2012年05月19日

第480夜:小学生落語家の名人芸【宮古(岩手)】

 福興寄席。宮古市末広町商店街の<りあす亭>で定期的に開催されている落語会である。

 2012年5月13日の福興寄席は、特別に入場無料のチャリティとして開催された。高座に上がったのは、名古屋在住の小学6年生「KOHARU亭たいちろう」氏と小学4年生「KOHARU亭けいじろう」氏兄弟。天才小学生アマチュア落語兄弟として地元・名古屋で大人気のローカル大スターである。

 兄のたいちろう氏は宮古市鍬ヶ崎地区の履物店の下駄を愛用していたが、昨年の大津波で履物店が被災。大阪で避難生活を送られている履物店ご夫妻を励ましたことが御縁で、宮古でのチャリティ上演が実現した。大震災後、兄弟は全国で震災支援のためのチャリティ落語会を十数回開催。被災地に元気と笑顔を届けられている。

 午後3時。着物に身を包んだ兄弟が登場。会場からは「かわいい〜」という声が漏れる。下ネタ交じりのマクラからいきなり会場を爆笑に包む。客との掛け合いも円熟を感じさせる。

 トップバッターはたいちろう氏が「まんじゅうこわい」を、続いてけいじろう氏が「小言幸兵衛」を披露。

 私は目を奪われた。アマチュア小学生として侮ることなかれ。完全にプロの至芸である。特に弟のけいじろう氏は、クリクリ坊主頭の愛らしさで普通の小学生にしか見えないのだが、高座では本当に長屋のオヤジに見えるほどの熱演だ。

 芸能プロダクションからもスカウトが絶えない実力者兄弟に、地元名古屋のTV局密着取材。ワッハ上方アマチュア演芸コンテストに弟は優勝、兄は準優勝を獲得。大阪くらしのミュージアム今昔館子供落語大会では兄弟そろって優勝するなど、受賞歴も多数。実力は折り紙つきである。

 たいちろう氏のイリュージョナルな影絵パフォーマンスの後は、実力派若手漫才師「いたしかいし」。喜美いとし・こいし師匠の最後のお弟子さんで、会場を大いに沸かせた。

 小学生落語家と若手漫才。正直申し上げて少しスベるのではないかと幾分危惧していたのだが、全くの杞憂。会場を占めたご婦人方の心を完全に鷲掴みにしていた。常に爆笑で、はたから見ていて死にそうになるほど笑い転げているご婦人も見られた。最後は会場全員で大合唱だ。

 終了後、たいちろう氏とけいじろう氏の御両親、いたしかいしのお二人、TV局、商店街も交えて総勢20名ほどで懇親会。受け答えは完全に芸人の小学生兄弟だが、着物を脱いで普段着に着替えるとどこにでもいるような利発そうな小学生に戻る。兄弟仲が非常に良く、常に二人でじゃれ合ったりしている。小学生兄弟はジンジャーエールで乾杯だ。

 懇親会を盛り上げたのは、兄弟のお母さま。中途半端な芸人なら裸足で逃げ出すほどのマシンガントークで場を制圧。その横でニコニコ目を細める物静かそうなお父様。被災地に幸せを運ぶ田中さんご一家の、いたしかいしのお二人のますますのご活躍を祈念いたします。

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兄の「KOHARU亭たいちろう」氏・小学6年生(江戸落語)

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弟の「KOHARU亭けいじろう」氏・小学4年生(上方落語)

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爆笑に包まれた会場

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2012年05月18日

第479夜:杜の都の源氏物語【仙台(宮城)】(その四)

■ 7杯目:黒生ビール+お通し(墨を挟んだイカの燻製・ピーナッツの燻製)

 熱燗を呑み続けた。味噌汁で暖まった。かなりの塩分を摂取し、ノドが渇いた。暖房の効いた場所で熱燗を呑み続ける。その後に一気にあおる生ビールの爽快さは筆舌に尽くしがたい。

 熱燗通しのシメ酒として、私は黒の生ビールを選択した。ゴキュゴキュ喉に放り込む。爽快な苦み、ほのかな甘みが私の涙腺を緩ませる。

 最後のお通しは、洋酒系の自家製燻製である。ピーナッツの燻製が香ばしい。塩味の加減も絶妙だ。そして、イカである。単なるイカの燻製でなく、イカ墨を挟んだ上で、燻製しているのだ。イカスミ燻製の歯ごたえ、コク、磯の香り。恐ろしいまでに黒生ビールと合う。

 生ビールが一杯ではとても足りないが、お客がひっきりなしに入れ替わる。満席で断念した常連も多い。というより、この店は常連が連れてこないと、まず分からないだろう。

 重厚な木のカウンターは、受け皿からこぼれた酒、客の脂や汗、様々な情念で黒光りしている。歴史が染みこんでいる。

 私は神戸から来たストレンジャーだが、数年ぶりとはいえ2回目。常連に連れてこられた隣の仙台サラリーマンが、「へぇ、こんな店があったのかぁ」とつぶやくのを耳にすると、思わず先輩風を吹かしそうになる。

 カウンターの歴史を彩ってきた年配の常連客たちは、極めて渋く呑んでいる。最高の時間にとろけているのが、私にも伝わってくる。

 店内は20人程度でほぼ満席と思われるが、みなさんかなりの酒好き。どんどん杯を重ねていく。酒が進むようなお通しの選択とタイミング、量。店の雰囲気。ただし、客が悪酔いせず騒がないような雰囲気を、お店と客が双方で作り上げている。極めて居心地の良さを感じさせる。

 何も考えず、酒を呑み、1杯1品の極上お通しの世界を堪能する。次に何が出てくるか予測できない緊張感と楽しみ。杯を重ねないと辿りつけない到達点。店の実力の底が全く見えない。どこまでも深そうだ。杯をどんどん重ねていくと、ママさんも私を注目し始めたような妄想に酔い、幾分誇らしくなる。

 1杯呑むごとに出てくるお通しの順番は、店が決める。隣の客の皿を観て、「あ、アレ旨そう。こっちも同じのをして」という野暮野郎は、この店の敷居を跨いではならない。

 店の名前通り、出される酒と肴の一品一品が、壮大な「源氏物語」絵巻を繰り広げる。まさに雅とイキが絶妙のバランスで競い立つ夢の世界。常連客はおそらく、流行ってほしいが誰にも教えず、自分だけの隠れ家としてそっとしておきたいという複雑な気持ちも伝わってくる。

 杜の都・仙台で、ひっそりと灯りをともす「ゲンジボタル」。毎日でも、私は通いたい。〔終〕

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2012年05月17日

第478夜:杜の都の源氏物語【仙台(宮城)】(その三)

■ 4杯目:新政(熱燗)+お通し(おでん5種盛)

 いろいろ酒の銘柄を変えていくのもたまには楽しいが、このような渋い居酒屋では野暮である。私は新政の熱燗でしばらく押していく戦略に切り替えた。

 そろそろ腹に溜まるものを口にしたい。そう思った矢先、おでんである。味の染みた玉子、白い板コンニャク、プルンとした食感が楽しい玉こんにゃく、ちくわ、はんぺん。ただ、あくまでもお通しなので、どのネタも小ぶりである。腹一杯になると、酒が進まなくなる。呑んだくれの気持ちを憎いほどに吸い上げている。

 辛子がツーンと鼻に効く。おでんの実力は、練り辛子の辛さと比例する。おでんに熱燗。腹が絶妙に落ち着いた。

■ 5杯目:新政(熱燗)+お通し(鮭トバ・韓国海苔)

 5品目のお通しは、こだわりが感じられる燻製だ。鮭トバと韓国海苔である。

 鮭トバは、北海道などでは定番。指でつまんで、噛みしめる。歯ごたえがある。自家製特有の塩からさと、脂のコク。量もたっぷりとある。鮭を齧り、酒を呑む。相性は極めて良縁だ。

 軽く焙られた韓国海苔の香ばしさ、ほんのりとした塩の味がたまらない。韓国海苔は酒のアテとして実力は高いが、おでんの後に出てくるところが渋い。酒のピッチが速くなる。

 今まではお通しが酒よりもすぐに無くなっていたのだが、鮭トバ&韓国海苔という珍味コンビのパワーに押され、酒の消費ペースが速くなった。お通しが減らない。私は作戦の変更を迫られているようだ。

■ 6杯目:新政(熱燗)+お通し(味噌汁)

 熱燗を再度注文し、先程の杯のお通し(鮭トバ&韓国海苔)を楽しむ。この6杯目のアテに、珍味系が来ると厳しいなと眉間に皺を寄せていると、割烹着ママさんが「味噌汁、召し上がられますか?」。

 私の空気頭が破裂した。味噌汁。酒休めとして、これほど絶妙な選択は考えられない。

 私は椀物や汁物で酒を呑むことを好む。シメではなく、一発目でも良い。焼鳥屋の鶏スープ、寿司屋の茶わん蒸しや澄まし汁、おでんの汁、土瓶蒸し。チャーシュー麺の麺抜き。汁モノは、充分に酒の肴である。

 湯気を立てた味噌汁が運ばれてきた。一口啜る。燻製と酒でヒリついたところを、上品なダシが駆け抜ける。味噌汁の具は、たっぷりの魚のアラに、味噌で煮込まれても鮮烈な香りを失っていない山菜。具を肴に酒を呑み、汁を肴に酒を呑む。酒と肴のペースが、味噌汁によって再びバランスが保たれた。〔次夜完結〕

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新政の熱燗&おでん

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2012年05月16日

第477夜:杜の都の源氏物語【仙台(宮城)】(その二)

 酒やビールを注文すると、半端なく手間暇かけられた極上の逸品が、1杯に付き1品づつ拠出される。これが、極めて絶妙のタイミングと量、味づけである。

 数は多くないものの壁に張られた極上の肴も極めて心動かされるが、あえて注文せず。酒の選択以外は店にお任せ。「源氏物語」の世界に頭も身も委ねるのが、粋な作法と推測される。

■ 1杯目:モルツ生ビール+お通し(鯖煮付・南瓜煮・漬物糠漬)

 私は数種類ある生ビールから、モルツを選択した。きめ細かい泡がクリーミーだ。私はプレミアムモルツも好むが、シンプルな普通のモルツの方が飽きずに何倍も楽しむことができる。

 小さく切られた鯖の煮付は、脂が乗っており柔らかく、箸でフワリと千切ることができる。味づけも濃い目で、ビールが進む。南瓜のポクポクした歯ごたえも嬉しい。

 自家製の糠漬けは、胡瓜と沢庵。甘味がなく、糠床の深みが舌をキリっと引き締める。一つ目のお通しから、期待が仙台七夕の笹飾りにように高まる。

■ 2杯目:新政(冷や)+お通し(温奴)
 ほとんどの客が日本酒を楽しんでいる。私も日本酒に移行する。秋田の地酒「新政」だ。

 酒がグラスから溢れ、受け皿にドボドボこぼれていく。その受け皿も表面張力ギリギリ。カウンターから慎重に手元に移動させ、恥ずかしながら少し犬呑みする。

 5分の1ほどグラスの酒を消化したところで、受け皿に溜まった酒をグラスに戻す。この瞬間は、最高にシアワセである。移し終えたころ、2品目のお通しが出てきた。温奴である。

 湯につかっておらず、見た目は冷や奴。薬味がトッピングされている。しかし、箸で口に運ぶと、トロリと温かい。豆腐がとんでもなく濃厚で旨いので、醤油を必要としないほどだ。

■ 3杯目:新政(熱燗)+お通し(マグロと白身の刺身)

 仙台は東北の中では温暖とはいえ、夜はしっかりと冷える。冷やと同しくグラスに注がれた熱燗がしみじみと体に染みわたる。皺なし脳で占められた私の空気頭が、ホワリと東北の夜空に飛んでいきそうだ。

 醤油にワサビを研ぎ、まずは白身から。なぜ白身と表現したのかというと、何の魚か分からなかったから。ママさんのあまりの多忙ぶりに、質問するのも憚られる。しかし、歯ごたえ、鮮度、言うことなし。旨ければ良いのだ。

 マグロは赤身と中トロ。アテとしてより長く楽しむため、赤身を醤油皿に浸した。ヅケにするのである。その間に、中トロをチョンと醤油に付けて味わう。上品な脂が口の中で溶ける。熱燗のどっしりした重みが口の中を洗っていく。そして、ヅケにした赤身マグロを、箸でチビチビと千切りながら熱燗の肴とする。〔次夜その三〕

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「新政」熱燗と「温奴」

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2012年05月15日

第476夜:杜の都の源氏物語【仙台(宮城)】(その一)

 文化横丁。仙台の繁華街の一角に佇む、魅力的な夜の飲食ゾーンである。老舗とモダンが入り混じり、どの店も良さそうな雰囲気にあふれている。夜が更けると、大勢の酔客の声がドア越しに聞こえてくる。

 その一角に、人が一人通れるかどうかの路地がある。入り組んでいる。突き当たりにぼんやりと看板の照明が灯されている。<源氏>という居酒屋である。

 店の構え、立地。イチゲンが暖簾をくぐるには、かなりの勇気を必要とする。まずフラっと入れる雰囲気ではない。

 私は数年前、仙台を訪れた。すでに廃刊となったガイドブックに載っていたので、たまたま訪問することができた。ガイドブックに載ってるぐらいだから、イチゲンの私でも大丈夫だろう。そのように自分自身を鼓舞せねば、足が竦んで硬直してしまいそうだった。

 それから千以上の夜が過ぎた。いまだに、<源氏>で味わった至福のひととき、感動が忘れられなかった。
私は(仮に)20歳から呑み始めたとし、38歳に至る現在まで、平均週4日は外で呑んでいると推測される。1軒目で終わることはまずないので、1日2軒ハシゴしたとする。店はもちろん重複するが、以下の数式が得られた。

私の呑んだ店の数 : 1日2軒×週4日×年52週×18年間=7,488軒

 自分で計算して、少し引いてしまった。計算ついでに、1軒で生ビールを6杯呑んだとする。

私の呑んだ生ビールの数 :7,488軒×5杯=44,928杯

 約45,000ジョッキである。私の訪問したのべ7,500軒の呑み屋で、<源氏>は私の居酒屋ベスト5に確実にランクイン。このバカ計算は、如何にこの店が素晴らしいかを伝えたいがための隠微な情念だ。余談ついでに全くの個人的嗜好だが、神戸・新長田の<あみさき>、大阪・十三ションベン横丁の<あさひ>、岩手・宮古の<のり平>もベスト5に食い込んでいる。

 迷宮に迷い込み、一抹の不安と無限の期待を胸にガラリと引き戸を開けると、見事なコの字カウンターが目に飛び込む。照明は極力落としている。コの字の中では、割烹着を着た、汗とは無縁の上品なママさんが、軽快かつ優雅に動かれている。

 カウンターはびっしり客で埋まっている。騒ぐ客など誰もおらず、皆さんじっくりと酒と肴を楽しんでいる。私は詰めていただき、45,000杯の生ビールで膨張した体を滑りこませた。

 旬の魚や干物が壁に一部張られているが、基本的にメニュー表は存在しない。未確認だが、恐らく焼酎やウィスキー、チューハイやワインもない。4種類の生ビールと、数種類のこだわりぬかれた地酒のみだ。ドリンク値段は平均1,000円程度。あれ、高いと一瞬思うが、凝視すると壁に張られた酒の御品書に、すべて「お通し付」と書かれている。〔次夜その二〕

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<源氏>物語への入り口

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