうどん」。

 吸い寄せられるように<そばの神田>に入る。メニューは基本的にすべて380円均一の立食い麺の店だった。携帯の画面やカメラのレンズが一瞬で曇るほどモワーと湿気交じりに温かく、肌に絡みつく。一気に体が温まり覚醒する。注文はもちろん、カレーうどんだ。

 間髪いれずブツが登場。まずはスープを啜ろうとする。……。ほとんどカレーライス用のルーなみの手強いトロミだ。味はしっかりと和風ダシも効いているのでまぎれもないカレーうどん。このトロミが嬉しい。ボリュームもあり、うどんにダシがたっぷりと絡みつく。

 私は作業用防寒ジャンパーを着込んでいるので汁のハネを気にせず豪快に啜る。身も心も財布も温まった。私の郡山トラウマを、一杯のカレーうどんが溶きほぐしてくれた。

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「一日一麺」のノボリが力強い

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