2019年02月21日

第2142夜:ジョージアからのお墨付き【熊谷(埼玉)】

 熊谷うどん。うどんといえば讃岐、稲庭が一般的には2強。「日本三大」のキャッチ取得を群雄割拠しているイメージである。日本中旅して麺類を対峙している私もうどん愛が深い。

 関西のうどんはすでにそのようなカテゴリに属していないのかもしれぬが、伊勢うどん、福岡(北九州)うどん、五島うどんなどに目を細めてきた。しかし、熊谷うどんなる存在は2017年になるまで存じ上げなかった。実食できたのは平成最後の年の晩秋だった。

 熊谷駅構内に熊谷うどん専門店<熊たまや>が屹立。駅構内はメジャー系ファストフード中心だが、この店だけが異彩を放っている。2017年から気にはなっていたのだが、何故か啜るタイミングに恵まれなかった。

 ある晩秋の夕方遅く。栃木県鹿沼市を8時過ぎに発ち、宇都宮、大宮、熊谷と乗り継いできた。ひたすら煙草が吸える喫茶店でPCしていた。熊谷からは秩父鉄道へ寄居へ向かう。しかし、発車時刻まで25分ある。少し空腹を覚えた。

 いい機会である。<熊たまや>の券売機に佇み、1番人気という「肉ネギつけ汁うどん」600円を召還。冷たいうどんを熱い汁に浸すのが熊谷流らしい。

 カウンターに座る。水とすりおろしキット付きの胡麻が眼前に置かれた。出来上がるまでに「マイ七味」を作ってくださいとのこと。説明書きPOPを読む。

 昔、七味などをカバンに常に持参しているような人が流行ったような気もするが、自分でマイ七味を作るとは考えられなかった。そもそも、何の「七」なのか意識したこともなかった。

・ゴマ:香りに富み、老化や動脈硬化の予防に
・山椒:香りと辛みで血行促進、冷え性改善
・一味:辛みが強くて代謝促進、食欲増進
・あさの実:噛み潰して香りと辛み 高血圧や動脈硬化、心疾患の予防
・けしの実:栄養価に優れ疲労回復、肌荒れ改善
・陳皮:みかんの皮を乾燥させた生薬で、血流改善や健康整腸
・青のり:カルシウム豊富 イライラ解消、集中力UP、血行促進

 ……。いいことづくめでないか。私は一味派だったが、七味派に転向しそうだ。それぞれを調合し、すり下ろしていく。しかし、適度な分量がわからない。微調整できぬ。

 こんな感じかなと首を傾げていると、ブツが運ばれてきた。刻み葱は別添えである。そして「熊谷産 吉岡の里たまごファーム 朝どり生たまご」が1つサービスされた。至れり尽くせりだ。

 まずは何も入れず、そのままで啜る。……。つるりとしたのど越しと冷やして引き締まったうどんが熱いつけ汁を身にまとい、官能的なラインダンスを繰り広げている。

 2口目は葱をぶち込む。爽やかさが増す。3口目に、マイ七味を投下する。そして、啜る。……。市販の七味では表現できない重層感と奥行き。辛さよりも香ばしさが前に出る。今までにない世界が広がった。

 後半戦は生卵をぶち込み、一気呵成に啜りこむ。肉も生卵が絡んで旨さが倍加している。麺1本、つけ汁1滴残さず字義通りに熊啜だ。

 いつか知らぬが「全国ご当地うどんサミットin熊谷」が開催され、地の利を活かしたのか熊谷うどんが「グランプリ」と「ジョージア大使賞」の2冠に輝いている。ちなみに準グランプリが「北海道純雪うどん」、第3位が「炙り牛釜玉うどん」。

 ジョージア大使賞という語感が強そうである。ちなみにアルゼンチン大使賞は「川幅うどん」が受賞。ジョージアとアルゼンチンでもうどんが盛んだったのか。そもそも、サミットで入賞したうどんをすべて未啜どころか名前すら恥ずかしながら存じ上げなかった。

 うどんの世界、奥深すぎる。私は麺道の求道者として失格である。自称黒帯を返上せねばならない。海外武者修行が必要である。まずは手始めにジョージアやアルゼンチンでうどん啜修行に励まねばならぬようだ。手始めにしては凄まじく遠そうだけど。

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冷たいうどんを熱いツユで。

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七味を好みに調合可能。

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芸の細かいサービス。

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立ち寄らずにいられないかも。

posted by machi at 08:26| Comment(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月20日

第2141夜:痛風の特効薬・1錠目「レモン牛乳」【鹿沼・宇都宮(栃木)】

 <石Hクリニック>。北朝霞駅から徒歩1分にあるお医者さんである。我が定宿も駅から徒歩1分程度だが、前夜に襲った痛風に悲鳴を上げながらチェックアウト。駅から徒歩1分のところを20分近く足を引きずりながら歩き、駅前ビル5階のクリニックに初めて飛び込む。

 先生は私の足を観た瞬間、顔をしかめ「うゎ〜、完全に痛風ですね。痛いでしょう」と痛風薬を処方して頂く。先生曰く、薬は1時間ほどで効いてくるらしいが、私のように思いっきり発病しているヤツは痛みが抜けきらないそうだ。しかし、足引きずって痛みを我慢しても歩けるだけでも大助かりである。

 北朝霞から浦和で乗り換えて宇都宮へ。鹿沼方面まで40分以上待ち時間がある。痛むものの、何とかスローで顔を顰めながらだが痛みは和らいでいる。

 外に出るのも億劫ゆえ、駅構内の<宇味家>で焼餃子、揚餃子にライスを召還。さすが宇都宮の焼餃子、素晴らしいレベルである。しかし鹿沼っ子たちのお気に入り餃子はかなりディープらしく、宇都宮駅前には餃子屋ばかりだがもっと奥まったところに行くそうだ。

 店内はビールを旨そうに飲んでいる客多しだが、さすがにビールは注文しようという気分にならない。痛風だけでなく、ミッションを控えている身ゆえ当たり前だが。

 移動中、ひたすらネットでプリン体の多い食べ物、少ない食べ物などを検索する。多い食べ物はレバー、あん肝、白子、かつお、魚の干物とあった。もつ煮とか最悪らしい。煮干しもダメなのか。煮干し風味のラーメンやかつおだしの効いた立ち蕎麦が啜れないでないか。

 14時半ごろ鹿沼駅着。歩くのはツラいのでタクシーで旅館へ。1分も掛からずに到着。運転手さんに詫びながらもほっと安堵。2階だったので階段がツラいが、午前中と比べたら自力で登れるから抜群の改善。昨晩一睡もしなかったので、少し仮眠する。

 鹿沼ミッション終了後、6人で<パブリックハウス六本木>へ。居酒屋とスナックとラウンジ機能をハイブリッドに兼ね合わせたこの店、私はすっかり虜である。

 生ビールは避け、ハイボールから私はスタート。途中からは焼酎に切り替え。焼そば、焼うどん、ピザ、唐揚をツマミに10杯近く杯を空ける。痛みもいつの間にかあまり感じなくなり、カラオケの際は炒めた足でリズムを取っていたそうだ。

 24時前にM子女史の代行に便乗させてもらい旅館へ。昨晩は痛くて眠れなかったが、部屋で堕ちるように爆睡した。

 翌朝。痛風の痛みがさらに回復している。前夜、鹿沼の同志(痛風持ち)から牛乳が痛風に良いと聞いた。痛風持ちは連帯感が生まれる。しかし、私は牛乳が苦手である。一方、栃木名物「レモン牛乳」は好物。宇都宮駅で500mlパックを2ヶ購入。いつも以上に美味しく感じられた。

 レモン牛乳さえあれば、痛風恐れるに足らずである。

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痛風恐れるに足らず。

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さすが本場。私は焼きが好み。

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痛みを忘れる楽しさ。
posted by machi at 16:29| Comment(0) | 栃木県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月19日

第2140夜:痛風トリガー【蕨・朝霞(埼玉)】

 ある秋の夕暮れ前。その日は朝から埼玉県蕨市だった。途中、疲れと眠気と凝りを解すべく超激シブの銭湯へ。浴槽も洗い場も脱衣場も鰯混だが、気持ちよさ満点だった。

 17時半ごろ、蕨駅前にて若手のチョッキ氏と合流し、適当に入った駅前の激安絶品中華居酒屋へ。2時間呑み放題1500円コースを召還。料理はどれも信じられぬ低価格だ。

 朝昼何も腹に入れていなかったのでレバニラ炒めや鱶鰭チャーハン、生ビール、紹興酒など楽しく呑み喰いしていると、急に右足首に激痛が走った。何もしなくても、風が吹かなくても痛い。……。1年2か月ぶりの、ヤツ(痛風)である。油断していた。自業自得である。

 足を引きずりながらぶぎん通りのスナック<花束>へ。ハーパーをロックで呑んでいると、麻痺して痛みが消えるかなと思いきや、痛みさらにマシマシに。

 隣の若手(チョッキ)は常連から海ぶどうをご馳走になっているが、そんな危険なブツを口にするのはプリン体的に恐らく自殺行為だ。

 まだまだ呑み足りなさそうなチョッキを引っ立て、蕨から北朝霞まで足をひきづりながら1時間かけて到着。途中、腰が90度以上曲がった杖を突いているお年寄りに何人もぶち抜かれる。

 私の痛風トリガーを弾いたチョッキと別れ、顔を顰めながら乗換の南浦和駅にて這うようにエレベーターでホーム行こうとしたら、スーツ着た若い輩ぽいのが私の目の前で乗り込み、そのまま上へ。

 くそ、若いんだから階段使えよ。呪いの言葉を心の中で吐きつつエレベーターが下りてくるのを待っていると、誰か乗っている。……。先ほど別れたチョッキだった。私を心配してホームに向かったらしいが、まさに余計な逆効果である。

 何とか定宿の北朝霞駅へ。とりあえず座りたい。駅真ん前<舎鈴>で「豚玉中華そば」を啜る。煮干しの風味が効いてあっさりと旨いが、痛みでイマイチ味が入ってこない。

 這うようにホテル帰着。部屋で靴と靴下を叫びながら脱ぐと、右足踝パンパン。私の経験上、痛みが出た翌日が激痛のピーク。痛みは1週間継続するだろう。

 明日の夜に栃木県鹿沼市へ向かわねばならぬ。N産G−ン会長よりしかめっ面で右足を引きずっているはずだが、機嫌悪いわけでもなんでもなく歯を食いしばっているだけゆえにご理解を頂かねばならない(cf:この日に逮捕されていました)。

 埼玉北朝霞4連泊ラストナイト。涙を堪えながら這うようにコインランドリーで洗濯。風など吹かなくてもトドのように寝ているだけでも激痛。乾燥機に入れ、回収を考えるだけで恐怖。

 後は、バーボンをラッパ呑み泥酔して痛みを散らして記憶飛ばすして爆睡するのみが我が唯一の策だ。後から知ったが、レバーや紹興酒はプリン体の塊らしい。

 だんだん痛みがひどくなってきた。歩くどころか、寝ててもツラい。何度も夜中叫ぶ。その夜は一睡もできなかった。部屋の中では赤ちゃんハイハイのごとく四つん這い移動。痛みと情けなさで目から熱いモノが零れた。

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プリン体全開。

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痛みで味をあまり覚えておらず。
posted by machi at 07:51| Comment(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月18日

第2139夜:昭和オヤジのパラダイス【蕨(埼玉)】

 <朝日湯>。中仙道商店会の少し奥まったところに屹立する「昭和の銭湯」(看板に記載)である。

 ある晩秋の15時前。朝から蕨ミッション(会議2本)を終えた私は、ブラブラと中仙道沿いに向かっていた。昼飯を腹に入れておらず、江戸時代から続くという超老舗鰻屋で贅沢にエネルギーをチャージするために。ついでにビールか日本酒を呑んでも、自由業者の特権。許されるだろう。

 前日のイベント疲れが色濃く残っているのか、東日本放浪シリーズ12泊13日の中日だったから、眠気がすさまじかった。朝飯は当然抜き、昼は缶コーヒーのみ。固形物を胃に入れると寝てしまいそうになるからだ。

 中仙道蕨宿商店街にたどり着いたが、鰻屋は準備中。15時前は開いていなかったか。気を取り直して駅へ向かう。ホテル(北朝霞の定宿)に戻ってもよいが、すぐに寝てしまいそうだ。

 ふと<朝日湯>が思いっきり視界に飛び込んできた。この前は何度も通っているので存在は知っていたが、入ったことはない。入り口に近づく。14時50分にオープンすると書かれている。閉店時間は22時10分。この10分刻みが実にシブい。

 時間は14時47分。あと3分解湯である。入口の前で佇んでいると、常連と思しき洗面器持参のオヤジが相次いで中に入っていった。1、2分フライングだが、まあ許容範囲なのだろう。

 14時50分。私も後に続く。ところが、脱衣場も湯船も洗い場もオヤジでびっしり。いったい何時営業開始なのだろうか。

 いかにも昭和の銭湯である。券売機もなく、番台らしきものが男湯と女湯を隔てている。「パンチでデート」状態だ。

 入浴料430円支払い、タオルを買おうとしたら、貸しタオル使っていいよとおっしゃる。しかも無料。ありがたい。しかし、貸しタオルといっても誰かの使用済みがハンガーに掛かっているだけ。とはいえ、ありがたく利用させていただく。

 生まれたまんまの姿になり、洗い場へ。かけ湯していると、ボディソープとシャンプーが常備されている。さらにありがたい。実質は手ぶらセットだ。

 体と頭を洗い、オヤジたちを押し分けるように湯舟へ。……。くふぅ〜、むふぅ〜というシアワセの呻きを発することしかできない。

 湯は熱めだが、十分に遣っていられる絶妙の温度。体中から疲れと凝りと滓が毛穴から湯に流れ出していく。蕩けそうだ。ぼんやり浸かりながら、風呂上がりの戦略を練る。

 スッキリして風呂屋を出る。眠気も疲労も吹っ飛んでいる。15分ほどかけてブラブラと駅へ。コンビニで缶ビールか、駅前で早くから開いている居酒屋を攻めるか、それとも……。

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奥に聳える激シブ銭湯。

posted by machi at 18:45| Comment(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月17日

第2138夜:早かごレースの顛末【越谷(埼玉)】

 第6回越ヶ谷宿場まつり。旧日光街道沿いに面する新町商店街・旧本町商店街を車両通行止めにして開催される古きと新しきが融合したイベントである。

 晩秋の11月中旬の日曜日。天候が危ぶまれていたが越谷に無敵の晴れ男が存在するらしく、ほぼ快晴のスタートを切ることができた。

 我ら「埼玉県NEXT商店街プロジェクト」も5ブース出店。1日だけのお試しチャレンジショップである。

 日本最強のコミュニティカフェ「cafe803」の隣という好立地にも恵まれ、大勢のお客がご来場。餃子出展者は行列もでき、売り切れていたほどだ。 他のブースだったが「北越餃子」も抜群に旨かった。なぜか餃子系が5ブースほどあった。

 昨年度より感覚的に来場者が増えている気がする。催しも数もグレードアップしている。子供向けの伝統的な遊びも数多く、宿場まつりの名に恥じぬ見事な構成を醸し出している。

 宿場まつりのメインイベントは「早かごレース」。3人一組になり、300mを激走。折り返し地点で籠の乗り手は豆腐を食べねばならぬという微妙な過酷さだ。特に銀行チームは毎回気合が入っているらしく、タイムとパフォーマンスの2部門で争うという。

 私はS玉県庁「コバトンインフィニティーズ」の一員として参戦。ただし、担ぎ手ではなはく、のぼり旗を持って並走するだけである。

 20以上のチームが参加。参加者は比較的若い。思いっきり走っている。中の乗り手は落ちそうになっている。どのかごを使えるかも抽選であり、軽量化を図るためにオリジナルかごを持参している強者チームもいくつかある。

 どのチームもほぼ仮装している。手軽なものから本格的なものまで。衆議院議員、県会議員、市会議員が織りなす「三太郎」には度肝抜かれた。しかも、早い。

 我らはチームリーダーのT野氏が持参したマイ着ぐるみ。T野氏は相撲取り、Y武氏は猿。中に乗るS保姫と私はノーマル。特に統一された世界観はなさそうだ。

 会議所U澤氏の号砲でスタート。隣のチームはアッという間に見えなくなった。我らオヤジチームはケガせぬよう順調慎重に。声援が嬉しい。

 折り返し地点で姫のズボンの何かのひもがかごに挟まり出られずにタイムロスするというアクシデントがあったが、姫も豆腐を無事完食。折り返しである。すでに我らと一緒に出走したチームがゴールしているようだ。

 私はのぼり旗を持って担ぎ手2人に激を飛ばしていると、特にスリムなY武猿がSOSを発信。いったん籠を地に置いた。

 私が強引にとってかわり、T野力士と激走する。思いっきり最下位の上、担ぎ手が交代すると失格というルールを後から知ったが、まさに後の祭り。しかし主催者の恩情で失格にはならなかった。K谷市役所の「産業支援隊」には勝ちたかったが、あえなく轟沈。

 私は50mもかついでいないが、かなり激しくしんどかった。これまでに使ったことのない筋肉を酷使したようだ。差し入れの缶ビールが染み込むように旨い。1位のチームは我らと伴走したチームで、2分切りを達成。我らは4分以上。ダブルスコアの完敗である。

 仮装よりも、担ぎ手2人を足したほどの重量を有する私がかごに乗れば……。ある意味、私が乗るだけでパフォーマンス部門を制することができたのかもしれなかった。しかし、かごがつぶれてしまうだろうし、持ちあげることすらできなかっただろう。

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コバトンインフィニティーズ。

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K谷市役所産業支援隊。

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写真はともかく、終日盛況。
posted by machi at 17:24| Comment(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする