2020年11月24日

第2570夜:復興支援は焼酎で【黒崎(北九州)】

 <肴や>。「エルトン」のK奈ママが2020年3月というコロナ禍真っただ中に黒崎の歓楽街でオープンさせた小料理屋である。

 オープン当初はテイクアウト中心を余儀なくされたようだが、外出自粛も解除され、第2波に北九州市単独で襲われたがどうにか克服し(たぶん)、落ち着きを見せ始めた7月中旬。表参道新天街ミッション終了後、8人で乗り込んだ。私のリクエストである。

 生で乾杯。料理はお任せである。様々な絶品料理が運ばれてくる。何を喰っても旨し。さすがとしか言いようがない。酒は焼酎に切り替えることに。

 今年は地球上でコロナ禍が猛威を振るっている中世のペスト以来の大騒ぎだが、日本では数年前から梅雨時期は長雨による豪雨、秋は史上最大級の台風に被害に列島が襲われている。エリアの違いはあれど、毎年である。

 2020年の梅雨は九州(特に福岡県南部と熊本県)が悲惨な目に。熊本は数年前に大地震が、福岡県南部は3年前にも豪雨に襲われている。コロナとのダブルパンチである。

 黒崎の有志も物資支援等で現地で大活躍された。さすがである。その際のお話を聞かせて頂く。

 私は自分でいうのも何ですが、専門というか得意分野は「被災商業地域の復旧復興のお手伝い」である。ただし火災のような人災や今回のコロナのような特需もない目に見えない細菌戦は不得手。そもそも得意なヤツなどあまりいないだろうけど。

 豪雨被災地の状況を聞かせて頂きながら杯を呷っていると、入E氏が「焼酎で復興支援しよう」と言い出した。この店には豪雨被災地が蔵元の焼酎が何本か置いてあるという。

 まずは芋・麦・麦麹・米麹を原材料としたハイブリッドな「耳納」。福岡県朝倉市の蔵元である。これを一升瓶で。すでにクチアケされていたが、ほとんど残っていた。ママが女気を見せてたった●000円で提供して下さる。ほぼ原価じゃなかろうか。

 コロナ禍でボランティアの受入も困難を極め、復旧も進まない。毎年のような災害とコロナで報道も少ない。私のようなヨゴレ呑んだくれに出来ることは、焼酎を鯨飲し応援することだけ。

 あっという間に一升瓶が空いた。2本目は「源流の蔵」。球磨焼酎の一升瓶である。コロナ禍での水害など目も当てられないが、一日も早い新生を祈念しながら鯨飲。8人で店に入ったが、実質は6人でわずか2時間程度の間に一升瓶が2本。その間にビールなども喉に入れている。

 2軒目は当然のごとく<MICKEY>へ5人で。いつもは浜省のPVを流してもらうが、なぜかこの夜は80年代洋楽POPSモード。

 私が最も愛する洋楽アーティストはマドンナ様である。マテリアルガール♪やライク・ア・プレイヤー♪などテンションが最高潮になる。同行氏たちはトップガンやフットルースの主題歌に浸る。

 コロナ禍は別にすれば自然災害に異様に強い北九州市の凄みを痛感しながら、〆に何も啜らずに我が愛する定宿で泥酔爆睡した。

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頼もしい皆さま。

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被災地の焼酎。

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夜も更けて。
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2020年11月23日

第2569夜:大盛の流儀【春日部・大宮(埼玉)】

 ボリューム。初めて入る店で、特にメニュー写真もなく予備知識もなければ、値段や雰囲気から推測するしかない。よって大盛ではなく「普通」サイズを召還することが天地開闢以来の基本中の基本である。あまりルール分からず軽い気持ちで二郎系ラーメンに初チャレンジして轟沈した同好の士は少なくないはずである。

 梅雨が明けて酷暑が列島を襲いだした本来は東京五輪真っ最中だった7月下旬。武蔵の国の春日部駅西口にて22時ごろから何喰っても旨しだが特に焼とんが最高だった<いしん>さんでホッピー鯨飲。中がたっぷりで、割合が中6:外1に。ほぼ甲類焼酎のストレート。

 解散後、私はフラフラとホテルから近い24時間居酒屋へ。たまたまだろうがいつも混んでいるのにこの夜は客が皆無。再度ホッピーしながら洋風唐揚、マカロニサラダ。2週間前にハマってしまった「とりそば」で〆。ラーメンで〆ることも天地開闢以来の基礎である。

 翌昼。乗換の大宮駅から歩いて5分程度に屹立するお気に入りの横浜家系店(石川家)へ行ったら、コロナ自粛で休業中だった。地味なダメージを喰らう。

 日本で最も有名な煮干しラーメンチェーン(凪)を攻めるか、その隣で「伝説のすた丼」でパワーチャージするか……。

 ホタホタと炎暑の中、お店を物色。視界に飛び込んできたのは「大勝軒」というラーメンファンにとっては知らぬ者なき3文字。ちょうど正午ごろだったが、特に誰も並んでいない。南銀にある大勝軒とは異なっていた<大宮大勝軒>初ダイブ。店内は男性比率100%である。

 券売機に挑む。「チャーシューワンタン麺」1200円である。私はチャーシューメンとワンタンメンを愛してやまない。この二つがマリッジしているなら頼まぬ選択肢はない。

 問題は、大盛でいくかノーマルでいくかである。初めての店は量が分からぬ。これが九州豚骨系なら替玉できるが、正統派関東醤油で替玉スタイルはあまり聞いたことがない。

 2秒ほど長考していると、あっという間に後ろに5名ほど並んでいた。私は軽いパニックになり、大盛ボタンを押す。合計1350円というラーメン単品としては破格の豪華さだ。

 カウンターに座り、水を飲みながら目の前に貼られたPOPを熟読する。生卵を別注文し、麺をつけ麺のように浸しながら啜ると新たな地平が広がるらしい。再度券売機に50円(生卵)投下。

 ブツ降臨。……。思わず目を剥いた。顔が少しひきつった。明らかに洗面器サイズである。こんな大きな丼、特注しないとまずお目にかからない。隣のオヤジに普通サイズが運ばれてきたが、それもどう見ても大盛である。

 初めての店では量はノーマルでという天地開闢以来の掟を失念。胡椒をパラリし、とにかく攻める。一心不乱に啜る。汗が滝のように流れ落ちる。煮干風味濃厚で壮絶に旨い。

 啜っても啜っても減らぬ。半分あたりからもう限界。ここで生卵の2段活用。浸しながら味を確変させる。確かにまろやかで啜りやすく、ギアが上がる。

 気合で麺を啜り切った。スープは半分ほど残してしまった。これほどの絶品スープを飲み干せないことに猛省。

 もう二度とこの店で大盛はしない。硬く心に誓う。そういえば、店内で大盛を注文している輩は誰もいなかった。

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月2回ありがとうございます。

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旨し焼きとん、その1。

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旨し焼きとん、その2。

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独り2次会。

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ついつい。

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春日部での深夜1時以降に無双。

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風格。

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熟読。

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驚愕。
posted by machi at 11:35| Comment(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月21日

第2568夜:キューティー過ぎるハニー【鹿沼(栃木)】

 ハニー。1970代生まれのオヤジたちにとって「ハニー」といえば言わずと知れた『キューTィーハニー』。ハニーフラッシュがたまらなかった。しかし、2020年現在の栃木県鹿沼市にて「ハニー」といえば……。

 2020年7月下旬。下野鹿沼の経済界を縁の下から力強く支え続けるⅯ越氏&部下のS藤女史のご尽力で、鹿沼在住の子育て世代の主婦の方々4名からグループヒアリングする機会を頂いた。会場は<ハニービー>。その高名は耳にしていたが、実際に足を運んだのは初めてだった。

 もっと普通のカフェかと思いきや、スケールが違う。女性で埋め尽くされているレストランブース、数限りないハチミツ商品。オッサン単独は見かけない。

 奥の個室にて鹿沼市内の若き主婦の皆さまから様々なお話をお聞かせ頂く。特に子育て中の主婦の生態行動が極めて勉強になる。ランチ値段や情報伝達手段、駐車場やトイレの細かな配慮……。コロナ前後でも生活スタイルが変わられたようだ。

 <ハニービー>では今回お集まりの主婦が連れてこられたお子様の面倒も見て下さった。細かいところまで気配りが最高である。珈琲とスィーツも極上だった。

 鹿沼女性の心をわしづかみしている<ハニービー>ではあまりにも場違いなラーメン大好き鹿沼創業P事務局オトコトリオ(Ⅿ越氏&K子氏)は場違いで浮いている。

 よって昼飯は鹿沼オヤジの心をわしづかみしている<山いち>さんへ。

 鹿沼といえば、ニラと蒟蒻と土(らしい)。確かに「鹿沼ニラそば」表記は宇都宮でも見かける。しかし、このラインナップはあまりにもシブい。

 私はこの店の「ニラぶっかけ」を愛してやまぬ。唐揚醤油ラーメンに「ニラぶっかけ」。運ばれてくるときからニラの香ばしい香りが。

 私はあまり野菜を食べぬが、一番好きな野菜はニラ。次がネギ。3番目がニンニク。後は順不同。ちなみに私にとっての「サラダ」とはポテトフライ。たまにポテサラとマカロニサラダ。

 私が居酒屋で一般的な普通のサラダ類(生野菜)に手を出さない時は、体調が絶好調の証拠。生野菜を喰っていたらどこかイマイチ。下痢気味の犬が雑草を喰うようなものである。

 女将さんがノンアルコールをジョッキでこんもりと運んできて下さった。マスターからのサービスという。オヤジたちにとっては最高に嬉しいサービスである。

 店内はほぼお客で埋まっているが、先ほどの<ハニービー>さんとは気のせいだろうが客層および客が醸し出す雰囲気が異なっている気がした。

 ブツ降臨。別皿の2ヶの唐揚のうち、1ヶはそのまま熱々で。もう1ヶはスープに浸す。

 透き通った毎日啜れる黄金スープ。麺も小麦の産地にこだわった細麺と平麺の2種類。上品なスープとニラの野生のコラボ。

 私のようなオヤジには、ハチミツよりもニラ、スィーツよりラーメンの方がハニーフラッシュなのかもしれない。

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ハニーな楽園。

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はちみつだらけ。

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ご協力ありがとうございました。

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ノンアルとニラぶっかけラーメン。私のようなオヤジにはこれに限る。

posted by machi at 15:27| Comment(0) | 栃木県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月20日

第2567夜:涙雨【会津若松(福島)】

 Go To。様々な点で難儀しているが(2020年7月下旬時点)、経済と病原菌感染拡大防止を両立させるという地球誕生以来極めて難度高く困難なアプローチである。

 開始時期や運営方法等に賛否両論あれど、経済界の末端中の末端に身を置くチンピラ(私)にとって、まさにウィズコロナ時代へと新たなステージへ移行した象徴的事業と感じている。

 緊急事態宣言解除後の6月は徐々に乗客が増えてきたと思いきや、7月になるとま5月に戻った感じのある新幹線や在来線を乗り継ぎながら会津若松へ。

 普段はミッション先の神明通り商店街隣接するホテルを定宿としているが、この日は翌朝7時移動ゆえ、同ホテル系列の駅前店にチェックイン。

 2020年は長梅雨で九州に甚大な被害を再度もたらした。この日、豪雨で北東北は大荒れ。福島県も大雨警報が発令されていたが、私が会津入りした時点で雨は止んでいた。会津若松は自然災害に実に強い土地柄である。

 ホテルのフロントは人で溢れている。こんな光景はいつぶりか。しかし、出張客には見えない。会話が耳に入ってくる。GOTOキャンペーンの一団がほとんどだった。遠方ではなく県内や近郊からの旅客が多いようである。県跨ぎは難しいが、徐々に恢復を感じられる。

 コロナ対策が徹底されるようになり、ホテルでも検温を求められることが増えた。誠に結構なことだが、もし私がコロナでもなんでもなくただ発熱していたら泊めてくれないのだろうか。毎回落ち着かない気分になる。

 駅前店では隣接するスーパー銭湯の無料入浴券を頂けた。有効期間は2日間。今回は利用できるタイミングがない。

 ちょうどチェックインしたタイミングで再び雨が降り出した。雨脚が強くなってきた。ネットニュースでは、福島県内の福島市等では警報レベル4が発令。避難準備の指示が出ていた。

 ミッション先の神明通り商店街では7月隔週金曜に「酔市」を開催。半端ない大盛況らしい。会津っ子はイベントや祭りに飢えているご様子。私が知る限り、コロナ以降日本で最初にステージを組んだイベント。当然自粛警察的なご指摘もあったようだが、神明、凄すぎる。

 ミッション終了後、大雨警報の中、會津商人館<ハジャイ>で懇親会。絶品のエスニック料理をツマミに黒生ビールをグイグイ。談笑していたら、本日泊まる春日部の定宿から着信が。

 嫌な予感がした。……。やはり、日付を間違えて予約していたらしい。本日2泊分支払う旨をお伝えする。年に1.2回ヤってしまう。春日部の定宿では2回目。まさにドブに金を捨てる行為。半分やけ気味に地元の絶品地酒をほぼ一人で一升近く。外の豪雨よりも、心の中で涙雨。

 ホテル戻る前にコンビニまで送って頂き、飲み物とアイス買おうとしたら「喜一監修喜多方Sioチャーシュー麺」発見。数か月前に<喜一>で啜った際、あまりの絶品ぶりに脱腸しそうになったことを思い出す。迷わず捕獲。ホテルのレンジで温めてる途中から記憶がぶっ飛び。

 久々に目覚ましの力で目覚め、慌てて荷造り。味は全く覚えていないがしっかり啜り切った形跡あり。しかし、鍵がない。必死で探すが見つからない。部屋に入っているので必ずあるはず。

 フロントでお詫びしようと部屋を出たら、ドアノブに突き刺さっていた。……。緊急事態宣言解除から2か月。まだまだコロナボケのまま。本調子にはほど遠しである。

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会津地方の中心の中の中心、神明通り商店街。

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黒生最高。

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揚げ春巻き大好き。

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ヘルシーな生春巻き。

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ピリ辛で旨しな空心菜。

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鯨飲。

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今年もよろしくお願いいたします。

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東北の711限定だそうな。
posted by machi at 08:50| Comment(0) | 福島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月17日

第2566夜:お福分け【小山(栃木)】

 <カフェリ・フジ>。栃木県小山市の犬塚にて1968年に創業した喫茶店である。

 7月下旬の4連休初日というのに梅雨空しとしとで全く暑さを感じない朝10時。小山会商工会議所の芸人・S氏とこの喫茶店に向かった。

 その前夜、小山駅西口駅前の居酒屋でS氏、まちの駅<思季彩館>K林氏、市役所H場氏と暑気払いしていた際、私が昨年度訪問した小山駅西口の創業50年以上居酒屋、創業30年以上スナックの経営者のお話が印象に残っていると話していた。

 するとS氏が「明日、帰る前に時間あるなら創業50年の喫茶店に行きますか?」。ハイ!ヨロコンデ!!

 その夜は22時前にホッピー9杯ほどで切り上げ、ホテルに戻ってバーボンをヤリながらユーチューブのラーメン食べ歩き動画に見入ってから寝落ちした。

 翌朝。S氏の運転で向かった先は、味のある洋館。しかし、工事中である。するとS氏は隣接する家屋の方へ。オーナーのEツコさんのご自宅である。純日本庭園な御屋敷。狼サイズのシェパードがにらみを利かせている。

 オーナー様のご自宅に上がる。掘りごたつに足を下ろす。窓の外は獅子落としがカクンカクン。雨の日本庭園が風情満点である。これも日本の夏である。冷房なくとも十分に涼しい。

 抹茶と宇都宮から取り寄せた茶菓子を頂く。抹茶がしみじみと旨い。茶菓子も上品。普段口にしない2本立てに朝から異世界に迷い込んだセイウチの気分である。

 Eツコさんから創業からこれまでのお話をお聞かせ頂く。口のはさむ余地なし。ただただ首肯するばかり。物件選び、内装のこだわり、研究……。これから創業を志す方、特にcafé開業希望の女性には絶対に聴いていただきたい経験談であり、ビジネスセンス。

 メニューも圧巻。珈琲、紅茶、中国茶、抹茶、スィーツ、サンドイッチ。簡単に書いているが、これらが凄まじく細分化されている。数えていないが100種類ぐらいあったのではなかろうか。

 小山は最近特にcafé関連が増えてきたようである。そんな小山の喫茶店のハシリである。

 珈琲ゼリーも本格的なほろ苦さとクリームが絶妙に絡み合う。生まれて初めて珈琲ゼリーを食べたかもしれない。

 こだわりを極めたハンドドリップの珈琲が降臨。タルトとチェリー従えて。香ばしく、クセがなく、美味さの純度が濃い。お話に耳を傾け、私が生まれる前の一代記に耳を傾けているとあっという間に2時間たった。

 言葉ひとつがポジティブである。S氏がエツコさんに差し入れたユニークなどら焼きを3ヶおすそ分け頂いた。しかし、おすそ分けではないという。「お福分け」と表現する。

 確かに頂いたものを「裾」は失礼かもしれない。言葉だけでなく、行動力も圧巻。柔軟さも感動。私などまだまだ門前の小僧以下である。

 S氏に小山駅まで送って頂く。車内で少しPC。4連休初日というのに新幹線はガラッガラ。タフな3泊4日の栃木県。駅弁とビールの気分でもない。

 S氏の差し入れをエツコさんから「お福分け」頂いたどら焼き3種類(エルヴィス☆サンドラ・チョコミント・濃厚完熟チョコババナ)を机に並べ、ポケットバーボンを取り出した。お気に入りのミステリと共に。

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前夜の暑気払い。

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カフェリフジ。

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オーナーのご自宅の庭園。

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いつもありがとうございます。

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お抹茶を頂く。

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香り高い珈琲と焼き菓子を頂く。

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変わり種のどら焼きを頂く。
posted by machi at 15:13| Comment(0) | 栃木県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする